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紅椿ノ守 ―令和吉原綺譚―  作者: はの
第六章 裂けた襟紋

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四十七軒目 噂

 紅椿が自身の部屋に戻り、襖を開ける。

 

「あ、お姉様!」

 

 紅椿を迎えたのは、禿であるすずね。

 

「お帰りなさいませ、お姉様。それと」

 

 新造である輝水仙。

 

「お邪魔してるわぁ。紅椿ぃ」

「深紅姉様」

 

 そして、紅楼のナンバー2、深紅だった。

 

 紅椿は襖を閉めると、深紅の前へと座った。

 その表情からは、輝水仙やすずねに見せる先輩としての威厳が少し欠けていた。

 

「すずね。深紅花魁に、お茶を入れてちょうだい」

「お気遣いなくぅ。用件をすましたらぁ、すぐに帰るからぁ」

 

 深紅は、紅椿からの申し出を断り、代わりにすずねと輝水仙へ視線を送った。

 視線の意味に気づいただろう輝水仙は、すずねを掴んで立ち上がり、部屋の外へと向かった。

 

「なんでありんす?」

「いいから」

 

 頭の上にはてなマークを浮かべたすずねを掴んだまま、輝水仙は襖を閉める。

 深紅は、襖に隙間がないことを確認した後、窓も閉まっていることを確認する。

 いつもよりも慎重な深紅の行動を前に、紅椿は表情を引き締め直し、背筋を伸ばす。

 深紅の視線が部屋を探るのをやめ、すっと紅椿へと戻ってくる。

 

「うちの花魁がぁ、裏茶屋(うらぢゃや)を利用してるってぇ、噂が立ってるわぁ」

「……っ!」

 

 紅椿の背中が、びくんと動く。

 

 裏茶屋。

 別名、出合茶屋(であいぢゃや)。

 客に妓楼を紹介するために存在する引手茶屋とは異なる、吉原非公認の茶屋。

 妓楼関係者同士の恋愛が御法度とされる吉原において、関係者同士が人目を避けて愛し合うための隠れ蓑である。 

 

「裏茶屋。令和吉原にも、まだ残ってたのね」

「私もぉ、半信半疑よぉ。でもぉ、無視をするにはぁ、楼内に噂が立ちすぎていてねぇ」

「……そう。まだ、楼内ですんでいるのね」

 

 ただでさえ、不信を買っている紅楼だ。

 これ以上の問題が外部に漏れれば致命傷になりかねない。

 紅椿は、ひとまず現状に安堵する。

 

「とはいえ、外部に漏れるのも時間の問題ね」

「そうねぇ」

 

 だが、予断は許されない。

 深紅も同様の問題を認識しているのだろう、紅椿の言葉にうなずいた。

 

「私はぁ、裏茶屋を探してぇ、利用している花魁をぉ、見つけるつもりよぉ。ただぁ、一人じゃあ人手がねぇ。そこでぇ、紅椿ぃ。貴女にもぉ、協力してほしいのぉ」

「もちろんよ」

 

 深紅からのお願いに、紅椿は間髪入れず返事をした。

 深紅は安心した表情で笑みを浮かべ、襖に向かって叫んだ。

 

「千桜ぁ!」

「はいっ!」

 

 襖ががらりと開き、千桜が緊張した面持ちで入ってきた。

 しかし、深紅が千桜に微笑みかけると、相談が上手くいったと察した千桜は、ほっと無でをなでおろした。

 千桜の後に、すずねと輝水仙がついて入って来て、三人は紅椿と深紅の近くに腰を下ろした。

 

 深紅は、すずねと輝水仙を見た後、紅椿へと向き直った。

 

「この子たちはぁ、信用できるぅ?」

「ええ、もちろん。私を支えてくれる、優秀な二人よ」

 

 事情を知らないすずねと輝水仙であったが、褒められて悪い気はせず、すずねは思いっきり表情を緩め、輝水仙はすまし顔のまま口角がピクピクと動かした。

 

 紅椿は、すずねと輝水仙へ向き直り、裏茶屋の件を説明した。

 最初は不安そうな表情で聞いていた二人も、最後には使命感に溢れた、良い表情となっていた。

 

「紅楼がなくなるのは嫌でありんす! すずねも、全力で協力するでありんす!」

「Je suis d'accord。深紅花魁、目星はついているのですか?」

 

 輝水仙からの質問に、深紅は首を横に振った。

 

「千桜に聞き込みはさせているのだけれどぉ、なかなかねぇ。特にぃ、薄紅派は非協力的だしぃ」

 

 運の悪いことに、現在の紅楼は、薄紅派の不安が伝搬していた。

 紅楼全体に、自分たちも追放されるのではないかという恐怖が蔓延り、互いに疑心暗鬼になっていた。

 深紅は花魁たちから向けられた怯えるような視線を思い出し、溜息を零した。

 

「深紅姉様。もう一人、協力者を入れていいかしら?」

 

 紅椿も、それを理解していた。

 だからこそ、頭の中には、紅楼において最も中立な存在が頭に浮かんだ。

 

「誰かしらぁ?」

「黒松花魁よ」

 

 

 

 黒松の部屋には、相変わらず本が積み上がっていた。

 いや、先日紅椿が訪れた時よりも、一つ一つの積み上がりが高くなっていた。

 

「と言う訳なの、協力してくれない?」

 

 読書に勤しんでいた黒松は、書物を顔から離し、心底面倒くさそうな表情で紅椿を見た。

 

「…………私、吉原細見じゃないんだけど」

 

 そして、書物を机の上に置き、積み上がった本の中から、一冊の本を引っ張り出した。

 まったく迷いのない手で広げられたその本は、黒松の字で表紙に『黒松雑記』と書かれており、手作り感あふれる拙さがあるものだった。

 

「この本、貴女が?」

「…………まともな地図がないから、作った」

 

 黒松が開いた黒松雑記を、紅椿も覗き込む。

 開かれたページには、令和吉原全体を上空から見たような地図が描かれており、左上には『裏茶屋』と書かれていた。

 さらに、三つの表通りの上には、達筆な筆文字で丸数字が書かれていた。

 

「揚屋町に四、角町に四、京町二丁目に一。これって……」

「私が知る限りの、裏茶屋のある場所。具体的な位置まではわからないけど」

「これ、借りていいかしら!」

 

 紅椿にとって、黒松の知識は信用に値するものだった。

 紅椿が黒松雑記に触れると、黒松が紅椿の手を上から押さえつけた。

 

「…………貸すのは駄目。覚えて」

「でも、他にヒントになることも書かれてそうだし」

「駄目」

 

 紅椿はしばし抵抗していたが、黒松が譲る気がなかったため、渋々と手を引っ込めた。

 そして、三つの表町の名と数字をじっと見つめ、暗記して立ち上がった。

 立ち上がった後も、名残惜しそうに黒松雑記へ視線を送る。

 しかし、黒松はさっさと黒松雑記を元の位置に戻してしまい、読みかけの本をとって読書を再開し始めた。

 

「助かったわ、黒松花魁」

 

 紅椿は、今度こそ黒松雑記を仮つことを諦め、部屋を後にしようとした。

 すると、黒松は視線を本に落としたまま、口を開いた。

 

「裏茶屋には、目印があると言われてる」

「目印?」

「桐屋(きりや)の行灯。私も、見たことはないけど」

「桐屋ね。ありがとう」

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