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紅椿ノ守 ―令和吉原綺譚―  作者: はの
第四章 赤と青の境界

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三十三軒目 二階

「彼女は千桜。輝水仙、今日から三日間ほど、彼女に妓楼の仕事を教えてあげて」

「Vous plaisantez? 冗談ですよね?」

「本当」

 

 翌日、紅椿は輝水仙に、千桜の預かりを依頼した。

 輝水仙は千桜の顔を見るなり、露骨に嫌がる表情を作ってみせた。

 

「さすがに、冗談はよしこちゃんでありんす」

 

 すずねも輝水仙に同調し、慰めるように輝水仙の背中をさすった。

 

「よろしくお願いします! 先輩!」

 

 歓迎されぬ雰囲気の中、千桜だけは満面の笑みで、輝水仙の近くに駆け寄り、ぺこりと頭を下げた。

 長髪を一本に束ねた髪の毛が、生き物のようにぴょんと跳ねる。

 

「はあ~~~」

 

 輝水仙は、千桜を見て大きな溜息をつき、確認するような目で紅椿を見た。

 

「よく、お万様を説得できましたね」

「条件付きよ」

「それで、妓楼の仕事をさせるんですか?」

「そう。来週、どれだけ使い物になるかで、ここに置くかどうかを決めるらしいわ」

 

 輝水仙は、再度千桜を見る。

 花魁道中を邪魔した千桜に対して思うところもあったが、花魁道中の主役である紅椿が許したのならと、諦めて千桜と向き合った。

 

「初めまして。輝水仙よ」

「初めまして! もしかして、ハーフなんですか?」

「……クォーター。フランスの血が入ってるわ」

「ですよね、ですよね! 髪色が、日本人にしては明るいなあって思ったんです!」

 

 輝水仙は、ニコニコ顔をしている千桜を見て再度溜息をつき、その頭を軽く引っぱたいた。

 

「あいたっ!」

「教育一つ目。遊女やお客様に対して、人種や身分を訊かない。吉原には、多様なルーツを持つ人がいて、中にはそれを言いたくない人もいるの」

「気を付けます! ご指導ありがとうございます!」

 

 千桜は、引っぱたかれた自分の頭をさすり、すぐに敬礼をして輝水仙の教育に応えた。

 

「とりあえず、私について来て」

「はい!」

 

 輝水仙は、そのまま千桜に座敷を出るように促し、襖を開けて外へ出た。

 千桜もその後を追って、座敷の外へと急いだ。

 ぴしゃりと襖が締まり、部屋には紅椿とすずねが取り残された。

 

 紅椿は閉じた襖を眺めながら、袖口で口元を隠しながら微笑んだ。

 

「さて、どうなるかしらね」

 

 

 

 廊下へと出た千桜は、好奇心が抑えられないように、周囲を見渡す。

 十字に広がる長い廊下に、無数の襖。

 どれもこれも、令和吉原の外では見慣れない光景だ。

 

 輝水仙は、襖を指差しながら、千桜へ二階の説明を始める。

 

「二階にある部屋は、大きく二つ。花魁のお部屋と、廻し部屋」

「花魁のお部屋は、さっきまでいた部屋ですよね? 廻し部屋って何ですか?」

「廻し部屋っていうのは、共用部屋のこと。一人の花魁に複数の客がつくことも珍しくないから、全員を花魁の部屋に招くわけにもいかない。だから、お客様には廻し部屋で待ってもらって、花魁が廻し部屋を訪れるの」

「そうなんですね!」

「まあ、お姉様みたいに、お姉様専用の廻し部屋を持つ人もいるけどね」

 

 位の高い遊女ほど優遇され、自由に使える部屋の数も増えていく。

 輝水仙がさらりと口にした紅椿を称える言葉に、千桜は目を輝かせて反応した。

 

「すごいすごい! さすがは紅椿花魁!」

「そう。お姉様はすごい」

「はい!」

「貴女。なかなか見どころがある」

 

 千桜がぴょんぴょんと跳びはねると、同時に着地する音をかき消すような足音が、いくつも廊下に響いてきた。

 千桜が音のする方に視線を向けると、丁度角を曲がってきた若い者と目が合った。

 

「ちょいと失礼」

 

 若い者は速足のまま輝水仙と千桜を避け、その横を通過して、どこへともなく去っていった。

 その若い者と交差するように、別の若い者が千桜の視線を左右に横切った。

 

「彼らは、若い者。妓楼で働いている男の人たち」

「へえー。皆、若い人たちなんですね!」

「Non。四十代や五十代の人もいる」

「おじさんもいるのに、若い者?」

「呼び方は慣習。深く考えないで」

 

 輝水仙は、二階を駆け回る足音が増えてきたことに気づくと、若い者の仕事の邪魔にならないよう、一階へと向かった。

 周囲に客のいない移動ではあるが、無意識に足音を立てずに歩く。

 

「なるほど」

 

 千桜は輝水仙の歩き方の真似をし、同じように足音を立てずに歩いた。

 

「上手い」

「ありがとうございます!」

「どこかで学んだの?」

「いいえ、輝水仙様を真似っこしてます!」

 

 輝水仙は、初めて妓楼の廊下を歩いた日に、ぎしりと音を立てて、お万から睨まれたことを思い出す。

 しばらく千桜の歩き方を注視し、前から近づいてくる足音が聞こえたので、視線を前に戻した。

 

「Parfait。歩き方は完璧」

「ありがとうございます!」

 

 一日目の自分が負けたことに些かの悔しさを抱えつつ、表情に出すことなく、輝水仙は歩を進めた。

 そして、階段に近づいた時、思い出したように口を開いた。

 

「さっき、二階にある部屋は花魁のお部屋と廻し部屋って言ったけど、もう二部屋あった」

「はい! どんなお部屋でしょう!」

「初会、つまり初めての花魁と会うお客様が通される、引付座敷。そして」

 

 輝水仙がもう一部屋を指差すと、説明しようとしていた部屋の襖ががらりと開いた。

 そして中から、キセルを加えたお万が出てきた。

 お万は、部屋の近くに立つ千桜に気付くと、険しい視線を向けた。

 

「ひいっ!?」

「……もう一つが、お万様の生活する、遣手部屋」

 

 お万は数秒千桜を見た後、すっと顔を背けて、階段を降りて行った。

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