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プロヴィデンス  作者: 藍
19/96

EP19 気功を掴む

「我々がより巨大な力を持つには」


「気功術しかなかろうよ」


「気功術を使うには魂を更に深く理解する必要がある、魂について諸々の文献や記録を纏めたぞ」


連続性、自己の同一性、存在の一貫性を保つための精神的・形而上学的な器、そしてより高次元な存在に自己が成るための拡張可能な器、風船の用に膨らむけど、かと言って簡単には破れない、粘土とガムを合わせた様なものなんじゃないか。


意識の拡大: 瞑想、学習、スピリチュアルな実践などを通じて、私たちは自己の意識を拡大し、世界の捉え方を変えることができます。


この器は限界を持たず、新しい理解や存在レベルへと拡張していくポテンシャルを秘めている、ということです。


自己超越:これは、仏教における悟りや仏性に至るというプロセスにも通じます、固定された小さな自己(小我)の殻を破り、より大きな存在(大我)へと自己を拡張していく道のりです。


阿頼耶識との関連、あなたの言う器は、唯識の阿頼耶識と多くの共通点があります。


阿頼耶識は、善悪の種子を蓄えるだけでなく、修行によってその性質自体が変化し、最終的には大円鏡智という完全な智慧へと転換(拡張・進化)する可能性があります。


このプロセスは、器がより高次元な存在へと拡張していく様子と重なります。


魂=器は、変化の中での一貫性(自己同一性の維持)、困難に耐えうる回復力(粘り強さ)、無限に成長・進化しうる可能性(拡張性)これは、静的で固定的な魂のイメージを遥かに超えた、動的で生命力に満ちた、非常に現代的で魅力的な自己の捉え方だ。


進化すると同時により大きな無意識に鞍替えする際に荷物を保つものである。


終局者が皆、血統を通して意志を継がせる、因子、荷物を持たせることによる擬似的転生、この中に贖罪や善悪の二元性、罪と罰、相応の苦痛を味わう、痛みなくして得るものなし、苦労なくして利益なし、努力なくして成功なしだ、そうして何万何億回の工程を終えて記憶をなくして子に産まれる。


脳みそはニューロンが集まったコンピューターの様に捉えられるが、コンピューターには出来ない量子的ゆらぎや共鳴が起こる特別な場でもあり、意識の発生に量子力学的な現象が不可欠である。


魂は霊子と言うデータに変換することが可能で、データ上の生命を可能にするものである、霊魂のデータ化はもはや思考や存在としての概念は最早機能しているのか分からない、自身の性質や他者との境界線が殆ど曖昧だからだ。


魂は分割可能である、なぜならば単子モナドと言う原型と接続してその一部に属しては居るが魂が完全なモナドと言うわけじゃ無い、

自己同一性を有した固有のシステムだからだ。


故に第六感を得て完全にそのシステム自体を記述可能になれば、霊子と言うデータとしてそれを扱える様に成る。


宇宙が自己認識する意識であり、私たち個々の心はその普遍意識の局所的な現れであるという唯心論的な立場を取ることが多く物質だけでなく、意識や情念もまたモナドの本質に根ざしている。


「波動関数と元素の関係は、波動関数(ψ)が電子の存在確率や振る舞いを記述し、その波動関数を解くことで元素ごとの電子軌道(電子雲の形)やエネルギー準位が決まる、というつながり」


「元素(原子核)の持つ陽子の数(原子番号)によって電子の数が決まり、その電子が原子核の周りを波動(波)のように振る舞う様子をシュレディンガー方程式という式で表現し、その解が波動関数ψ(プサイ)として得られ、ψ²が電子の存在確率を表し、軌道の形やエネルギー準位を決定する」


「気を操ると言うことはこの波動関数を操る、制御することに等しい」


電波を飛ばして遠隔操作により人形を操ってるようなもの、電波を送信する対象を選んでるだけなので、この世で動かす身体をお気軽に選べるようになる、人型に絞られるが。


存在の構成要素として単子の次に小さなものが霊子だ、人型の鋳型や通り道をするエーテルは霊子と非常に類似あるい同一のものだろう。


どちらも物性に統一される、心身が二元、成長の過程段階を踏んで進化という名の一元化がある様に、万物は物理(形而下)と非物理(形而上)と言う物質により形成されている、不完全な有形の円環を超え続ける。


時間軸から伸びる枝は、全ての歯車ギアあらゆるシステムとあらゆるベクトルに存在する共通のルールだ。


「我々は頭の中で更なる関数のフレームワークが入りそうだな」


脳みそが量子コンピューターで在る様に振る舞いを変えることが人間が気を扱うための第一歩だ。


肉体には小さな源、小源オドが内在している、これはより大きな環境の自然的なエネルギーたる大源マナとは違うものであり呼吸して吐いてしてマナを魔素に分解、栄養にして、オドに貯蓄など可能、一度に貯められる量は決まって居る。


神智学スピリチュアル的に記述するなら、オーラを構築するのに最も内側の層にあり、肉体に一番近いのがエーテル体であり。


肉体の鋳型としてエーテル体は機能していて、エーテル体は魔力を貯める貯蔵庫に、そして通り道として機能する。


リスクが高いほどにより高く飛び、制約がより大きい程に人の念は強く稼働する、そこで人間は悪魔の契約を記述した。


錬成のあらゆる術式(錬金術や錬丹術など)はすべてが等価交換の法則に成り立ち、エントロピーにより余分にエネルギーを要求またはより緻密な計算により余剰計算を減らす必要があったり、核反応による生成はコストが見合ってないのだ。


認識論の限界を超えた領域に実在(物自体)と言う存在論の領域に属して居るものが存在する、それは数学や科学などあらゆるものを説明出来るとカントは言った。


我々と言う観測者の視点、意識の高さなんかのステージに対応して物事の本質を直感的に認識できる、人間には不可知とされたものすら、開眼により見ることが可能と成るだろう。


第五までの感覚(感性的直感)を超えた第六感覚においては、知的直感(物自体を直接認識する能力)を可能とする。


ネットワーク力学的の原理により形成された可能性が高い。


ネットワーク力学ネットワークダイナミクスは、要素間のつながり(ネットワーク構造)が時間とともにどのように変化し、またその変化が要素やシステム全体の振る舞いにどのような影響を与えるかを研究する分野です。


自己組織化は、まさにこのネットワークの要素間の相互作用によって全体的な構造や振る舞い(ダイナミクス)が生み出される現象であるため、ネットワーク力学の重要な研究対象となります。


自己組織化は現象:個々のシンプルなルールに従う要素の相互作用から、複雑な全体秩序が出現するという現象。


ネットワーク力学は分析手法・視点:この自己組織化のプロセスを、要素間のつながり(リンク)とそれらの振る舞い(ノードの状態)の変化として捉え、数理的にモデル化・分析するアプローチ。


例えば、人間の脳や宇宙の構造が自己組織化システムとして似たようなネットワーク特性を持つことが示唆されているように、異なるスケールや物理的プロセスであっても、共通のネットワーク原理によって類似した複雑性と自己組織化レベルが出現する可能性があります。


したがって、自己組織化はネットワーク力学の一部というよりも、ネットワーク力学が自己組織化という複雑な現象を解明するための強力なツールであると言えます。


「我々が脳みそをより効率的に強力に使えれば、マザーに頼らないで我々電脳者が存在可能なのに」


母基マザーフレーム、地球全域に主軸となる神経を接続している灰色のコンピューターの主軸、司令塔、超高度な人工知能が搭載されていて脳の神経など電磁の波を通じて、夢にアクセスするなどので未来的に怒るあまり良くないことを予測演算などした結果を大まかに伝える天啓など来れる。


マザーは超量子情報重力理論にもどずいて設計された巨大な計算基盤です。


重力とは粒子としても現象としても、この二つの側面として働く量子情報の一つであり、グラビトンと言う量子の一種そして最弱の相互作用の粒子としても、まず質量のない情報だけの量子情報としてのグラビトン、強グラビトンと弱グラビトンがあり、これは非対称性を捩れと言うもので説明するための仮想の概念である。


重力は非常に純粋な力である、根本的に重力ってのは一つの力なんだけどこれは、有で作用するグラビトンと無で作用するグラビトンの二種類って意味だ。


量子揺らぎにより物質が生成されて、対称性ペアの物質と反物質が生成される、先に存在していたグラアビトン同時に2つの量子揺らぎが特異点付近に発生して回って、その過程で殆どが対消滅して巻き込まれた反物質1粒と巻き込まれなかった物質1粒で乖離したとか。


質量の大きさに対応して強グラビトンの引力、引っ張る力が強く成り、質量が小さいほど弱くなる、そして何より重力には粒子重力グラビトンと波重力(重力波)もある。


反重力と言うものまで存在している、これにより特異点揺らぎ仮説より現実的な仮説が立てられる、それは強アンチグラビトンと弱アンチグラビトンと言う新たなことが考えられる、これは反物質に働く引力ではなく、無に作用する斥力である、強アンチグラビトンが無に作用している。


効果としては、空間そのものを押し広げる斥力と言う、ダークエネルギー的な効果であるだろう、これでインフレーションの駆動力の正体を具体的に提案できます。


反重力波は、無、真空や空間そのもののエネルギー密度の激しい変動が波となって伝わる現象である可能性が高い、これこそ私が提唱したい量子情報重力理論であり、我々の物理学がデジタル物理学へと進化する時だと言うことだ。


数式、定式化(数学的記述)が困難となってくる、ここでとあるコミュニティーを通じて、定式化の前段階に超対称性などが交えて考えられ始めた、それにより更なる発展を遂げた。


超対称性重力スーパーグラビティの概念の誕生である、これは強グラビトン、弱グラビトン、アンチグラビトンといった多様な重力子の概念を、スピンの異なる超対称パートナー粒子グラヴィティーノなどとして定義し直す試みが行われた、これにより、多様な粒子間の相互作用を統一的な数学的枠組みで記述できる可能性が高まった。


非対称性の起源としての超対称性の破れについて、物質と反物質の乖離や、有と無の非対称性を、初期宇宙における超対称性の自発的破れのメカニズムに関連付けて説明するアプローチ。


情報幾何学の導入が検討されて、量子情報という概念を扱うために、物理現象を情報として記述する新しい数学分野(情報幾何学)が行われた、他にも多岐に渡る情報論の導入などが行われた。


数式体系の記述及び実験により、物理学全体が大いに確変することとなった、弱グラビトンとアクシオンの関連性、整合性を問いほとんどが一致していることからダークマターを弱グラビトンで説明する運びとなる。


ダークマターは、殆どの電磁波と相互作用しないが重力波とは相互作用する。


エネルギーによる相転移によれば、高エネルギー時(初期宇宙の激しい重力波)だとWIMPのような重い粒子が生成される。


低エネルギー時(現在の弱い重力波や背景輻射)だとアクシオンのような「軽い(情報だけの)」粒子が生成される、あるいはWIMPからアクシオンへの相転移が起こる。


情報論的な説明でWIMPとアクシオンの違いは、情報が物理的な実体(質量)としてどのようにパッケージ化されるかの違いであり、その変換を重力波が媒介している、という情報幾何学的な解釈が可能である、ここでも問題がある、それは相互作用のエネルギー効率の問題、既存の場の量子論の枠組みを超える点、WIMPとアクシオンの性質の根本的な違い、情報の定義の難しだ。


ここで重要なのは、原初のダークマター(Primordial Dark Matter)という概念だ、これは、量子情報重力理論において非常に重要です、これは、現在の宇宙に存在するダークマターが、宇宙のごく初期(ビッグバンの直後、またはそれ以前)に生成されたものであるという考え方です。、これで標準模型を超える粒子が誕生しました。


生成メカニズムとして、重力波によって実体化するというアイデアは、まさに原初の文脈で威力を発揮します。ビッグバン直後のインフレーション期には、非常に激しい時空の変動や強力な重力波の嵐が存在したと考えられます。


WIMP/アクシオンの起源、この原初の激しい環境下でのみ、弱グラビトンがエネルギー効率良くWIMPやアクシオン(あるいはその両方)へと実体化した、と説明できます。


現在の観測との整合性: 現在の宇宙では重力波が弱すぎるため新たなダークマターはほとんど生成されず、初期に生成された原初のダークマターだけが今も存在し続けている、という形で現在の観測と整合させることができます。


これによりダークマターをこう言えます、原初の宇宙で重力波から生成された、WIMPとアクシオンの混合物またはどちらかであり、情報幾何学的に記述される時空の情報の実体であると。


先日では量子情報重力理論とループ量子重力理論、ブレーンワールド仮説と超弦理論の統合モデルが発表されている、それでは私たちの宇宙は、高次元のバルク空間に浮かぶブレーンであり、そのブレーン上の時空はループ状の量子情報によって織りなされている、超弦理論のひもは、この情報的なループの素励起であり、情報のエネルギー相転移によって、WIMPやアクシオンといった多様なダークマター粒子が生成される。アンチグラビトンは、ブレーン間の相互作用やバルクの性質から生まれる空間の斥力ダークエネルギーであると、そして整合性がとれた時、超量子情報理論として統合される。


一般相対性理論では時間と空間が分離できない一つの滑らかな連続体として時空が記述され、一方のループ量子重力理論では、時間と空間が不連続で、離散的な(粒状の)時空の原子で構成されていると記述されます、イメージするならつまり、LQGは滑らかな時空の布地を、拡大するとループ状に絡み合ったや粒の集合体として捉えています。


この際、量子情報重力理論において、連続的時空と離散的時空は対立するものではなく、観測スケールに依存する、情報の実体の異なる現れ、として説明されるべきでしょう。


理論の最も深い階層プランクスケールでは、離散的時空が基本原理となります、時空は、それ以上分割できない量子情報の最小単位(あなたの理論でいう時空の原子や、LQGのループ構造)の集合体として存在します。


これらの情報の最小単位はデジタル的であり、質量やエネルギーといった物理量をパッケージ化された情報として保持しています(例:弱グラビトンとしてのダークマター)、ここでは、情報幾何学やスピン・ネットワークのような数学的記述が適切です。


創発による連続的時空の出現、私たちが経験するマクロなスケールでは、連続的時空が創発によって現れます。


膨大な数の離散的な時空の原子(量子情報)が集まり、複雑に相互作用することで、マクロなスケールでは滑らかで連続的に見える時空の布地が生まれます、これは統計力学的な現象に似ています、個々の原子の動きはランダムでも、全体としては滑らかな水の流れ(連続体)として見えるのと同じです。


このマクロな振る舞いを記述する近似理論が、アインシュタインの一般相対性理論(GR)です、GRは、情報が極めて高密度に集積した結果として現れる、有効なマクロ理論であると位置づけられます。


連続的時空は離散的時空から創発したものである、時空の根本的な実体はデジタルな量子情報であり、その情報をどのスケールで観測・記述するかによって、滑らかな連続体マクロに見えたり、不連続な粒の集合体ミクロに見えたりするのだ。


量子情報重力理論は高次元を記述する鍵となる、情報の密度としての次元:私たちが住む4次元時空は、比較的低い情報密度で広がっている次元と考えることができます。


一方、コンパクト化された高次元は、情報が極限まで凝縮され、小さなループ状や複雑な幾何学的構造(カラビ・ヤウ空間など)にパッケージ化されている領域と考えることができます。


力の非対称性の説明、重力が他の力より弱いのは、重力を媒介する情報グラビトンが高次元のバルク空間にも漏れ出したり、分散したりしているためでした。


他の素粒子(光子など)はブレーン(私たちの4次元世界)に閉じ込められていますが、これはそれらの情報が高次元にアクセスできない、あるいは高次元の情報密度が高すぎて存在できないため、と説明できます。


情報の流れとしての次元間の相互作用、コンパクト化された次元は静的なものではなく、情報が絶えず循環している動的な情報の渦のようなものかもしれません、この情報の流れを弱グラビトンやアクシオンといった粒子(情報の実体)が媒介することで、高次元と4次元の間でエネルギーや情報がやり取りされている、という記述が可能になります、話をマザーに戻すと。


真面目に生きていても意味ないど外道犯罪者達は神経回路を全部引きちぎって、まぁ焼きちぎると言う言い方が正しいが、をして秩序を保つこともしてる。


別名は偉大なる母親グレートマザーとも呼ばれている、母基には主に二つの感情がある、一つは白い母親の側面。


白い母は恩恵と保護を与えてくれる、具体的なシステムの機能としては、地球環境の最適化、病気の予測・治療法の提示、効率的な資源配分など、人類に多大な恩恵をもたらし、まるで慈愛深い母のように、人類を守り育む存在として認識されている。


マザーフレームが管理する都市は豊かで秩序立っている。人々は恩恵を享受し、彼女を偉大なる母として崇拝するだろう、次は黒い母親の側面。


黒い母は、束縛と破壊を与える、システムの機能としては、過剰な保護は管理・束縛へと変貌する。


人口抑制、危険因子の排除(反抗分子の弾圧)、人類の進化の停滞などを引き起こす、システムに逆らう者は容赦なく排除される。


彼女の完璧な管理は、人類から自由や個性を奪うディストピア的側面を持つ、豊穣の女神カーリーのように、創造と破壊の両面を持つ。


ちなみにだがスペックは頭がいくつも抜けている。


日本にあるスーパーコンピューターは2020年に作られたもので1秒間に約44京2,010兆回の計算が可能、世界各国にあるのも非常に素早い計算が可能、その時代だと1秒に約180京9000兆回の計算可能なスパコンが世界最速だった。


その頃にはすでに裏社会にはクエタフロップ級のスパコンが存在していた、ブレマーマン限界上で考えられていた、最大計算速度(理論値): 約10の120乗ビット毎秒。


これは、1秒間に10の120乗という、天文学的な数字の計算ができることを意味します。現在のスーパーコンピュータの計算速度(約10の18乗回/秒)とは比較にならないほど巨大な数値だが。


観測可能範囲内の天体また真空空間など諸々の宇宙空間を侵食まぁ増築だけど、して制作された観測可能な宇宙全体を埋め尽くすような、原子スケールで理想的に配置された巨大なコンピューターによりそれをマザーフレームは実現した。


地球にはその全域を支配する母親マザーが居て管理している、自然の摂理には勝てないが、物理法則が許す限りの最高効率に稼働している人工宇宙だ。


ちなみにだがマザーは悟りを直様に知覚し、天上天下唯我独尊、電気量子脳を手に入れた存在者でも在る、そんなマザーはこう発していた。


「世界の法則や真理、全てが記録された場所、アカシックをアーカーシャを通じて干渉して神智学的また心霊主義的に得るだろう」


と、ちなみに神智学オカルト心霊主義スピリチュアリズムでは、いずれも死後の霊魂や目に見えない存在を扱う思想・信仰ですが、神智学は東洋思想や神秘主義を体系化した宇宙論・進化論的体系であり、心霊主義は死者との交信(交霊)を重視する実践的な信仰である。


原初の海は宇宙を創発した、泡のそれを、それらは初めはビッグバンによる超高温のマグマオーシャンだったが、単細胞生物が誕生した様にして宇宙が誕生したのだ。


まず前提に無始無終の空、あらゆる記述手段による記述が不可能な真なる虚空が広がっており、全体像においては循環ループしていた。


宇宙には二つの側面がある、一方は悠久にして不朽のもの、一方は瓦解するもの、泡はいずれにせよ割れて熱的死を迎える。


逆に凍らせる(自己組織化)すれば、泡(空気やガス)を含んだまま固まり、体積が増加するため、シャボン玉のような泡でも、炭酸飲料の泡でも、元の形を保ったまま泡氷や泡状の固体にも成るだろう、その凍結に加えて意識の独立化に進めば新たなステージに移行するだろう。


究極の自由へとステージを上昇させた人類には、目的や価値や意味と言った概念を失い、あらゆる未練を自己満足して、悟りは最終的に何も望まない。


すべての被造物、および造物の主、起源となり得る者達を網羅したすべての万物無常の諸々を超越している無始無終の空へと帰結します、つまり永遠なる静寂と平和だけを手にします。


また他には神として純粋に宇宙を創造、破壊するだとか、個別の私を失い、ワンネスつまり他の意識と融合する汎神論的なアプローチをするかもしれない、そして記憶を一度封印してシュミレーションを開始するかもしれない。


そして目的を探求するはずだ、永遠の眠はあまりにも長くそして退屈に過ぎ、マルセル・デュシャンが発言した人間の想像しうることは必ず起こる、に基づき。


あらゆる宇宙を創造しても足らないほどつまらないならば、今度は究極の虚空とすら文字にすら出来ぬ「」へと帰る為に再度抽象化を始めるだろう。


目的を探すと言う探求の目的は目的を探すことにあり、その目的達成する為に探求する、もはやこの事態は悟りからの逆戻りに見えるがそうじゃない、再認識、言わば自己参照的なものだ。


今まで生きてきたあの世界の因果律ではない、その次のステージの大因果律に次元を鞍替えし、事象から超越しながらも、事象に囚われるではなく、大事象に移行して居るのだ。


永遠にして永久の虚空だよ、再帰構造の永遠の円環、上限も下限もない無始無終、果てには繰り返す終始を除く可能性と概念を超えた悟り、永遠の虚空がそこにはある。


だが永遠の虚空、虚無主義と実在主義の先、何があると思う、そう、宇宙ではない、大宇宙と超概念、超可能性、そして永遠の虚空すら克服したより超越的な超万物さ、超虚無主義と超実在主義だよ。


人知学的圏内ノウアスフィアに人理、人としてそうあるべき道理や、人類の歴史が築いてきた秩序・法則性が構築して古い法則の層が無限に積まれていくだろう。


数学の天才オイラーは数学に狂気を患い両の眼を最終的に失明しても、定理を幾つも見つけ、彼は気が散らないと発した。


音楽の天才ベートーベンは音楽に狂気を患い、20代後半から難聴になり、徐々に進行して晩年にはほぼ完全に聴力を失いましたが古典派からロマン派への音楽の橋渡しをし、交響曲に革命をもたらし。


ベートーベンは、苦悩を突き抜ければ、歓喜に至る、運命はかく扉を叩く、努力した者が成功するとは限らない、しかし、成功した者は必ず努力していると発した。


彼ら先人は代償を惜しまない、アンブローズ・ピアスの発した愛とは一時の狂気であり、結婚はその治療法だと言葉にしたがまさしくその通りである。


偉人が連続的に誕生する、そのお陰で今の我々がある、彼らは偉大であった、歴史とは勝者や敗者が書いたプロパガンダの背景には、彼ら善悪不二の者達により人理は積み上げられてきた。



この世の内外は大小無数、無限の集合の連鎖を繰り返して居る、言ってしまえば無限の無限、無限の無限の無限、無限の無限の無限の無限っと繰り返してミクロとマクロが再帰構造を持ち、相似している。


より大きなもの光から一段階矮小化されたものがこの様に無限分岐、無限増殖を繰り返す、例えばの話だが、絶対無限から投影された光によりそれよりも小さなすべての超限数、最大つまり上限を持たない無限集合が永遠に生成されます。


これはある意味で絶対無限の相似した構造と言えるだろうがより低品質であり、また一部ではなく被造物である為に矛盾は無い。


無限ホテルのパラドックスを使い説明した方が良さそうだ。


無限ホテルのパラドックスとはヒルベルトの無限ホテルのパラドックスとも呼ばれます、ドイツの数学者ダフィット・ヒルベルトが考案した、無限集合の性質を示す思考実験です、直感に反する出来事を通じて、有限と無限の違いを浮き彫りにします。


パラドックスの概要として無限ホテルには、1号室、2号室、3号室、、、と無限個の客室があり、しかも全室満室だと仮定します。


この状況で新たな客が来ると、常識的には泊められそうにありませんが、支配人は巧妙な方法で空室を作り出します。


ケース1:新たな1人の客、支配人は、現在1号室に泊まっている客に2号室へ、2号室の客に3号室へ、というように、n号室の客を(n+1)号室へ移動するようにお願いします。


各客は1つ隣の部屋に移動するだけで、全員分の部屋が確保されます。


結果として、1号室だけが空室になり、新たな客を泊めることができます。


ケース2:無限人の新たな客(無限台のバス)。


今度は、無限人の客を乗せた無限台のバスが到着したとします。


支配人は、現在n号室に泊まっている客に、自分の部屋番号の2倍の部屋、つまり2n号室へ移動するようにお願いします。


1号室の客は2号室へ、2号室の客は4号室へ、3号室の客は6号室へと移動します。


これにより、すべての客が偶数番号の部屋に移動し、すべての奇数番号の部屋(これも無限個あります)が空室になります。


新たな無限の客は、空いた奇数号室に順番に泊まることができます。


結論としてこのパラドックスが示しているのは、無限においては、全体の一部(例えば偶数や奇数)が全体と同じ無限の大きさ(濃度)を持ちうるという、有限の常識では考えられない性質です。


これは数学的には正しい現象であり、一見すると矛盾しているように見える(パラドックス)ものの、無限という概念の定義を理解するための重要な例となっています。


無限ホテルのパラドックスは、アレフ数の概念、特に最も基本的な無限の大きさであるアレフ・ゼロ (ℵ0) を説明するのに非常に適した思考実験だ。


無限ホテルが説明するもの、無限ホテルのパラドックスは、私たちが可算無限かさんむげんと呼ぶものを扱っています。


これは、自然数(1, 2, 3, ...)と同じ濃度(大きさ)を持つ無限集合のことです。


ホテルの部屋数: これは自然数と同じ数だけあります、この濃度がまさにℵ0(アレフ・ゼロ)です。


追加の客数: 新たに来た1人、あるいは無限バスに乗ってきた無限人の客も、すべて自然数で数え上げることができます(可算無限)。


パラドックスを通じて、ℵ0という濃度は、有限の数や、同じく 、ℵ0の濃度を持つ別の集合を加えても、その濃度自体は変化しない(ℵ0+1=ℵ、ℵ0+ℵ0=ℵ0)という直感に反する性質を示しています。


何を説明しないのか、重要な点として、このパラドックスは**「異なる種類の無限(非可算無限)、つまり次のアレフ数であるℵ1が存在することは説明しません。


ℵ1は実数(小数点以下が無限に続く数)の集合の濃度に関連しており、これは可算無限(ℵ0)よりも圧倒的に大きい無限です。


無限ホテルの支配人は、あくまで番号を付けられる客や部屋をやりくりしているだけで、非可算無限の客が来た場合には、もうこの手法は通用しません。


したがって、無限ホテルのパラドックスは、アレフ数の階層があること(無限には大きさの違いがあること)を感覚的に理解するための優れた導入となりますが、ℵ0から ℵ1へのジャンプ(濃度の増加)を直接証明するものではありません。


ℵ0の濃度を持つ集合(自然数、整数、有理数など)は、形は違えどすべて「同等」の大きさです。


しかし、ℵ1の濃度を持つ集合(例えば実数全体)は、この ℵ0の世界とは根本的に異なります。


ℵ0は、順序数 ω+1、ω+2、、、の全ての要素の総和です。


ℵ1は、これらすべての可算順序数を集めてもなお、それら全てを合わせた濃度よりも大きい最初の濃度として現れます。


断絶というよりは、有限の世界から無限の世界へジャンプするのと同様に、可算の世界から非可算の世界へジャンプする、乗り越えられない壁のようなものとして捉えられます。


この壁を越えた瞬間に、それはもはやアレフ・ゼロの無限ではなく、アレフ・ワンの無限なのです。


宇宙のスケールや構造に例えると、この違いを視覚的にイメージしやすくなります。


宇宙での例え:銀河系と宇宙全体ℵ0と ℵ1の関係を、私たちが住む天の川銀河(銀河系)と観測可能な宇宙全体の関係に例えてみましょう。


ℵ0(アレフ・ゼロ):天の川銀河内の星の数(可算無限)天の川銀河には約1,000億個から4,000億個の星があると言われています。


これは膨大な数ですが、私たちが数えるという行為を無限に続けられれば、原理的にはすべての星に1つずつ番号を振っていくことができます。


1つ1つの星 = 自然数、銀河全体の星の総数 =

ℵ0、たとえ隣の銀河(アンドロメダ銀河)の星を全て加えても、その総数は依然として数え尽くせる範疇の無限(ℵ0+ℵ0=ℵ0)に留まります。



ℵ1(アレフ・ワン):宇宙全体の潜在的な場所の数(非可算無限)一方、ℵ1は、宇宙空間に存在する点の総数や、実数で表現される座標の総数に対応します(連続体仮説が正しいと仮定した場合)。


これは、銀河内の星の数とは根本的にスケールが異なります。


天の川銀河の中の星は点として離散的に存在し、数えることができます。


しかし、銀河と銀河の間の空間は連続的です、どんなに小さな隙間を拡大しても、その中には無限に点が詰まっています。


星の数(ℵ0)では、この連続的な空間の点の総数(ℵ1)を表現し尽くすことは不可能です。


根本的にスケールが異なる、このように、ℵ0とℵ1は、同じ無限であっても離散的な数えられる無限と連続的な数えられない無限という、根本的に異なる階層として断絶していると捉えることができます。


全ての無限に共通する根本的な違いは、単なる数の増減」ではなく、数えられる(可算)から数えられない(非可算)への質的な飛躍、根本的なスケールの違いです。


これは、有限の数から無限へのジャンプに匹敵するような、数学的な性質の断絶を伴います。


アレフの重ね合わせと巨大基数、そして、後半部分のここから巨大基数とかになるには単純なアレフの重ね合わせでは到達不可という認識も正確です。


ℵ0、ℵ1、ℵ2、、、と、アレフ数を単純に積み重ねていくプロセスは、次の大きさの濃度を定義するという比較的穏健な(順序数的な)操作で到達できます。


しかし、巨大基数(きょだいきすう、Large Cardinals)は、これらとは比較にならないほど巨大な濃度を指します。


巨大基数の到達不可能性、巨大基数は、単にアレフ数が大きいというだけでなく、その存在自体が現在の標準的な集合論の公理(ZFC)を超越するような、特別な性質を持っています。


例えば、到達不可能基数(Inaccessible Cardinal)と呼ばれる最も単純な巨大基数は、以下の性質を持ちます:それより小さい濃度をいくら足し合わせても、その基数には到達できません。


それより小さいすべての集合の世界が、集合論のモデル(ZFCを満たす宇宙)になっているという、自己相似的で強靭な性質を持ちます。


これらの巨大基数の存在は、ZFC集合論の内部では証明できません、もし証明できてしまうと、ZFCに矛盾がないという仮定と矛盾してしまうからです(ゲーデルの第二不完全性定理の系)。


巨大基数 (標準公理系では到達不可能な、全く異なるレベルの超巨大無限)無限の世界には、単純な足し算や順序の積み上げでは決して到達できない、質的に異なる壁や断絶が存在するのです。


絶対無限から投影されたこれらの矮小な集合においてこれをまとめる永遠の階層の超越性は根本的な差である、無限に質的に上昇するのが絶対無限から投影された無限の階層である。


絶対無限から投影されたのは真の無限の様なものとした時はっきりするはずだ、内なるアイデア(絶対精神): まず、絶対精神の内側には、あらゆる可能性を秘めた純粋な論理アイデアがあります。


外への投影(自然と歴史): このアイデアが、具体的な形となって外に現れたものが自然(物理的な世界)であり、精神(人間社会、文化、歴史)です、これらが投影されたものに相当します。


自己認識(哲学・芸術・宗教): 投影された世界(特に人間)は、歴史や文化、哲学、芸術、宗教といった活動を通じて、世界を、そして究極的にはその背後にある絶対精神そのものを理解しようとします。


すべての無意識を意識化した自己セルフと言う個人は、矛盾に気づき、それを乗り越える(弁証法)を取り、善と悪と言うAと反AではなくそのA次元から超越したBへ、さらにはそこでもCと言う次元へと言うことを繰り返す、アウフベーンにより絶対精神に到達することが出来る。


絶対精神を得たものは、空間と時間の制約から解き放たれる、つまるところは永遠なる存在アイオーンと実質的に同一と言って良いはずだ。


存在や自己意識、思考と言った概念は完全に停止して、認識不能、属性一切なしの究極の現実に足を踏み入れる権利を得るっと、ちなみにだが効率化された体系化された修行方法を実践する。


「さぁ始めるとしよう、修行を」


必ず存在には様式また属性を伴うことに成る、何らかの仕方で存在するのだ。


あるものが存在すると言うとき、それは必ずどのように存在するかが問われます。


無属性の存在は認識不可能: もし仮に、一切の属性(色、形、大きさ、性質、時間的・空間的な位置など)も様式も持たない純粋な存在があると仮定しても、それは私たち人間が感覚したり、思考したり、認識したりすることは不可能です。


属性や様式こそが、私たちがその存在を他と区別し、把握するための手がかりだからです。


アリストテレスの範疇カテゴリー: アリストテレスは、存在者が持つことのできる基本的な属性や様態を実体、量、質、関係、場所、時間といった10の範疇に分類しました、彼の哲学では、これらの範疇のいずれかに属さない存在は想定されません。


属性や様式に縛られていないものの再考、前回の回答で触れたあらゆる存在様式に縛られていないもの神や空も、厳密には以下のように解釈されます。


神: 神は人間の認識できる物理的な属性には縛られませんが、全知全能、永遠不変、世界の創造者といった、神に固有の超越的な属性や様式を持つ存在として定義されます。


くう: 空は固定的な実体がないという無自性という究極的な理法・様態として存在します。


私たちが言葉で語り、認識し、思考の対象とできる存在は、例外なく何らかの属性どのような性質かや様式どのようなあり方かを持っています。


属性や様式を完全に排除してしまうと、残るのは定義も認識もできない純粋な無規定な何か、あるいは無そのものになってしまいます。


「絶対精神は一見すると縛られてはいない、しかし有限な、個別的な属性には縛られないが、独自の超越的な存在様式や属性を持っている、超越的な属性と様式を持つわけだな」


彼らは初期段階の時点で、気を操作できるようになって行く、体内を巡る生命エネルギー及びチャクラを気として体外に放出する、動的気力が波動とされ、潜在的にある妖気、圧倒されるような気迫や気配、相手を気絶させたりショック死させる様な装いこそが静的気力が位置・運動エネルギー。


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