三十一軒目 沢山の花
シャラン。
シャラン。
江戸町一丁目に、髪飾りについた鈴の音が響く。
若い者たちに囲まれた花魁道中が紅楼を発ち、仲の町を目指して歩き始める。
「紅椿花魁!」
「こっち向いてくれー!」
「見ろ! 花魁道中に俺の名前が!」
人々の声援を浴びながら、花魁道中の中心を歩くのは、もちろん紅椿だ。
すずねを前に、輝水仙を後ろに置き、お手本のような外八文字で江戸町一丁目を歩く。
炎のように真っ赤な口紅。
首が傾きそうなほど大量の簪。
金糸銀糸を惜しみなく織り込んだ紅の打掛。
その姿は、質素でありながら人目を惹きつける薄紅の花魁道中とは、対照的であった。
紅椿が一歩踏み出すと簪が揺れ、シャラン、シャラン、と壮麗な音が響き渡る。
高さ十五センチメートルもある三枚歯の高下駄は、地面を踏むたびに、カラン、コロンとリズムを刻む。
まるで、暗闇に唯一灯った鮮烈な炎。
紅楼前に集まった人々は、夜空を飛ぶ虫のように、紅椿と言う炎に引き付けられる。
花魁道中を構成する全員が紅楼から出終えると、紅椿は立ち止まり、仲の町へ向かって一礼をした。
同時に、周囲の妓楼の二階から、一斉に三味線の音が響き始める。
祭囃子を思わせる力強い音は、集まる人々ををさらに一歩、前へと突き動かした。
シャラン。
シャラン。
カラン。
コロン。
シャラン。
シャラン。
カラン。
コロン。
大衆に見守られながら、花魁道中はゆっくりと江戸町一丁目を歩いていく。
まるで、江戸町一丁目が紅椿一人のために用意された舞台かと錯覚するほど、人々はその歩みに釘付けとなった。
小さな人影が割って入ることができたのは、それ故だろう。
人々の隙間をすり抜けて、若い者が気づいたときには、既に足元にまでの接近を許していた。
若い者たちはすぐさま、近づいてくる人影を捕らえようと手を伸ばす。
しかし、人影は小さな体をさらに小さく畳み込み、しゃがんだり跳びはねたりと、若い者たちの手を躱し切った。
そして、若い者と花魁道中の間の空間へ滑り込む。
「止まって」
滑り込んできた人影に気づいた紅椿は、即座に花魁道中を止める。
簪の音が聞こえなくなり、三味線の音だけが依然響き続けた。
すずねは状況がわからず紅椿の方を振り返り、想定外のことが起きたことを察した輝水仙は、紅椿を守るように、紅椿の前に駆け付けた。
他の禿や新造たちも、体を寄せ合って隙間を埋め、小さな人影が紅椿に近づけないよう守りを固める。
警戒心が渦巻く中、小さな人影は紅椿に向かって平伏し、顔を上げて叫んだ。
「千桜と申します! 私を、紅椿花魁の弟子にしてください!」
三味線に負けないほどの大声は、紅椿の耳に届いた。
しかし紅椿は、表情を一切変えず、千桜をじっと見つめた。
「この餓鬼!」
我に返った若い者たちは、そんな千桜の体を容赦なく摘まみ上げて、花魁道中から引きはがした。
「あっ!」
千桜は、宙に浮いたまま両手両足をバタバタと動かし、暴れ回る。
が、力と身長の差は歴然。
若い者たちの手によって、抵抗もできずに連行される。
「弟子に! 私を弟子にしてください! 絶対、お役に立ちます!」
連行されながらも、千桜は必死に叫んでいた。
花魁道中を見物していた人々は、自然と若い者が歩くための道を作り、連行される千桜を見送った。
千桜の姿が紅楼の中へ消えて行くのを見ながら、首を傾げたり、噂話を始めた。
気が付けば、三味線の音も止まっていた。
他の妓楼の遊女たちは、どうするべきかと互いに顔を見合わせ、二階から花魁道中の様子を見守っている。
とても花魁道中の最中とは思えない沈黙が、周囲に漂い始めた。
「あ……。あ……。お姉様の、ハレ舞台が……」
「malchanceux」
すずねと輝水仙は、恐る恐る紅椿の方へ振り返り、その表情を覗き見る。
「進んで」
が、二人の視線の先に、戸惑っている紅椿はいなかった。
紅椿は、いつも通りの凛とした表情で、まるで何事もなかったように一言、周囲を一喝した。
紅椿の言葉に、すずねは全身を回転させて紅椿の前に立ち、輝水仙も素早く紅椿の背後へ回った。
カラン。
紅椿の高下駄が、江戸町一丁目の地を踏み、心地よい音を出す。
シャラン。
紅椿の簪が、前に進んだ紅椿の動きに引っ張られ、壮麗な音を出す。
花魁道中を作り上げる禿に新造に花魁たちは、紅椿の立てる音にハッと正気を取り戻し、あっと言う間に乱れた態勢を立て直す。
そして、一歩分遅れて前へと進んだ。
コロン。
紅椿の高下駄が、江戸町一丁目の地を踏み、心地よい音を出す。
シャラン。
紅椿の簪が、前に進んだ紅椿の動きに引っ張られ、壮麗な音を出す。
再び動き出した花魁道中を前に、集まっていた人々は、一斉に視線を花魁道中へと戻した。
数秒の後に、再び三味線の音が聞こえ始め、場の熱気が戻ってくる。
「紅椿花魁!」
「こっち向いてくれー!」
「見ろ! 花魁道中に俺の名前が!」
千桜の乱入などなかったかのように、花魁道中は進み始めた。
そのまま紅椿の率いる花魁道中は江戸町一丁目を歩き終え、木戸門を通過して玄屋に到達。
そして、深く被った帽子とフェイスカバーで顔を隠した男を花魁道中の中へと招き入れ、歩いてきた道を戻り始めた。
いったい誰の花魁道中かと口にする者もいたが、ここは多様な背景を持つ人々が集う場所、令和吉原。
匿名の贈り主を詮索するような粋でないことを行う者はいなかった。
紅椿の花魁道中は、大きな声援と喝采に包まれたまま紅楼へと辿り着き、建物の中へと消えていった。
花魁道中の興奮冷めやらぬ人々は、まるで花魁道中の後を追うように、花魁を指名して紅楼の中へと吸い込まれていった。




