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知らない誰かの、たった一言

都内のデザイン会社で働く二十五歳の青年・朝比奈あさひな れんは、人付き合いが得意ではない。


仕事を終えて帰宅し、静かな部屋で過ごす深夜だけが、唯一気を抜ける時間だった。


そんなある夜。


何気なく開いたSNSで、蓮は一人の女性の投稿に目を留める。


『今日もお疲れさま。』


コンビニ帰りの夜道と、温かい缶コーヒーの写真。


たったそれだけの投稿なのに、不思議と心に残った。


投稿者の名前は、「美月みづき」。


日常の小さな寂しさや、疲れた夜の気持ちを、飾らない言葉で綴る彼女に、蓮は少しずつ惹かれていく。


やがて二人は、DMを通して言葉を交わすようになる。


眠れない夜の会話。


他愛ない通話。


「おやすみ」を送り合う毎日。


距離は少しずつ縮まっていく。


けれど、蓮の想いが深くなるほど、彼の中には独占欲と不安が生まれていく。


“君の特別になりたい。”


“他の誰かに笑わないでほしい。”


重いとわかっているのに、抑えられない感情。


そしてある夜。


蓮は、美月が誰かと楽しそうに過ごしている投稿を見てしまう――。


これは、不器用な二人が、“好き”を知っていく、深夜の恋の物語。

第一章

「知らない誰かの、たった一言」



雨が降っていた。


四月の終わりにしては少し冷たい夜だった。


朝比奈蓮は、コンビニのビニール袋を片手に、人気の少ない住宅街を歩いていた。


時刻は午後十一時四十分。


終電帰りのサラリーマンたちもほとんど姿を消し、街は静かだった。


マンションへ戻る途中、蓮は小さく息を吐く。


今日も残業だった。


朝からクライアント対応に追われ、修正、会議、電話、謝罪。


気づけば一日が終わっていた。


社会人三年目。


仕事には慣れた。


でも、“疲れない”わけじゃない。


むしろ、慣れたからこそ、心をすり減らすのが上手くなった気がする。


誰にも弱音を吐かず。


適当に笑って。


「大丈夫です」と言いながら働く。


それが当たり前になっていた。


部屋へ戻ると、蓮はネクタイを外し、そのままベッドへ倒れ込む。


ワンルームの静かな部屋。


冷蔵庫の機械音だけが、やけに響いていた。


眠るには早い。


けれど何かをする気力もない。


蓮はぼんやりとスマホを開いた。


特に理由もなくSNSを流し見る。


仕事関係。


ニュース。


動画。


興味もない投稿が流れていく。


その時だった。


ふと、一枚の写真が目に入った。


夜道。


白い街灯。


片手に持たれた温かそうな缶コーヒー。


そして、短い文章。


『今日もお疲れさま。』


たったそれだけ。


なのに、なぜか指が止まった。


投稿者の名前は、“美月”。


プロフィール画像は空の写真で、顔はわからない。


でも、その投稿だけ妙に心に残った。


蓮は何気なくプロフィールを開く。


そこには、特別なことは何も書かれていなかった。


『甘いものと夜が好き。』


それだけ。


投稿も、ごく普通の日常ばかりだった。


『雨の音、落ち着く。』


『仕事疲れた。』


『コンビニのホットミルクって安心する。』


『寝る前って、色々考えちゃう。』


どれも短い。


でも、不思議と温度があった。


飾っていない言葉だった。


誰かに見せるためじゃなく、本当に思ったことを書いている感じ。


蓮は気づけば、一番下まで投稿を遡っていた。


そして、小さく笑う。


「……何やってんだろ。」


自分でも意味がわからなかった。


顔も知らない。


年齢も知らない。


どこに住んでいるかも知らない。


なのに、少しだけ気になった。


スマホを閉じようとして、また開く。


最新の投稿をもう一度見る。


『今日もお疲れさま。』


その言葉が、やけに優しく感じた。


まるで。


“自分に向けられた”みたいに。


蓮はベッドへ寝転がりながら、ぼんやり天井を見上げた。


外では雨が降り続いている。


静かな夜だった。


でも、不思議と少しだけ。


いつもより、寂しくなかった。

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