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紅椿ノ守 ―令和吉原綺譚―  作者: はの
第三章 破滅の契り

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二十三軒目 約束

 春幸にとって何度目の登楼だろう。

 香時計に火がつけられるとともに襖を開き、薄紅は座敷へと入っていった。

 そして、しずしずと歩き、上座へと座る。

 

「春幸さん。今日も来てくれて、嬉しいでありんす」

「当然です。貴女と約束しましたからね」

 

 春幸と薄紅は視線を合わせ、楽しそうに笑った。

 薄紅は春幸の顔を見た後、視線を下に落とし、少しくたびれたスーツに目を止めた。

 

「これはお恥ずかしい。今日は仕事が立て込んでいて、着替える余裕がありませんでしたので。今朝、温泉には入ったのですが」

 

 薄紅の視線に気づいた春幸は、焦った表情で弁解をする。

 しかし、薄紅は春幸の身なりを気にせず、ただ儚く微笑んだ。

 

「お話の前に、寝間着に着替えんしょうか。春幸さんも、一日中着ていたお召し物はお嫌でしょう?」

「……そうですね。気を使っていただき、ありがとうございます」

「お召し物は、洗濯をしておくでありんす。それと、よろしければ、明日着るための新しいお召し物を一式、ご用意させていただくでありんす」

「何から何まで……助かります」

 

 薄紅が廻し方に視線を送ると、廻し方はすぐに座敷の外から、春幸用の寝巻を持って来る。

 

「では私も、着替えてくるでありんす。春幸さん、また、後で」

「……ええ!」

 

 客にとって、花魁とはいつ来るかわからないし、いつ去るかわからない存在だ。

 しかし、花魁が煌びやかな着物を脱ぎ捨て、寝間着で場を共にした時だけは、話が変わる。

 それは花魁からの、「残りの時間は貴方と一緒に過ごします」というメッセージに他ならない。

 

 表情を明るくする春幸に見送られながら、薄紅は立ち上がり、座敷の外へと出ていった。

 

 

 

 廻し方に誘導され、薄紅は廊下を歩き、自室へと向かう。

 そして、廊下に人影を見つけて、足を止めた。

 

「お万様」

「ずいぶんと早いじゃないか。まだ八時だよ」

 

 お万は、時計を睨んだ後に薄紅を見た。

 しかし、薄紅はお万の視線に怯えることもなく、ただ儚げに微笑んだ。

 

「花魁道中までしてくれた方ですので」

「今日は何人、廻しがいると思ってるんだい?」

「もてた、ふられたは、遊郭の華。気をもませるのも、花魁の腕。わっちは、自分の仕事を全うしているだけでありんす」

 

 一歩も引かない薄紅の強い瞳に、お万は眉間にしわを寄せる。

 刻みたばこの入っていないキセルで自身の肩を数度叩き、諦めたように目を閉じた。

 

「くれぐれも、入れ込み過ぎるんじゃないよ」

「お万様。わっちを誰だと思っているでありんすか?」

 

 薄紅は、紅楼のナンバー3でありんす、とは口にしなかった。

 言うまでもなく、お万には伝わっているとわかっているから。

 自信を纏った雰囲気を崩さぬまま、お万の横を堂々と通りすぎた。

 

 しばらくお万からの視線を感じていたが、すぐに遣手部屋の襖が開く音が聞こえた。

 

 

 

 寝間着へと着替え終えた薄紅は、春幸の待つ部屋へと戻る。

 部屋の畳には、床廻しによって二人分の布団が敷かれており、布団の横では春幸が正座をして、薄紅の戻りを待ちわびていた。

 

「お待たせしんした。春幸さん」

「いえ。私も、丁度着替え終えたところですので」

 

 薄紅は、上座を歩いた後、段差を降りて下座の座布団へと腰を下ろす。

 春幸の横へ。

 

「お仕事、忙しいんでありんすか?」

「え、ええ。最近は、少し。でも、安心してください。貴女と会える時間は、ありますので」

「無理は、なさらないで欲しいでありんす」

 

 香時計が、廻し方によって片付けられる。

 時間制限が取り払われた部屋の中、薄紅と春幸は穏やかに、楽しそうに、話をはずませた。

 

 

 

 同刻。

 武彦は、馴染みを買って、紅椿を待っていた。

 

「あ、お姉様!」

 

 馴染みの終盤に襖が開き、武彦の待つ座敷に、紅椿が入って来る。

 

「べ、紅椿花魁!」

「こんばんは、武彦様」

 

 紅椿は上座に敷かれた座布団へと座り、下座で遊ぶすずねと武彦に微笑んだ。

 武彦は頬を赤く染めながら頭を下げ、すずねはオセロの手を止めて、上座へと小走りにやってきた。

 そして、紅椿の袖を掴んで、武彦を指差した。

 

「お姉様! 武彦さん、花魁道中を見ていたらしいでありんす!」

「あら、そうでありんしたか。いかがでしたか? 紅楼の誇る、花魁道中は?」

 

 紅椿は、まるで自分事のように喜びを含ませながら、武彦へと問いかけた。

 武彦は、穏やかな表情で紅椿に答える。

 

「とても、素晴らしかったです。吉原中の美しさが、全部集まっていたみたいな」

「喜んでもらえて、嬉しいでありんす」

「あ、もちろん、紅椿花魁の方がずっと美しいですが!」

「お上手でありんすね」

 

 花魁道中の中に紅椿がいなかったことを思い出しただろう武彦は、必死に弁明をする。

 が、紅椿は気にした様子もなく、くすくすと笑った。

 武彦はしばらくごまかすように笑っていたが、ふとした瞬間に、表情へ影を落とした。

 

「……俺には、買えそうにないなあ」

 

 紅椿は、そんな武彦の言葉を聞き逃すことなく、目を細めて武彦を見た。

 

「無理はなさらないで欲しいでありんす。武彦様のペースで会いに来ていただけるだけで、わっちは幸せでありんすよ」

 

 甘い言葉が、武彦の耳をくすぐる。

 武彦は丸くした目で紅椿を見た後、頭を掻きながら視線を床へと落とした。

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