四十軒目 探索
「紅椿花魁!?」
紅椿が外へ出ると、妓夫台に座る牛太郎が、驚いた目で紅椿を見た。
牛太郎の叫びが聞こえた若い者たちも、同じく驚いた眼で紅椿へと振り返る。
紅椿は、若い者たちに囲まれた牛太郎を見つけると、焦ったように叫んだ。
「禿が一人逃亡したって本当?」
しばし、紅椿と牛太郎の視線が交差する。
牛太郎の表情は、驚きから一変し、わかりやすい笑顔となった。
「ご安心ください、紅椿花魁。そのような事実は御座いません」
「嘘! なら、なんでこんなに若い者たちが!」
「じきに、注文した商品が届くところなのです。なにせ今回は、数も重量も相当な物ですんで、運搬のために人を集めたんです」
すらすらと言葉を並べる牛太郎を見て、紅椿は先のお万の姿を思い出す。
「……そう」
紅椿は牛太郎から情報を聞き出すことも諦め、牛太郎との会話を早々に打ち切り、表通りへと出ようとする。
「紅椿花魁をお止めして」
が、集まっていた若い者たちが、それを拒んだ。
紅椿は、四人がかりで腕を掴まれ、その動きを止められた。
「離して!」
「なりません」
力づくでは到底叶わぬことを、紅椿は知っている。
無駄な抵抗をせず、牛太郎へ言葉を向ける。
「お願い。行かせて」
「なりません」
「禿が一人、寂しい思いをしてるかもしれないの!」
「そのような事実は御座いません」
紅椿の目にうっすらと涙が溜まる。
若い者たちの表情に戸惑いが浮かぶも、力が弱まることはない。
「お願いだから……」
紅椿の口から、弱弱しい言葉が落ちると同時に、紅楼の中から走って近づいてくる足音が聞こえてきた。
紅椿には、紅楼へと引きずり戻される未来の自分が、はっきりと見えた。
探しに行くことさえできない自身の不甲斐なさに。自然と下唇を噛みしめ、下を向いた。
「ちょあーでありんす!」
「うおっ!?」
が、次に耳に届いたのは、想像していなかった声だった。
体勢を崩し、体が下に落ちていく若い者の手が、紅椿から離れた。
「カンチョーでありんす!」
「いだああ!?」
さらに一人の手が離れる。
残り二人の若い者も、何が起こったかわからず動揺し、力の緩んだ腕の中から紅椿は自身の腕を引っこ抜いた。
そして、自身を救ってくれた小さな影を見つけた。
「すずね!?」
「お姉様、速く行くでありんす!」
感謝を述べるべきか、何をしているのと叱るべきか。
一瞬頭をよぎった考えをすべて捨て、紅椿は走り出した。
「ありがとう!」
「いかん! お止めしろ!」
一連の様子を眺めていた牛太郎が、すぐに他の若いものへと指示を飛ばす。
妓夫台の周りに立っていた若い者たちが、一斉に紅椿を追って走り始める。
が、そこへすずねが割り込んだ。
「煙幕をくらうでありんす!」
「なんだこれは!?」
「ゲホッ! ゴホッ! 目、目が……!」
すずねの前方に煙が待って、若い者たちの足が止まる。
純粋な煙ではなく、何かが混ぜられているのだろう。
目を開け続けることができなくなった若い者たちは、立ち止まり、必死に自身の目を擦る。
その隙に、すずねも表通りへ向かって走り出し、紅椿の後を追った。
「紅椿花魁! 禿! 戻りなさい!」
牛太郎の声にも振り向くことはなく、紅椿とすずねは走り続けた。
周囲の妓楼から視線を感じるが、気にしている余裕などなかった。
紅椿が走りながら振り向くと、すずねは紅椿に向かって、笑顔でピースをしてみせた。
「何をやってるの……」
「お互い様でありんす!」
「後で、一緒にお万に叱られましょうね」
「ひいいい……。チョベリバでありんす」
紅椿は視線を前方へと戻した後、左右をきょろきょろと見渡しながら、表通りを走り続けた。
紅楼を飛び出したはいいが、禿がどこへ行ったのか、そもそも逃亡したのは誰なのか、何もわからず足だけが動いていた。
「逃げたのは師走でありんす! 表通りは、若い者さんたちが探しているらしいでありんす!」
そんな紅椿の様子を見たすずねが、自身の知っていることを紅椿へと伝える。
「ありがとう」
すずねの言葉で、紅椿は向かう先を定める。
江戸町一丁目と仲の町を区切る木戸門を開き、仲の町へと飛び出した。
禿を探すために指揮を執っていた清次郎は、飛び出してきた紅椿の姿を見てギョッとした表情を浮かべる。
「べ、紅椿花魁? どうして、このような場所に? それに、その恰好は?」
「師走は、師走は見つかったでありんすか?」
「師走? 禿のことですか? いえ、それがまだ。玄屋の人間を走らせて、仲の町を探させてはいるのですが」
「仲の町は探してるのでありんすね? ありがとう!」
「あ、紅椿花魁!」
仲の町を玄屋が探しているのならば自分たちが探す必要はないと、紅椿とすずねは、仲の町を横断した。
夜になれば客でごった返す仲の町ではあるが、朝の、それも花魁たちが眠っている時間帯。
紅椿とすずねは、悠々と江戸町一丁目の反対側に辿り着き、江戸町二丁目に続く木戸門を開いた。
門の先に広がっているのは、江戸町一丁目と同様、道沿いに並ぶ無数の妓楼。
異なる点があると言えば、江戸町一丁目には赤を基調とした妓楼が多いのに対し、青を基調とした妓楼が多いことだろう。
中でも、最も大きな妓楼――大見世I藍苑は、木戸門からでも見えるほどに頭二つ分とびぬけており、どこよりも鮮やかな藍色で江戸町二丁目を彩っていた。
「師走ー!」
紅椿は江戸前二丁目に向かって、禿の名を叫ぶ。
江戸町二丁目の妓楼に所属する若い者たちは、紅椿の叫びに振り返り、やはりギョッとした表情を浮かべた。
しかし、他の妓楼の太夫に事情を問う義理などないのだろう、すぐに紅椿から視線を逸らし、淡々と禿探しを再開する。
紅椿は、師走からの返事がないかと、耳を澄ませる。
しかし、耳に入ってくるのは、ひゅうっと冷たい風の音と、歩き回る若い者の足音ばかリ。
紅椿は辺りを見渡しながら、江戸町二丁目の奥へと進んでいった。




