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紅椿ノ守 ―令和吉原綺譚―  作者: はの
第六章 裂けた襟紋

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五十二軒目 密会

 裏茶屋への訪問者に選ばれたのは五人。

 筆頭の護、二人の若い者、そして千桜と輝水仙だ。

 お万は当初、女の同行者を千桜だけにする予定だった。

 しかし、先行して切見世の遊女と連絡をとった千桜から、「若い男が二人に対して若い女が一人は不自然だ」という忠告を取り入れ、輝水仙を追加した。

 

「すみません、輝水仙お姉様の手まで煩わせて」

「Pas de problème。問題ない」

 

 深夜、五人は紅楼を出発し、仲の町を通って京町二丁目の木戸をくぐる。

 相変わらず漂ってくるアルコールとアンモニアの匂いに、千桜は顔をしかめた。

 若い者たちも、明らかに嫌そうな表情をしていた。

 

「Putain!?」

 

 輝水仙に至っては、思わず声を出し、即座に鼻をつまむほどだった。

 

「便所みてえな匂いだな」

 

 唯一、護だけは平然とした顔で、匂いの正体を確かめるように鼻をひくひくと動かしていた。

 

「筆頭。臭くないんですか?」

「田舎の便所じゃ、こんなもん普通だ。糞の匂いが混じってねえだけ、まだマシだ」

 

 そう吐き捨て、ずかずかと進んでいく護の後を、四人は重い足取りでついていく。

 所かまわずこびりついた悪臭に、四人の表情は険しいままだ。

 

 京町二丁目では、相変わらず小見世の灯りが落ちており、切見世の建物からは遊女たちが手招きをしている。

 客だろう男たちは、先日同様の赤ら顔で輝水仙と千桜に熱い視線を向けるが、隣に若い者を連れているからだろう、声をかけてくることはなかった。

 

「ああ、ようやく来たね。すっぽかされたかと思ったよ」

 

 切見世に到着すると、先日の遊女が千桜を見て、ほっとした表情を浮かべた。

 そして、他の四人の全身を舐めるように見た後、左右の入り口に視線を送った。

 

「男女で別れて、二人ずつで部屋に入ってください。筆頭は、お一人で」

「……男女でいいんですかい?」

「そういう楽しみ方をする人たちもいるらしいです」

 

 淡々と答える千桜に、若い者は明らかに嫌そうな表情を浮かべた。

 

「もたもたすんな」

 

 巌は、嫌そうな顔をする若い者の尻を叩き、自身は先日の遊女が立つ扉の、左隣へと向かった。

 左隣にも遊女が立っており、近づいてきた巌の手を引いて、長屋の中へと引きずり込んだ。

 

「私たちも行きましょう」

 

 千桜と若い者は先日の遊女の前へ、輝水仙と若い者は右隣の遊女の前へ。

 巌と同様、長屋の中へと引きずり込まれた。

 

 部屋の中に入ると、部屋の壁代わりとなっていた襖は完全に開け放たれており、三部屋がぶち抜かれて六畳一間と少しの空間が広がっていた。

 

 三人の遊女たちは長屋の扉を閉めると、奥に畳まれた布団の上へ腰を下ろした。

 護を先頭にし、千桜たち四人も腰を下ろす。

 輝水仙は、座布団もなく、畳のシミとささくれに苦い顔をしていたが、しぶしぶと座っていた。

 

「悪いね。面倒な入り方させちまって」

「いや。ここにはここのルールがあるんだろう。なら、従うだけだ」

「物分かりが良くて助かるよ」

 

 謝罪にしてはぶっきらぼうな遊女の言葉に、護がこれまたぶっきらぼうに返す。

 とはいえ、互いに相手の態度を諫める様子もなく、むしろ話しやすそうに話を続ける。

 

「まずは、金をもらおうか」

「わかった」

 

 護が若い者に視線を送ると、若い者がそれぞれ札束を置いた。

 三人の遊女たちの目が光り、うち一人が紙幣カウンターを取り出して、札束を突っ込んだ。

 紙幣カウンターは札を飲み込んでは吐き出し、表面のディスプレイにカウント済みの金額を表示する。

 

「ずいぶん、いい機械を持ってんじゃねえか」

「うちのオーナーが、使えってさ」

「ずいぶん、慎重なオーナーなんだな」

「なにせ、額が額だ。一円でも損したくないんだよ、あのタヌキは」

 

 紙幣カウンターが止まり、表示された金額が約束した金額と一致すると、遊女は札束の一部を金庫へとしまった。

 そして、残りの札束を持って壁代わりの襖の前に移動し、襖を開いてもう一つの部屋も繋げた。

 もう一つの部屋には、別の遊女と中年の男が立っていた。

 遊女が札束を渡すと、中年の男は無言で札束を懐に入れた。

 そして、護の方へと近づいてきた。

 

「番場だ」

 

 番場は嫌らしい笑みを浮かべながら、護へと挨拶した。

 

「平(たいら)だ」

「平さんか。よろしく頼むよ」

 

 番場と護は形式ばった握手をし、番場は護の前に座る。

 そして、遊女の方へと振り向いた。

 

「茶はないか?」

「あるわけないだろ? 井戸水でも飲んできな」

「酔っ払いがゲロ吐いた水なんて、飲めるわけねえだろ」

「じゃ、諦めるんだね」

 

 品のない会話の応酬に、千桜と輝水仙は苦笑いを浮かべる。

 しかし、そんな会話に慣れているのだろう切見世の遊女たちは、腹を抱えて笑っていた。

 

「ゴホンッ」

 

 余りの状況に護が咳払いすると、番場は思い出したように護の方を向き、懐の札束を見せた。

 

「金は確かに受け取った。まさか、あの紅楼の人間と仕事ができる日が来るとは思わなかった」

「仕事じゃねえ。取引だ」

「同じようなもんだろ。金がやりとりされんなら、そりゃあ仕事だ。さて、無駄話をする気はねえ。まずは、これを見な」

 

 番場は札を懐に押し込んで、代わりに地図を取り出した。

 護の前に広げられた地図は、令和吉原全体を描く吉原細見と異なり、京町二丁目の情報に特化されていた。

 小見世と切見世の位置が、細かく描かれている。

 

「今いるのが、ここだ」

 

 番場は地図に書かれた切見世の一つを指差し、そのまま地図をなぞる。

 

「で、茶屋の場所がここ。ここをこう出て、こう入る。この部分は、地図じゃあ行き止まりになってるが、塀に穴が開いてるから通れる。もしかしたら、外でヤッてるやつもいるかもしれねえが、気にすんな。無視してやりゃあ、むこうも何も言ってこねえ」

「わかった、わかった。とにかく、案内してくれ」

 

 護は、番場の言葉を聞きつつ、ちらちらと千桜と輝水仙の表情を確認し、最低限の情報を得た時点で会話を打ち切った。

 

「上品ですねえ。うちの従業員にも見習わせたいですよ」

 

 護の意図を察しただろう番場は、からかうような声色でそう言いながら、地図をしまった。

 そして、切見世の奥側にある壁に向かい、壁を押した。

 壁の一部が、扉のように外へと開き、番場は裸足のまま外へ出た。

 

「では、こちらへ」

 

 護たちは呆けた様子で突然現れた扉を見つめ、すぐに土間に置いていた靴をとって、番場の後を付いていった。

 

「二度とこんなとこ、来んじゃないよ?」

 

 外に向かう途中、千桜は遊女の一人から、肩を叩かれた。

 千桜は驚いて振り向いた後、遊女に向かって頭を下げ、護たちの後を付いていった。。

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