第二十一話 モルデオン
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モルデオンに初めて訪れた者は、まず門の立派さに驚愕する。
ローエン教の神々が巧みな彫刻で表現された門など、地方領ではまず考えられない。
門の奥に望む目抜き通りもまた、豪奢な建物がずらりと並んでいる。よほど羽振りのいい街なのだろうと誰もが思うはずだ。
だが、些かこれ見よがしが過ぎている。
「うわあ……如何にも金持ってますアピールって感じ?
なぁんかイヤな感じねー」
「ええ、豪華なのは認めますが品がありませんね。
あれではお金しか持っていないと喧伝しているのと変わりません」
「ちょっと、胸焼けしちゃいそうです……」
と、アニス達三人の評価も散々なものであった。
流石にモルデオンの街道近くともなると他の馬車も見えてきて、門前には長蛇の列が出来ていた。
守衛が一つ一つ厳しく監査しているようで、なかなか進みは緩やかである。
「随分混んでますね……これは何時間か待たされそうです」
「姫が来たってことで先に通してもらったらいいんじゃない?」
「だめですよ。
設定上はお忍びで冒険者に扮して来たってことになっているんですから、此処で身分を使ったら怪しまれると思います。
それに順番抜かしなんてしたら並んでいる人たちに失礼ですし、ここは大人しく待ちましょう?」
アニスの言にレディエールはこくりと頷いて、列に並んだ。
二時間ほど待つと漸く守衛の様子が見えてきたのだが、これが随分な出で立ちで、レディエールは目を点にした。
重厚な黒鉄を金で縁取った鎧を身に纏い、装飾過多な槍は穂先がまたも金。成金趣味極まれりといった下品な装備なのだ。
「ンー?
なんだこの袋はぁ?
まさかご禁制の代物でも入っているのではないだろうなぁ?」
おまけにこの衛兵、とんでもなく癖が強い。
喋り方がレディエールが今までに聞いたどの人物よりもねちっこい。
「え、ええっ、そんなわけありません、これは麦です!
見せますのでどうぞ確かめて下さい!」
「ンフッフ、いいのかぁ?
どんな麦を扱っているのか、一粒一粒確認する必要があるのだが?
もし一粒でも毒入りの麦が入っていて、それが領主様のお口に入ろうものならとんでもないことだからなぁ。
だが、そんなことをしていては日が暮れてしまうからなぁ、お前の順番は最後に回すことになってしまうが……?」
「そ、そんな無茶苦茶な!」
「だが、ある程度人がいればきっとすぐにでも終わるんじゃないか?
ああでも人を雇うには金が必要だ、困った困ったなぁ?」
うわぁ……。
これほどまでに露骨な賄賂要求はそうそうお目にかかれないだろう。
しかし並み居る訪問客はこの様子に驚いている風に見えない。こういう事が日常的に行われているという証左である。
然るにこの商人はモルデオンは初めてなのだろう、随分戸惑いを見せていた。
「そんなっ、さっき訪問者税だって四千ティルも払ったというのに、まだ金が必要なんですか!?」
「あーあーあー、わかったわかった。別に無理に出せと言ってるわけじゃない。
だがお前のために他の者を待たせるわけにはいかんらか、また並び直してくれ?
だけど、そうだなぁ。閉門は後五時間ぐらいか。今日入れるか微妙だなぁ?
明日も同じ、明後日も、その次の日もそうだ。おっと、これじゃお前が街に入れるのはいつになるんだ?」
「ぐっ……わかりました、いくら出せばいいんですか?」
「ンフッフッフ、最初からそう言えばいいんだよ。
そうだなあ、この量だと……五人は、いるな。
一人五百ティルで雇うとして二千五百ティル、それに仲介料を入れて三千ティルってとこか」
とんでもない暴利である。そも、訪問者税とやらも高すぎる。
だが、これを断れば今度こそ中に入れてもらえないかもしれず、商人は涙をのんで支払うのであった。
「……なんだかとんでもない所に来ちゃった気がします……」
ひそ、とアニスが耳打ちするのをフォリントは頷きで返した。
見るに堪えない所業とは正にこのことである。
こんなことが公然とまかり通っている領地がまともな訳がない。
モルデオンの領主が乱心しているというのは確かなようである。
「次! ……ンフッ、女三人か。
どれも粒揃って……ン?
女三人、黒髪に金髪、そして橙色で小柄な女性……?」
何かを思い出したように慌てて腰から書類を取り出して、アニスたちと交互に見比べ始めた。
見比べる度に守衛の顔が可哀想なほどに青ざめていき、勢いよく頭を下げた。
「もっ、もももっ、申し訳ございませんでしたァッ!
まさか領主様のお客様とは思わず……!
おいっ、どうして先にお通ししなかったんだ!?
通達があっただろう、目を通していないのか!?」
どうやら事前にアニスたちが来ることは知らされていたらしいが、うまく連携されていないようであった。
俄に門前がざわめき始める。あの高慢な態度の守衛が、顔を汗だくにして対応している相手である。
一体どんな大物なのかと物珍しそうにアニス達を見ているのだ。
「守衛殿。
私達は"冒険者"なのだが?」
レディエールの一言で、話を広げてしまったことに気づいた守衛がさらに顔を白くさせる。
無理もない。王族として話が通じているはずだ。王族相手に二度に渡る不手際。厳しい処分が待っていることは容易に想像がつく。
レディエールが御者台を降りて、守衛の肩を叩いてぼそりと耳打ちした。
「騒ぎを収めろ。
次はないぞ」
滝のような汗をかきながら水飲み鳥が如く何度も頭を縦に揺らす守衛を満足気に眺めつつ、御者台に上がってカルドイークを走らせた。
先程の法外な税や賄賂についても言及してやりたかったが、それをすれば余計な騒ぎになる。
アニスもなにか言いたげであったが、これはフォリントが制した。
守衛に言っても意味がないのだ。こういった状況を生み出しているのは領主バゲニーゼである。大本を正さねば末端は変わるまい。
門を抜けると、綺羅びやかな建物が迎える。辺境に分不相応な高級店がずらりと並び、行き交う人々も身なりが良い。
ただ、店と店の間から垣間見える奥まった場所は荒れており、恐らく見えない場所はスラム化が進んでいるのだろう。
貧富の差が著しい。こういう街は長続きしない。
そう考えながら街を進んでいると、先程の守衛と同じ鎧を纏った一団が奥からぞろ現れた。
その先頭に立つひときわ目立つ美男子が膝を折り、平伏した。
「お迎えに上がりました、アニス姫。
先程は何やら手違いがありましたようで、大変申し訳ございませんでした」
名前まで知られていることには些か驚いたが、それよりも対応の速さが想定外だった。
守衛とのやり取りはつい先だってのことである。その話がもう上がっており、こうして参上しているということは、事前にこの辺りで待っていたのだろう。
それにつけても大仰が過ぎる。この趣味の悪い鎧を着たのが十人程並んで、冒険者然とした身なりの三人に頭を下げているのだ。
「先程も申しましたが、私達はあくまで冒険者なのですが」
レディエールが冷たく言い放つが、先頭の男は甘く、そして柔和に微笑みを返す。
「存じ上げております。
ですが、ご安心下さい。
この場にいるものは皆全員、貴女様方の出自を知っておりますが故」
見れば先程まで往来を歩いていた町民たちもまた、同じように平伏していた。
アニスの心臓が、どんどん鼓動を高めていく。想像以上に噂が広がっている。
下手をすればモルデオン中がアニスの存在を知っているのではないか。
いや、モルデオンに限った話ではない。身分を隠して冒険者として旅する姫君など、格好の話の種だろう。
胃の奥から変な音が漏れるのをアニスは感じたが、うつむく訳にはいかない。
今まさに、アニスは一国の姫として振る舞わなければならないのだ。
とびきりに愛想よく。優しげに。アニスが思い浮かべる、理想のお姫様のように。
「レディエール」
初めて呼び捨てで呼んでみた。きっとお姫様はこういう時、愛称では呼ばないだろう。
何故か少し嬉しそうなレディエールに向かって、片手を差し出した。降ろして下さい、とは口には出さず身振りで語ってみせたのだ。
すぐさま意図を理解したレディエールはまさに喜色満面と言った様子で、失礼しますとだけ言ってアニスの華奢な手を取り、馬車から降ろしてやった。
敢えてゆっくり、周囲を見渡す。アニスが何を言うのか心待ちにした様子の町民が目を輝かせている。
逃げたい。すごく逃げたい。だが事ここに至って現実逃避をしている時間などない。
努めてにこりと微笑み、該当の裾を摘んでゆっくりと会釈した。
「モルデオンの皆様、御機嫌よう。
まさかこれほど歓迎いただけるとは思わず驚いてしまいました。
しばらくご厄介になりますが、よろしくお願いしますね」
おお、と最初に思ったのはフォリントであった。
なかなかどうして様になっている。
フォリントの中にある、いわゆる"善玉"の貴族は、まさしくこういう嫋やかなイメージである。
もし自分がモルデオンの住民なら、わー可愛いお姫様だなー、とか呑気に思っていたに違いない、と勝手に納得していた。
一方レディエールは、案の定と言うべきだろうが、内心歓喜に咽び泣いていた。
こんな日が来ることを待ちわびていたのである。
もうずっと前から、レディエールにとってアニスは姫なのだ。それが漸く日の目を浴びた気がして、目頭が熱くなるのを堪えるのに苦労した。
アニスは依然として心臓が高鳴り続けていた。
本当にこういう所作で大丈夫なのか、あくまえ自分の中の姫のイメージで動いているので、間違ってはいないかと絶えず冷や冷やしているのだ。
なんとなくとか、雰囲気でやるような任務じゃないとドリスタスには演技指導を頼んだりもしたのだが、大丈夫大丈夫といなされた時は流石に怒りそうだった。
ちら、と住人の反応を見る。少なくとも笑われたりはしていないようで、少しだけほっとした。
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。
皆の者、聞いたな。これよりアニス姫がこの街に滞在してくださる。
市井にはあまり御出にならないとは思うが、お見かけしたら最大限の敬意を持って接するように。
ではアニス姫と護衛の方々、どうぞ屋敷へ。主人がお待ちしております」
アニス姫という呼ばれ方が甚だこそばゆい。
再び馬車に乗り込み兵士たちの後をついていった。
道すがら、"どこの国のお姫様なんだろう"という声が聞こえたのでアニスはどきりと胸を高鳴らせた。
ドリスタスと打ち合わせた際、国について聞かれれば秘密と貫き通せと言われていたが、果たして隠しきれるだろうか。
不安げに眉を垂らすアニスの手を、フォリントは人々に見られないようこっそりと馬車の内側で握ってやった。
本当は撫でたり抱き寄せたりしてやりたかったが、変わりに手のひらに親指で"大丈夫"と書いた。
その一言でアニスは随分救われた心地になり、相好を崩した。
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「おお、お待ちしておりましたぞアニス姫。
噂に違わぬ可憐さ、まさに世界の至宝ですな。
お付きの方々もなんという麗しさか、いやお会いできて光栄です」
慇懃に頭を下げるのが、件の人物バゲニーゼ・モルデオンである。
腹にたっぷりと贅肉を蓄えた三十~四十ほどの中年男性で、よく手入れされた口ひげがきれいに円を描いている。
サラサラの金髪を真ん中で若手左右に流しているのは一見優美だが、似合っているとはとてもではないが言えない。
兎にも角にも、服である。笑ってしまうほど豪勢なのだ。至るところに宝石が取り付けられており、歩く度にカチカチと石の擦れる音が鳴っている。
王様だってもう少し抑えた服を着るというものである。一目で金に溺れていることがわかった。
少なくとも見た目に関しては、三社ともが予想した通りの人物だ。
「お初にお目にかかります、モルデオン公。
アニス、と申します。此方は護衛のレディエールとフォリントです。
このような格好で失礼とは存じますが、身分を明かせぬ身でございますので、お許しくださいね」
先程往来でしたように該当の裾を摘んで優雅に頭を下げてみせた。
今度はレディエールとフォリントも合わせて一礼する。
調査対象とは言え身分は領主。無礼は許されない。
「存じております。
長旅でお疲れだったでしょう、部屋を用意しておりますので、まずはそちらでお寛ぎ下さい。
おい、ご案内差し上げろ。失礼のないようにな」
手を二度叩くと亜麻色の髪を短くまとめた活発そうなメイドの少女が入室し、こちらへどうぞ、と明るく言い放ち部屋まで案内してくれた。
このメイドだが、随分年若い。まだ十五に満たない少女、背もアニスよりいくらか高い程度である。
尤も、食うに困った農民の子が奉公に出ることはそう珍しくもないため、これだけでバゲニーゼが少女趣味であると断定することは出来ない。
背格好の近い相手の方が親しみやすいだろうという気遣いにも思える。
どちらにせよ話しやすい相手であるので好都合だし、なにより彼女も話がしたくてたまらない様子である。あちこちを指差しては仔細に教えてくれた。
少女は名をミーシャと言った。元は靴職人の子だったが器量良しだったため、メイドとして取り立てられたようだ。
アニスのことを姫様と呼んでよく懐いたので、調査はミーシャを中心にすることにした。
騙すようで、アニスの良心がちくりと痛んだ。




