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紅椿ノ守 ―令和吉原綺譚―  作者: はの
第二章 客・武彦の通い道

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七軒目 大門

「……来てしまった」

 

 武彦は、駅を降りて歩き、建物に囲まれた湾曲する一本道を歩き、大門の前に立っていた。

 繁華街の明るさが霞むほどに眩い令和吉原が、武彦の全身を明々と照らす。

 

「動画で見たのと、おんなじ光景だ」

 

 武彦は、大きな大門を見上げながら、のろのろとした歩みで前に進む。

 その横を、人々が次々と追い抜かし、大門の中へと吸い込まれていく。

 武彦は、吉原の客たちの邪魔にならないように、大門の柱の近くに避けて立ち止まった。

 そして、そっと大門の中を覗き込んだ。

 

「すごいなあ」

 

 視線の先は、まるで別世界。

 大門の先に続く広大な通りは、中央に桜並木が伸びており、春の香りを運んでいる。

 通りの脇に建つ古めかしい茶屋は、軒についた提灯を優雅に光らせ、建物の傷さえも趣として演出している。

 

 武彦は、しばし幻想的な光景に見とれた後、動画に映っていた妓楼が見当たらないことに気付いた。

 

「動画の建物は、どこだろう」

 

 せっかく令和吉原に来たのであれば、動画に映っていた妓楼も見てみたい。

 武彦は、そんな興味本位で、大門を一歩くぐった。

 

「お兄さん、ここ初めてっしょ?」

 

 大門を一歩くぐれば皆、令和吉原の客人。

 大門付近で令和吉原の案内地図――吉原細見(よしわらさいけん)を売っていた伊吹(いぶき)が、武彦に声をかけた。

 

「ひぇ!? あっ! はいっ!!」

 

 見学だけのつもりだった武彦は、伊吹の声に驚き、裏返った声で返事をした。

 

「やっぱり! じゃないかと思ったんっすよねー」 

 

 伊吹は、武彦の反応を揶揄うことなく、景気よく笑い声を上げた。

 

(ど、どうしよう……)

 

 一方、声をかけられた武彦は、心の中で焦っていた。

 なにせ、ここは令和吉原。

 大金を払って、女性たちと楽しく遊ぶ場所。

 意図せず来ただけの武彦は、大金を払う心構えなどできておらず、それ故に勧誘されることが望ましいことではなかった。

 

 悩んで固まっている武彦を見ながら、伊吹は相変わらずの笑顔で武彦に近づき、大門の上部を指差した。

 

「立派な門っしょ? これが吉原の入り口、大門(おおもん)っす」

「大門?」

「で、ここからずーっと奥まで続く通りが、仲の町(なかのちょう)。通りなのに名前が『町』なんて、不思議じゃないっすか?」

「はは。そうですね」

 

 妓楼に連れていかれるどころか、先程まで興味を持っていた物を丁寧に説明する伊吹を見て、武彦は少しだけ落ち着きを取り戻した。

 

「ちなみに、お兄さん。この仲の町、どの位の長さがあると思うっすか?」

「ええ? どうだろう。百メートルとか、二百メートルとか?」

「近い! 正解は、約二百五十メートルっす!」

「長いですね」

 

 それどころか、伊吹の軽快な語り口に、すっかり会話を楽しみ始めた。

 武彦は大門の周辺にある建物を指差しながら、伊吹へと尋ねる。

 

「じゃあ、あれは?」

「大門の右側の建物っすか? アレは、四郎衛門会所(しろべえかいしょ)って言って、吉原を守る警備員たちの待機所っすね」

「へえー。じゃあ、これは?」

面番所(めんばんしょ)。平たく言えば、交番っすね」

 

 武彦からの質問に、伊吹はよどみなく答えていく。

 武彦はすっかり気を良くし、最も知りたい建物――動画に映っていた妓楼の場所を訊こうと、口を開いた。

 が、妓楼の光景を思い出すと同時に、今自分が立っている場所がどこかも思い出した。

 目の前の伊吹もまた令和遊郭の人間だと思えば、急に長居をするのが恐くなった。

 

「あ。じゃあ、そろそろこの辺で。説明、ありがとうございました」

 

 武彦は大門の方を向いて、そそくさと立ち去ろうとする。

 が、伊吹は武彦の腕を掴んで、それを止めた。

 

「な、なんですか!」

「帰っちゃうんっすか? せっかく、遊郭に来てるのに」

「ここには、ちょっと見に来ただけなんで」

「えー?」

 

 伊吹は笑った顔のまま目を細め、武彦の目をじっと覗き込む。

 

「!?」

「本当に、見に来ただけっすか?」

「そ、そうですよ」

「なるほどね。……俺、吉原(ここ)長いからわかるんっすよ。お兄さん、現実から逃げたがってる人っしょ?」

「……っ!」

 

 成人したばかりだろう若者に、言語化できていなかった自身の心の内を言い当てられ、武彦は思わず息を飲む。

 無礼ともとれる言葉が、何故だか武彦の心に突き刺さった。

 

「お兄さんみたいな人、ここ多いんっすよ」

 

 伊吹は武彦から顔を離し、武彦の腕を掴んだまま一軒の茶屋を指差した。

 

「ま、せっかく来たんだから、妓楼にも寄ってきなよ。後悔させないからさー」

「い、いや。そんなにお金ないです」

「大丈夫大丈夫。初会は安いから」

 

 伊吹は優しく、武彦の腕を引いた。

 武彦は、抵抗するそぶりを見せつつも、その足が伊吹の誘導する方向へと動いてしまった。

 

 給料日の後で、懐が温まっているが故か。

 熱心に説明をしてくれた伊吹に、恩を返さないといけないと思ったが故か。

 それとも、現実から逃げるために、遊郭と言う夢に浸りたいと思ったが故か。

 武彦は、自分でも説明できぬ感情のまま、伊吹に連れられて茶屋へと向かった。

 

 茶屋の提灯が、まるで武彦を迎え入れるように揺れていた。

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