眠れない夜の、はじまり
第二章
「眠れない夜の、はじまり」
美月の投稿を見ることは、いつの間にか蓮の日課になっていた。
朝、通勤電車の中で一度。
昼休みに何気なく。
そして夜、仕事を終えて帰宅したあと。
気づけば、一日に何度も彼女のアカウントを開いている。
自分でも不思議だった。
これまでSNSで、誰かをこんなに気にしたことなんてない。
蓮は元々、人との距離感を作るのが苦手だった。
友人は少ない。
会社の同僚とも必要以上に深く関わらない。
飲み会も得意じゃない。
“狭く、静かに。”
それが、蓮の生き方だった。
だからこそ、美月の存在は少し特別だった。
彼女は何も押しつけてこない。
派手な言葉も使わない。
ただ、“そこにいる”だけだった。
それが心地よかった。
五月に入り、雨の日が増え始めた頃。
その夜も、蓮は仕事を終えて帰宅していた。
時刻は午前零時過ぎ。
コンビニで買ったパスタをテーブルへ置き、ネクタイを緩める。
疲れていた。
今日はクレーム対応で一日が潰れた。
理不尽なことで頭を下げ続け、帰る頃には笑う気力も残っていなかった。
蓮はソファへ座り、スマホを開く。
自然と指が動き、美月のページを開いていた。
最新の投稿は、十分前。
『寝れない夜って、寂しくなる。』
その一文を見た瞬間、胸がざわついた。
今までなら、ただ読むだけだった。
でもその日は違った。
なぜか、“放っておけない”と思った。
何度も画面を開いて閉じる。
DM欄を開く。
文字を打って、消す。
知らない相手に突然メッセージなんて、気持ち悪いと思われるかもしれない。
怖かった。
でも。
それ以上に、気になった。
蓮は小さく息を吐き、短く文字を打つ。
『大丈夫?』
送信ボタンを押した瞬間、心臓が跳ねた。
「……やば。」
今さら後悔しても遅い。
変なやつだと思われたかもしれない。
返信なんて来ないかもしれない。
そう思いながら、スマホを伏せる。
すると数分後。
小さく通知音が鳴った。
蓮はすぐにスマホを掴む。
画面には、美月からの返信。
『起きてたんだ』
その一文だけで、少し笑ってしまった。
硬かった肩の力が抜ける。
蓮はゆっくりと返信を打った。
『仕事終わったばっか。』
『遅くまでお疲れさま』
『そっちこそ』
短い会話。
でも、不思議なくらい落ち着いた。
無理に盛り上げようとしなくていい。
気を遣いすぎなくていい。
沈黙が苦にならない。
そんな感覚だった。
その日を境に、二人は少しずつ話すようになる。
最初は、本当に他愛ない内容ばかりだった。
「甘いもの好きなんだ?」
『コンビニスイーツで生きてる』
「それ大丈夫?」
『たぶん大丈夫じゃない』
そんなくだらないやり取りが、蓮には心地よかった。
会社では、常に気を張っている。
何を言えば正解か。
どう振る舞えば嫌われないか。
そんなことばかり考えていた。
でも、美月との会話は違った。
変に頑張らなくていい。
“素”のままでいられる気がした。
ある夜。
二人は初めて通話をすることになる。
きっかけは、本当に些細なことだった。
『文字打つのめんどくさくなってきた』
送られてきたそのメッセージに、蓮は思わず笑う。
すると続けて、
『通話する?』
と表示された。
一気に心臓がうるさくなる。
正直、緊張した。
声を聞けば、今までの距離感が変わる気がした。
嫌われたらどうしよう。
思っていた人と違うって、離れていかれたら。
そんな不安ばかり浮かぶ。
それでも。
蓮は通話ボタンを押した。
「……もしもし。」
『もしもし。』
聞こえてきた声は、想像より少し低くて、柔らかかった。
静かな夜によく似合う声だった。
『なんか緊張してる?』
「……してない。」
『うそ。』
くすっと笑う声。
その瞬間。
蓮の胸が、小さく熱を持った。
たぶん。
この時にはもう、少しだけ。
惹かれ始めていた。




