二十一軒目 花魁道中
七月も下旬の頃。
春幸は悩んでいた。
どうすれば、薄紅にこれまで以上の贈り物ができるのかと。
紅楼に登楼すれば、薄紅と必ず会うことができるようになった。
短時間とは言え、だ。
春幸は、そんな現状に心から感謝をし、一方で薄紅へ感謝の気持ちを返し切れていないと悩んでいた。
玄屋の縁台に座りながら、思わず清次郎へと感情を吐露する。
「薄紅花魁は、何をあげれば喜んでくれるだろうか」
清次郎は、聞いたことのない春幸の弱音に、動きを止める。
そして、惣花という紅楼で最も高価な贈り物を贈り終えたことを知っているからこそ、一つの提案をした。
「花魁道中なんていかがでしょう?」
「花魁道中?」
初めて聞く言葉に、春幸は頭を上げて、清次郎を見た。
「はい」
「それは、惣花より高価な贈り物なのかね?」
「いえ。金額で言えば、惣花には劣ります」
が、清次郎の言葉を聞いて、すぐにまた肩を落とした。
一度送った物よりも安価な贈り物で、薄紅が喜ぶとは到底思えなかったのだ。
清次郎は、そんな春幸の落ち込みようも想定内だったようで、明るい言葉で会話を続けた。
「しかし、花魁道中には、惣花にない魅力が御座います」
「……それは?」
「惣花は最も高価な贈り物ですが、贈り先は妓楼そのもの。それに対して、花魁道中は花魁一人に対する最も高価な贈り物なのです」
花魁一人に対する。
その言葉が、春幸には引っかかった。
春幸は大きく目を見開いて、再び清次郎を見る。
「花魁道中とは、何をするのかね?」
「指名した花魁が、着飾って表通りを歩き、茶屋まで春幸様を迎えに来るサービスです」
「それでは、薄紅花魁の手を煩わせることになるのではないか?」
「とんでもございません。花魁道中は、妓楼に籠る太夫にとって、数少ない外への魅せ場。花魁ご自身の美しさはもとより、花魁道中を贈られるほどの花魁であるということを、吉原全体にアピールすることができるのです」
「薄紅花魁を……吉原全体に……」
春幸は、美しく着飾って表通りを歩く薄紅を想像し、目に涙が滲み出た。
自身の手で、薄紅と言う存在がより高みへ行けると思えば、これほどに嬉しいことはなかった。
「やろう! 清次郎! 今すぐ手配してくれ!」
春幸は立ち上がり、興奮した表情で清次郎の両肩を掴んだ。
清次郎の体が、僅かに後方へ揺れる。
しかし、清次郎は動じることなく、必要な説明を続けた。
「申し訳ありません。花魁道中は、一週間前からの予約が必要となっております。花魁側の準備も御座いますので」
「では、来週だ! 来週の同じ時間で、薄紅花魁の花魁道中を購入する!」
「かしこまりました。では、そのように手配いたします」
花魁道中の依頼は、すぐさま玄屋から紅楼に伝わり、薄紅の耳にも入った。
しかし、薄紅と春幸の関係は変わらないまま。
春幸が馴染みとして登楼し、薄紅が座敷を訪れ、春幸が一方的に話しかける。
そんな一週間が続いていた。
薄紅の花魁道中、当日。
「おめでとうございます、お姉様!」
「いつもの何倍も美しいです!」
「お姉様のハレ舞台! 私たちも、全力で盛り上げます!」
「ありがとう。睦月、如月、弥生」
紅楼の前は、人で溢れていた。
花魁道中に参加する禿や新造はもとより、花魁道中を一目見ようとする客たちで大盛り上がり。
若い者たちは、自身の体で壁を作り、観客たちが紅楼に雪崩れ込まない様に必死に抑え込んでいる。
江戸町一丁目に響く三味線の音も、本日ばかりは静寂を保っている。
花魁道中は、一人の花魁の花道。
彼女のための音以外は、無粋でしかない。
シャン。
シャン。
鈴の音と共に、紅楼の奥から大勢の人間たちが参上する。
まず顔を出したのは、若い者たち。
花魁道中を守るように囲み、周囲を警戒しながら前に進む。
次に顔を出したのは、禿と新造。
淡い桜色の髪飾りをつけて、いつもよりもおめかしした着物を着て、緊張した面持ちで前に進む。
最後に現れたのは、薄紅と花魁たち。
睦月と如月が先導するように歩き、しんがりを弥生が務める。
そして、花魁道中の中央では、薄紅が堂々たる出で立ちで歩いていた。
トレードマークである薄い化粧はそのままに、髪にはいつもより多くの簪を刺している。
簪についた鈴は、薄紅が一歩踏み出すたびに、シャンシャンと雅な音を立てる。
高さ十五センチメートルもある三枚歯の高下駄は、地面を踏むたびに、カランコロンとリズムを刻む。
薄紅は、いつも通りの儚い表情で遠くを眺めながら、外八文字によって、江戸町一丁目を歩く。
つま先を外側に向け、半円を描くように後ろ脚を前へと出すの歩き方は、野次馬全員の視線を奪って口を噤まさせるほどに、優雅な姿であった。
「……綺麗だ」
野次馬の一人が思わずつぶやくと同時に、仲の町に並ぶ妓楼から、一斉に三味線の音が鳴り響いた。
薄紅を想起させる、儚くも力強い一曲。
各妓楼の禿たちは、妓楼の二階から人造桜の花びらをまき散らし始め、夏の江戸町一丁目を一瞬にして春景色へと変えた。
シャン。
シャン。
カラン。
コロン。
大衆に見守られながら、花魁道中はゆっくりと江戸町一丁目を歩く。
まるでそこだけ時の流れがゆっくりと流れているように、穏やかな空気が全てを包み込む。
全開に開かれた木戸門をくぐり、仲の町へと入ると、花魁道中は玄屋の前で足を止めた。
花魁道中を囲っていた若い者たちが道を開けると、薄紅が一人で花魁道中の先頭まで歩き、玄屋の縁台に座る春幸に向かって手を差し出した。
「お迎えにあがりんした。春幸さん」
春幸は、いつもと違う薄紅の姿に見惚れており、薄紅の手を取って立ち上がる。
「とても、お綺麗です」
「ありがとう、ござりんす」
そして薄紅は、春幸の手を引いて、花魁道中の中心まで導いた。
シャン。
シャン。
カラン。
コロン。
薄紅と春幸の二人を囲んで、花魁道中は元来た道を戻っていく。
二人が初めて出会った場所、紅楼へと。
そこに、誰一人として、入る隙はなかった。
だから、電源を切っていたスマートフォンへの着信に、春幸が気づくことができなかったのは、至極当然の話だ。




