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紅椿ノ守 ―令和吉原綺譚―  作者: はの
第六章 裂けた襟紋

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五十一軒目 五百五十万円

 差し出された契約書を見て、お万は頭痛で額に手を当てた。

 紅楼に入って数か月の禿が、裏茶屋の人間と数百万円の取引をするなど、前代未聞のことだ。

 

「お金の事はぁ、心配しないでぇ。私とぉ、紅椿でぇ、出すからぁ」

 

 その上、数百万円分の現金が、契約書の横に積まれているのだ。

 文句を言おうにも、紅楼に損が出ない以上、何も言うことはできない。

 

 お万は、緊張した表情で座る千桜と、余裕の笑みを見せる深紅を睨みつける。

 そして、契約書を千桜へと突き返した。

 

「この契約書は、あんた個人のものだ。紅楼(うち)としては、一切の関与をしない」

「もちろん、そのつもりです」

 

 千桜は、突き返された契約書を自身の方へと手繰り寄せる。

 

「ただし、その契約で手に入る情報は、うちにとっても価値がある」

「え?」

 

 が、次のお万の一言で、手繰り寄せる手を止め、丸い目でお万を見た。

 

「だから、その情報をうちが買ってやる。」

「え? え? 買ってやるって」

「言葉通りの意味だ。で、いくらだい?」

 

 千桜はしばらくお万を見続けた後、助けを求めるように深紅の方へと振り向いた。

 深紅は、優しく微笑んだまま、小さく頷く。

 言葉通りの意図であると気づいた千桜は、表情を明るくしてお万へと向き直り、元気な声で金額を伝えた。

 

「ありがとうございます! 五百五十万円になります!」

「誰が全額出すって言ったよ!」

「ごめんなさい!」

 

 その後は深紅が交渉を交代し、およそ半額の負担で交渉を終えた。

 

 

 

「交渉が上手くいってぇ、よかったわねぇ」

「上手く……いったんでしょうか?」

 

 深紅からの賞賛に、千桜は首を傾げる。

 深紅はくすくすと笑った後、千桜の頭を撫でた。

 

「上出来よぉ。最悪の場合ぃ、独断行動を咎められてぇ、行灯部屋行きだったわよぉ」

「え!?」

「半分も出してくれたんだものぉ。懐が寂しくならず済んだわぁ」

 

 千桜は、くすぐったそうに深紅の掌を受け入れる。

 そして、掌が離れると、深紅に向けていた視線を、後方にいる紅椿、輝水仙、すずねへと移した。

 初めての深紅の部屋が余程珍しいのか、すずねはきょろきょろと、部屋を見渡していた。

 

 深紅の部屋も、紅椿の部屋と同様、和風の座敷だ。

 座敷には長方形の台が置かれており、台の上には黒松の盆栽がずらりと並んでいる。

 どれもこれも、丁寧に手入れがされていて、松も苔も活き活きと輝いている。

 また、台の近くには可愛らしいアニマルキャラのぬいぐるみが並べられており、座布団に座って客人たちを見つめていた。

 盆栽とぬいぐるみ、という珍しい組み合わせに、初めて見た千桜も驚いたものだ。

 

 千桜は改めて姿勢を正し、紅椿へと頭を下げる。

 

「紅椿お姉様。この度は、ご協力ありがとうございました」

「私は何もしてないは。頑張ってくれたのは、輝水仙とすずねよ」

 

 次に千桜は、輝水仙とすずねに向き直り、頭を下げる。

 

「輝水仙お姉様とすずねお姉様も、ありがとうございました」

「Pas de problème。紅楼の危機。手を貸すのは当然」

「すずねはお姉様でありんすからね! 妹分が困っていたら、手を貸すのは当然でありんす!」

 

 千桜は、上機嫌な表情で頭を上げ、改めて深紅の方へ向き直る。

 

「それで、これからどうましょう?」

「そうねぇ」

 

 深紅は、人差し指で自身の唇に触れた後、床に転がっていたウサギキャラのぬいぐるみを手に取り、ぎゅっと抱きしめた。

 そして、ぬいぐるみに顔を埋めて、ぬいぐるみの頭をなぞるように顔を転がした。

 

「お万は今頃ぉ、楼主様と相談してぇ、誰を向かわせるか決めてると思うわぁ」

「そうですね」

「だからぁ、そこに同行してくれるぅ? 本当はぁ、私も行きたいんだけどぉ、立場上どうしてもねぇ」

「任せてください! 裏茶屋の人と一番話しているのは私ですし、深紅お姉様が言わなければ、自分から志願するつもりでした!」

 

 千桜はこぶしを握り締め、力強い瞳で言った。

 この場においては、千桜が最適解だと思っているのだろう、輝水仙もすずねも、千桜の意見に口出しはしなかった。

 深紅はぬいぐるみから顔を離して、千桜を見つめる。

 

「ごめんなさいねぇ。きっとぉ、子供に見せるべきじゃないことが起こるとは思うんだけどぉ」

「平気です! 私は子供じゃなくて、深紅お姉様の禿です!」

 

 元気に答える千桜を見て、深紅は優しく微笑んだ。

 

「任せたわぁ。お万との交渉はぁ、私がやっておくからぁ」

「はい! お願いします!」

 

 近づいてくる、噂の真実。

 千桜は、必ず自身の手で暴こうという覚悟を持って、深々と深紅に頭を下げた。

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