四十二軒目 残骸
紅椿は、江戸町二丁目の木戸門を開き、仲の町へと戻った。
そして、鳳真から各妓楼に連絡が言っているのであれば、少なくとも大見世が存在する通りの捜索は進んでいるだろうと考え、次に探す場所の目星をつけた。
「お姉様、次は、どこの通りを探しに行くでありんすか?」
すずねが仲の町の奥を見渡しながら尋ねてきたので、紅椿は一つの木戸門がある方向に視線を送った。
「次は」
「紅椿花魁!」
が、紅椿が目的地を口にする前に、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「あ」
「探しましたよ。紅椿花魁」
紅楼の若い者たちが、紅椿を囲むようにして、歩きながら近づいてくる。
「ひっ」
すずねが咄嗟に、紅椿の後ろへと隠れる。
紅椿は、近づいてくる若い者を睨みつけて牽制しながら、視線を左右へと動かして囲みを抜けられる場所を探す。
しかし、若い者たちは等間隔に並んでおり、どこにも抜けられそうな場所がない。
そのうえ、近づいてくる若い者の列の背後には、さらに二つの若い者の列が待機している。
仮に、一つ目の若い者の列を無理やり押し通れたとしても、背後に待機する若い者たちに取り押さえられて終わりだ。
「くっ……」
紅椿は一歩後ろに下がり、悔しそうな表情で近くにいる若い者の顔を見る。
若い者の一人は、しばらく紅椿を鋭い目つきで見ていた後、突然目から力を抜いた。
「そう睨まないでください。今更、無理やり連れ戻したりしませんよ」
若い者たちは、紅椿を囲んだまま近づくのを止め、立ち止まる。
紅椿は、若い者の言葉と行動を半信半疑に受け取り、怪訝そうな表情のまま口を開く。
「信用できると思うでありんすか?」
「これは、お万様の意向です。信用していただかなければ困ります。……我々が」
「お万が? 嘘。あのお万が、そんなこと許す訳」
「こちらが、お万様からの伝言です」
はなから信用されるとは考えていなかったのだろう。
若い者は紅椿を説得するようなことはせず、代わりに懐から取り出した巻物を、紅椿の足元に転がした。
「すずね」
「はいでありんす」
紅椿は、若い者たちへの警戒を続けたままで、転がってきた巻物をすずねに拾わせる。
「読んで」
「はいでありんす」
すずねは巻物を開き、中に書かれている文を確認した。
「……間違いなくお万様の字でありんす。えっと、読み上げるでありんす」
「お願い」
「えー、『紅椿。あんたはどうせ、何を言っても戻らないんだろ? なら、好きにしな。ただし、仕事に穴を開けることだけは絶対に許さないよ。夜見世の時間までには、必ず戻ってきな。いいね? それが、最大限の譲歩だよ』」
「……お万」
てっきり、さっさと帰れと言われるものだと思っていた紅椿は、意外なお万の懐の深さに感謝し、安心した表情で息を零した。
同時に、自身が我儘を通した以上、師走を確実に見つけなければと、一層心に火が付いた。
「ありがとう」
目の前にお万がいるはずもないのに、紅椿の口からは、自然とお万への感謝がこぼれ出る。
そんな紅椿の横で、すずねは巻物をさらに広げ、お万からの手紙の続きを読み進める。
「『追伸。いずれにせよ、紅楼に戻ったら覚悟することだね。すずね』……『も。』……」
すずねの手から巻物が落ち、地面でコロコロと転がる。
巻かれていた紙が全部伸び切り、若い者たちにも巻物に書かれた文章が見えたようで、次々苦い表情を浮かべ始める。
「お姉様! すずねたち、お万様に殺されるでありんすううう!」
すずねは巻物から逃げるように、紅椿の脚へとしがみ着いた。
紅椿はというと、しばらく転がった巻物を見つめた後、すずねに向かって微笑んだ。
「ま、仕方ないでありんすね」
「ええ!?」
「わっちたちは、それだけのことをしたでありんすし」
「ぴえええええ!」
顔を脚へと擦り続けるすずねの頭に手を乗せて、紅椿は若い者たちへと向き直った。
「捜索の状況を聞かせてもらえるでありんすか?」
紅椿の警戒が消えたことで、若い者たちの表情からも警戒が緩む。
若い者は、紅椿からの質問に答える代わりに、打掛を一着取り出して紅椿の目の前に差し出した。
「その前に、どうかお着替えの方をお願いします。そのような格好で歩かれるのは、その、紅楼の太夫としては望ましくないので」
紅椿は、畳まれた着物を見た後、自身の着ている着物に視線を移し、前を隠すように両手を交差した。
「……そうするでありんす」
「玄屋様が、お部屋を貸して下さるそうです。こちらへ」
一先ずのわだかまりが溶けたことで、紅椿は若い者に連れられ、玄屋へと向かった。
「変じゃないでありんすか?」
「最高に美しいです! お姉様!」
すずねの手を借り、紅椿は着替えを済ませる。
起床してから夜見世が始まるまでに着用する着物であり、夜見世の時に着る打掛ほどの煌びやかさには及ばないが、令和吉原の通りを歩くには申し分ない逸品だ。
紅椿は部屋を出て、玄屋の店員たちに丁重に礼を述べた後、縁台に座って着替えを待っていた若い者たちのところへと戻った。
紅椿が戻ってきたことに気付くと、若い者たちは速やかに立ち上がり、紅椿を迎えた。
「それで、状況の説明をお願いできるでありんすか? 師走は見つかったの?」
「いえ、まだです。現在、楼主様が連絡をした妓楼を中心に各通りを捜索をしているのですが……なんとも……」
「そう」
若い者が補足するように、玄屋から令和吉原の地図を借り、通りを指差しながら書く通りの捜索状況を説明していく。
紅椿は、その言葉を頷きながら聞いていく。
「つまりまだ、京町二丁目、揚屋町、伏見町は探せてないのね」
「はい。さすがに伏見町に足を踏み入れることはないと思うのですが」
「わっちも、そう思うでありんす」
紅椿が動き始めたことで、場の主役はいつの間にか紅椿へと変わっていた。
若い者たちは紅椿の指示が発せられるのを待っており、紅椿もまた当たり前のようにそれを受け入れていた。
京町二丁目と揚屋町、どちらに何人を向かわせるか、令和吉原から脱走する可能性を考えて大門付近にも人をやった方がいいのか、ぐるぐると思考を巡らせる。
「禿が見つかりました!」
そんな紅椿の思考は、玄屋へと飛び込んできた若い者によって、ぷっつりと中断された。




