第二十二話 大罪
1
部屋を与えられはしたが、そこで任務について話し合う訳にはいかない。
用意された部屋ではどんな仕掛けが施されているかわからない、盗聴の可能性を考えて、そういう話はできるだけ離れでするようにドリスタスから言付かっていた。
また、聞き込みも直接的な物言いは避けるべきである。
婉曲的表現を用いるなどしてそれとなく伺う必要がある。
「ミーシャはここに勤めてどれぐらいなのです?」
予め持参していたドレスをミーシャに着付けて貰いながらアニスが問う。
レディエールとフォリントはあくまで護衛のため自分で着替えたが、アニスは貴人も貴人……という設定のため、必ず着替えには人を使う必要がある。
その職務は護衛ではなくメイドのミーシャの仕事というわけだ。
「今年で三年になります。最初の頃はお皿を割っては毎日のように叱られていましたけど、今ではそんな事はありませんのでご安心くださいねっ」
そう明るく笑うミーシャを見ていると、少なくとも屋敷内の環境はそう悪くないようだ。
虐げられ無理に働かされているという様子ではない。
あるいは身内には優しい人物なのかもしれない。となると余計に質問は考える必要がある。
「モルデオン公はどんな方なんですか?
あの服……あんな立派なお召し物、なかなか見ませんが」
「ふふ、領主様は派手好きですからね。
初めて来られる方は皆さま驚かれます。
宝は人に見せてこそ価値がある、しまいこんで自分だけのものとすれば腐ってしまう、というのが領主様のお考えなんだそうです。
だから手にした貴重なものはああして敢えて見せびらかしているんです」
あー、それはなんとなくわかるかも……。
話を衝立の外側で聞いていたフォリントが得心げに頷くので、おほん、とレディエールがわざとらしく咳払いをしてみせた。
「私が勤め始めた頃はそんなでもなかったんですが、ある時からどんどん貴重な品を集めるようになりまして。
各国から様々な商人が来ているのです。
あ、そういえば姫様はそのせいで随分時間を取らせてしまったと聞きました、申し訳ございません」
「いえ、身分を伏せて旅をしているのでそれは構わないのですが……ある時、ですか?」
「ええ、初めは月に二、三人そういった珍品を扱い商人が来るぐらいだったのですが、もうここ二年ぐらいは毎日のように訪れています。
そうだ、姫様もご見学されますか?
姫様でも見たことのないような、変わった物があるかもしれませんよ」
そんなこと勝手に提案していいのかと思ったが、どうやらアニス以外にもここへ物見遊山に来る貴族はいるらしく、同じようにお誘いしているのだという。
個人的には珍品にはそれほど興味はないが、どういった物を集めているのかは調査の一環として見ておいたほうがいいかもしれない。
それに、ある時期から様子が変わったというのは貴重な情報だ。やはり何かきっかけがあったに違いない。
「ではせっかくですし見せてもらいましょうか。
ちゃんとした格好でご挨拶も出来ていませんし」
「かしこまりました。それでは主人にもそのように伝えておきます。……しかし……」
着せ替えが終わったアニスの姿をじろじろみるミーシャに、流石に戸惑う。
「あ、あの……?」
「あ、いや、申し訳ありません!
その、最初お目通りした時から思っていましたけど、本当に……ほわぁ……んんっ、おかわ、いや、お綺麗で、つい見とれてしまいました」
真顔でそんなことを言われるので、俄に顔が熱くなる。
だが、ここで否定するのはアニスの考えるお姫様らしい行動ではない。
紅潮させた頬を柔らかく崩して、微笑んだ。
「ありがとう。ミーシャの着付けが上手だったからですよ」
「はわぁ……め、滅相もございません! 私なんかには身に余るお言葉ですっ」
衝立の外で、今度はレディエールが頻りに頷いた。
2
「なんと……可憐な……おとぎの国から現れたかのようですな、アニス姫殿下!
あの冒険者然としたお姿も凛々しく素晴らしかったですが、やはり尊き方はこうでなくては」
ミーシャに連れられて領主の間に訪れたアニスたちを、バゲニーゼは大いに歓迎した。
特に褒めそやされたのがアニスである。ふうわりと薄い黄の入った絹のドレスはアニスの愛らしい顔を従前に引き立たせている。
緋色の髪には青い蝶の飾りをつけており、額の宝石とよく調和している。
無論、幼い。幼いが品があり、成る程姫というのはこういう人物なのだろうと人目でわかるほどであった。
ところでバゲニーゼだが、特に下卑た目線をアニスに送っている様子はない。
少女趣味という路線は薄そうで、レディエールはほっと胸を撫で下ろした。
スカートの端と端をつまんで、初対面のときのようにアニスは優雅に会釈して見せる。
「ありがとうございます、モルデオン公。
素敵な従者をつけていただいたおかげで、いつもより調子がよいのかもしれません。
さて、今日は面白いものを買い付けるというお話を伺ったのですが」
「ええ、ちょうど今商人を呼ぶところでございました。
お聞きしているかと思いますが、私は名品珍品と言った類に目がありませんでしてな。
諸国より商人を呼びつけては買い込んでおるのです。
後ほど、宝物庫にもご案内しましょう。なにかお眼鏡に適うものが見つかるやもしれません」
「あれが欲しいと言えばくれる、と?」
この返しにバゲニーゼが相好を崩す。
「勿論ですとも。せっかくお越しいただきましたのにただでお返しするわけにもいきますまい。
気に入った品があればぜひ我が領の思い出としてお持ち帰り下さい。
流石に全部と言われてしまうと困ってしまいますが」
そう言ってバゲニーゼが哄笑を上げたので、アニスも控えめに口元を手で隠して笑った。
「ではよくよく吟味しなくてはなりませんね。
ああでも、わたしとしたことが。
こうなると分かっていましたら遮光眼鏡を用意しましたのに。きっと眩しくて、じっと見ていられないのだわ」
あたかも困った様子で頬に手を添えため息をつくと、今度は一瞬虚を突かれたように目を丸くしたが、すぐに先程より大きくバゲニーゼが笑った。
「ハーッハッハッハ! ご安心くだされ、姫殿下。
殿下の御威光の前には、どんな宝物の輝きも曇りまする。
いや、市井を旅しているだけあって言うことが違いますな、ハッハッハ!」
アニス、これ楽しんでるわね……。
どこで覚えたのかいきなり小粋なトークをかましたアニスに、フォリントは呆れて小さく肩を竦めた。
まあ緊張で下手を打つよりは、愉しみながら熱の入った演技をしたほうが上手くいくだろう。
やりすぎていると感じたらその時止めればよい。
幸い、バゲニーゼも好意的に捉えているようだ。ならば下手に水を差す必要もないだろう。
「さて、それでは本日の品を見てみましょうか。
よし、通せ!」
手を二度叩いて戸を開けさせると、南方の出だろうか、鮮やかな刺繍が眩しい民族衣装を纏った男が、何やら小箱を大事そうに抱えてやってきた。
「お初にお目にかかります、モルデオン公。
私、ここより遥か南はネーデルより参りましたカザンと申します。
この度はお招き頂きありがとうございます。
して、そちらの方々は……?」
カザンの細い紐のような目がアニスに向けられる。柔和な笑みだが、此方を探るような油断ならない雰囲気のある貌だ。
「こちらは見学の方々だ。信頼できるお人が故、身構えずともよい」
「左様でございましたか、これは失礼をば……。
では早速ですが、今回ご紹介いたしますのは此方の品になります」
にこにこと表情を変えずに小箱の蓋を開くと、真っ赤な輝きがまず目を引いた。
赤く大きな宝玉が中央にはめ込まれた、黒い立方体である。不思議な燐光を放つラインが何本か刻まれており、一目で魔術具であるというのが分かった。
「こちらは南方の遺跡より出土した古の魔術具にございます。
およそ千年前の魔術具ですが、なんと今でもマナを注げば動くという世にも珍しい品なのです」
ほお、とバゲニーゼが丸まった髭を撫でながら目を細めていると、紅玉が独りでに光を帯び始める。
カザンがマナを込めたのだろう。途端にカザンの周囲を赤く半透明の膜がドーム状に張られ、カザンを覆った。
大きさとしては大人が三人ほど入れる大きさだ。
「ご覧の通り、使用者の周囲に壁を張るのです。
どなたか腕自慢の方、試しにこの壁に向かって攻撃してみて下さい」
バゲニーゼが顎をぐいっと突き出すと、一人の兵士が歩み出て槍をえいと突き出した。
キンと硬質な音が響き弾かれたのを見るに、成る程一種のバリアーを張る魔術具のようだ。
「ほほお、面白い。護身にはちょうど良さそうではないか。
おお、そうだ。折角ならそちらの護衛の方も試されては如何か?
特にそちらの黒髪の方。腕利きと聞き及んでおりますぞ」
水を向けられるとは思っていなかったが、取り乱すことなくレディエールは一歩前に出て、右腕を胸に前に構えて一礼した。
「光栄です、モルデオン公。
よろしいでしょうか、アニス様」
「構いません。ただし、あまり無茶はしないように」
かしこまりましたと頷いて、つかつかとカザンの方へ歩む。
すらりと引き抜いた白刃は華美なモルデオンの武具と違って質素だが、熟練の工匠によって鍛えられた業物である。
肉厚で幅広のブロードソードは重く、魔獣を狩るのに特化した破壊力重視の無骨な一品で、見ただけで並の剣とは使っている鋼の量が違うことが分かるだろう。
それを片手で容易く扱って見せるレディエールの膂力に、一部の兵士がごくりと喉を鳴らした。
一歩、また一歩と歩を進める度にその速度を上げて、バリアーの前まで至った瞬間、右斜め上から振り上げた剣を袈裟懸けに、一息で振り下ろす。
その剣閃たるや、新米の兵士では攻撃すると分かっているのに捉えることが出来ないほど早く、カザンの"ひっ"という短い悲鳴とともに、先程の硬質な音より幾分鈍い音が響いた。
「……ふむ。
モルデオン公、こちらのバリアーはなかなか上等と思われます。
壊すつもりで斬ったのですが、傷をつけるだけに留まってしまいました」
くるりと振り返り薄い笑みを湛えたレディエールの向こうに、亀裂の入ったバリアーが見えた。
一瞬の静寂の後、再びバゲニーゼが大笑いした。
「ハァーッハッハッハ! いや参った、主人だけなく護衛まで随分と強かでいらっしゃる。
素晴らしいお手並みでしたぞ。いや、まさか一閃で格の違いを思い知らされるとは。
お前たち、見たな。あれが強者というものだ。現状に甘えず精進するように」
ハッ! と兵士たちの声を聞いてバゲニーゼが満足気に頷くと、レディエールの迫力に尻餅をついてしまったカザンに向き合った。
「中々いいものを見せてもらった。護衛殿の言う通り耐久性も申し分ないようだの。
もらおうじゃないか、いくらだ?」
「はっ、はい、ありがとうございます!
貴重なお品ではありますが、見事な剣捌きを見させてもらいましたので勉強させていただきまして……三百万ティルでいかがでしょうか」
三人は思わず吹き出しそうになった。信じられない額である。
三百万といえば、それこそ虚空の鞄が五は買える。つまり、ホルブリスに五軒の家が建つということだ。
これで勉強したと言うなら元はいくらを吹っ掛ける気であったのか。
ふざけるなと即刻追い出されてもおかしくない額だ、流石に断ると思っていたのだが、
「ふむ、安いな。
それでもらおうか」
などと言うので三人、特にフォリントはひっくり返りそうになった。
この調子で毎日買っていると言うなら、とてもではないが地方料で賄える金額ではない。
本気で言っているのかと我が耳を疑ったが、小間使いだろう男が大量の金貨を摘んだ盆を持ってきたので唖然とした。
円滑な取引に満足した二人だけが、和やかに商談を進めていた。
3
「如何ですかな、我が領の牛の味は。
お恥ずかしながら私は食には少しうるさいので、大枚をはたいて腕利きの料理人を雇ったのですよ」
商談後、夕食に誘われたアニスたちは眼の前に広がるごちそうに腰を抜かした。
レディエールがまだ貴族だった時代にも見たことのないような豪華絢爛な料理の数々、アニスとフォリントが目にするわけもない。
豚ではなく、牛である。それも柔らかな仔牛のソテーだ。
豚と違って牛は中まで確りと焼く必要がなく、てらてらと妖しく光る赤身が実に食欲をそそらせた。
その上に黒い蜜のようなソースがかけられており、添え物として輪切りにして焼いたエイスの実が肉に寄りかかっていた。
エイスの実は爽やかな酸味と甘みが調和している柑橘の果物で、焼くことによって青臭さが抜け甘みが強くなる。
かけられたソースは蜂蜜とクリムベリーを混ぜたものらしく、これもまた甘酸っぱく仔牛の繊細な味わいを引き立たせていた。
兎にも角にも、肉の質が良い。
美味い、美味すぎる。こんなものを食べてしまっては、明日からの食事をどうしたら良いのか。
潜入中ということを除けば、今までで最も美味な食事であった。
え、わたしこれを食べて平然としないといけないんですか?
あまりの美味しさに涙が出そうになったアニスであったが、それを表に出してはならないのがひたすらに辛い。
姫たるもの、こういった食事にもある程度慣れている風を装わなければならない。
無言でがっつきたくなる衝動をなんとか抑えて、努めてにこやかに微笑んだ。
「ええ、とても美味しいです。
旅で取る食事も旅情があっていいですが、やはり一流の手にかかった料理は何物にも代えがたいですね」
「喜んでいただけたようで何よりです。
本日は一際腕を振るうように発破をかけておきましたので、どうぞ心ゆくまでお楽しみ下さい」
その後はバゲニーゼの宝自慢、アニスの旅の話などをして程々に盛り上がった。
特にアニスが使う魔法については実践してほしいと言われたので、癒やしの蝶を見せてやったところ、たいそう気に入った様子で気分良く何杯も酒を飲んだ。
酔いが回って赤い顔をふらつかせ始めたのを見て、頃合いか、と三人は目線で相談した。
「それにしてもモルデオン公、先程の買い付けっぷりは見事でした。
この料理もとても美味しかったです。正直なことを申せば、ここまで贅沢な食事が取れるとは思わず驚いています。
豪勢になったのはここ二年ほどと聞いておりますが、なにかよい方法を見つけられたのでしょうか?」
「んお? お、おお、そうれしょお、しょうれしょう。
なんせ、ひっく。わがりょおが人はおりますからなあ。
うるには、ことかかぬのれす」
売る? 人を?
……奴隷売買か!?
レディエールは全身の血が煮え立つのを感じた。
奴隷売買は王国法のみならず、国際的にも大罪とされている極めて重大な犯罪行為である。
売ったこと、買ったことが判明すれば即お取り潰しもありうる。
極めて悪質で、人倫に背いた忌むべき犯罪であると、世界的に周知されて久しい。
「……なんて、冗談です冗談!
流石にそんな危険な真似は致しませぬよ。
すこし、よいルートを開拓したのです。それだけですとも」
如何にも面白いジョークを言ったかのように振る舞っているが、内心非常に焦燥をしているのが分かる。
如実に酔いが冷めているのが、口の回り方一つとっても明らかなのだ。
下手をすれば"中央"からかの有名な調停騎士団が派遣されるほどの自体だ。そうなればモルデオンの壊滅は免れない。
自国内で解決できなかったとして、ホルブリス王にも厳しい責任追及が待っているだろう。
「……モルデオン公は随分と酔われているご様子です。
今の冗談は、聞かなかったことに致します。
だれか、モルデオン公を寝室へとお運びして下さい。
わたしたちも今日は下がります。
御機嫌よう、モルデオン公」
椅子を引いて去っていくアニスたちを、バゲニーゼは光のない目でずっと見つめていた。




