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紅椿ノ守 ―令和吉原綺譚―  作者: はの
第五章 禿の逃走と“守り”の意味

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四十軒目 探索

「紅椿花魁!?」

 

 紅椿が外へ出ると、妓夫台に座る牛太郎が、驚いた目で紅椿を見た。

 牛太郎の叫びが聞こえた若い者たちも、同じく驚いた眼で紅椿へと振り返る。

 紅椿は、若い者たちに囲まれた牛太郎を見つけると、焦ったように叫んだ。

 

「禿が一人逃亡したって本当?」

 

 しばし、紅椿と牛太郎の視線が交差する。

 牛太郎の表情は、驚きから一変し、わかりやすい笑顔となった。

 

「ご安心ください、紅椿花魁。そのような事実は御座いません」

「嘘! なら、なんでこんなに若い者たちが!」

「じきに、注文した商品が届くところなのです。なにせ今回は、数も重量も相当な物ですんで、運搬のために人を集めたんです」

 

 すらすらと言葉を並べる牛太郎を見て、紅椿は先のお万の姿を思い出す。

 

「……そう」

 

 紅椿は牛太郎から情報を聞き出すことも諦め、牛太郎との会話を早々に打ち切り、表通りへと出ようとする。

 

「紅椿花魁をお止めして」

 

 が、集まっていた若い者たちが、それを拒んだ。

 紅椿は、四人がかりで腕を掴まれ、その動きを止められた。

 

「離して!」

「なりません」

 

 力づくでは到底叶わぬことを、紅椿は知っている。

 無駄な抵抗をせず、牛太郎へ言葉を向ける。

 

「お願い。行かせて」

「なりません」

「禿が一人、寂しい思いをしてるかもしれないの!」

「そのような事実は御座いません」

 

 紅椿の目にうっすらと涙が溜まる。

 若い者たちの表情に戸惑いが浮かぶも、力が弱まることはない。

 

「お願いだから……」

 

 紅椿の口から、弱弱しい言葉が落ちると同時に、紅楼の中から走って近づいてくる足音が聞こえてきた。

 紅椿には、紅楼へと引きずり戻される未来の自分が、はっきりと見えた。

 探しに行くことさえできない自身の不甲斐なさに。自然と下唇を噛みしめ、下を向いた。

 

 

 

「ちょあーでありんす!」

「うおっ!?」

 

 が、次に耳に届いたのは、想像していなかった声だった。

 体勢を崩し、体が下に落ちていく若い者の手が、紅椿から離れた。

 

「カンチョーでありんす!」

「いだああ!?」

 

 さらに一人の手が離れる。

 

 残り二人の若い者も、何が起こったかわからず動揺し、力の緩んだ腕の中から紅椿は自身の腕を引っこ抜いた。

 そして、自身を救ってくれた小さな影を見つけた。

 

「すずね!?」

「お姉様、速く行くでありんす!」

 

 感謝を述べるべきか、何をしているのと叱るべきか。

 一瞬頭をよぎった考えをすべて捨て、紅椿は走り出した。

 

「ありがとう!」

「いかん! お止めしろ!」

 

 一連の様子を眺めていた牛太郎が、すぐに他の若いものへと指示を飛ばす。

 妓夫台の周りに立っていた若い者たちが、一斉に紅椿を追って走り始める。

 が、そこへすずねが割り込んだ。

 

「煙幕をくらうでありんす!」

「なんだこれは!?」

「ゲホッ! ゴホッ! 目、目が……!」

 

 すずねの前方に煙が待って、若い者たちの足が止まる。

 純粋な煙ではなく、何かが混ぜられているのだろう。

 目を開け続けることができなくなった若い者たちは、立ち止まり、必死に自身の目を擦る。

 その隙に、すずねも表通りへ向かって走り出し、紅椿の後を追った。

 

「紅椿花魁! 禿! 戻りなさい!」

 

 牛太郎の声にも振り向くことはなく、紅椿とすずねは走り続けた。

 周囲の妓楼から視線を感じるが、気にしている余裕などなかった。

 

 紅椿が走りながら振り向くと、すずねは紅椿に向かって、笑顔でピースをしてみせた。

 

「何をやってるの……」

「お互い様でありんす!」

「後で、一緒にお万に叱られましょうね」

「ひいいい……。チョベリバでありんす」

 

 紅椿は視線を前方へと戻した後、左右をきょろきょろと見渡しながら、表通りを走り続けた。

 紅楼を飛び出したはいいが、禿がどこへ行ったのか、そもそも逃亡したのは誰なのか、何もわからず足だけが動いていた。

 

「逃げたのは師走でありんす! 表通りは、若い者さんたちが探しているらしいでありんす!」

 

 そんな紅椿の様子を見たすずねが、自身の知っていることを紅椿へと伝える。

 

「ありがとう」

 

 すずねの言葉で、紅椿は向かう先を定める。

 江戸町一丁目と仲の町を区切る木戸門(きどもん)を開き、仲の町へと飛び出した。

 禿を探すために指揮を執っていた清次郎は、飛び出してきた紅椿の姿を見てギョッとした表情を浮かべる。

 

「べ、紅椿花魁? どうして、このような場所に? それに、その恰好は?」

「師走は、師走は見つかったでありんすか?」

「師走? 禿のことですか? いえ、それがまだ。玄屋の人間を走らせて、仲の町を探させてはいるのですが」

「仲の町は探してるのでありんすね? ありがとう!」

「あ、紅椿花魁!」

 

 仲の町を玄屋が探しているのならば自分たちが探す必要はないと、紅椿とすずねは、仲の町を横断した。

 夜になれば客でごった返す仲の町ではあるが、朝の、それも花魁たちが眠っている時間帯。

 紅椿とすずねは、悠々と江戸町一丁目の反対側に辿り着き、江戸町二丁目に続く木戸門を開いた。

 

 門の先に広がっているのは、江戸町一丁目と同様、道沿いに並ぶ無数の妓楼。

 異なる点があると言えば、江戸町一丁目には赤を基調とした妓楼が多いのに対し、青を基調とした妓楼が多いことだろう。

 中でも、最も大きな妓楼――大見世(おおみせ)I藍苑(あいえん)は、木戸門からでも見えるほどに頭二つ分とびぬけており、どこよりも鮮やかな藍色で江戸町二丁目を彩っていた。

 

「師走ー!」

 

 紅椿は江戸前二丁目に向かって、禿の名を叫ぶ。

 江戸町二丁目の妓楼に所属する若い者たちは、紅椿の叫びに振り返り、やはりギョッとした表情を浮かべた。

 しかし、他の妓楼の太夫に事情を問う義理などないのだろう、すぐに紅椿から視線を逸らし、淡々と禿探しを再開する。

 

 紅椿は、師走からの返事がないかと、耳を澄ませる。

 しかし、耳に入ってくるのは、ひゅうっと冷たい風の音と、歩き回る若い者の足音ばかリ。

 

 紅椿は辺りを見渡しながら、江戸町二丁目の奥へと進んでいった。

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