第十二話
公園のヤマザクラの木。一本だけ他の木々と離れて広場の片隅にポツンと立っているその木は一見、あまり葉の生えていない寂しい木に見える。しかし実際には違う。
かさかさ
葉がなく虫も寄り付かないような木では、何かがかさかさと忙しなく動いていた。よく目を凝らさないと分からないほど木に同化しているが、それは一般的に知られている蜘蛛よりも遥に巨大でグロテスクな姿の蟲だ。アリのような体に八本の蜘蛛の足がついている。それはやがて何かを見つけたかのように、枝の上でおもむろに止まると狙いを定めて糸を吐き出した。
その糸は公園で遊んでいた少年を漁師の網のように絡めとって包むと、そのまま引きずって自分のもとに引き寄せた。それは文字通り一瞬の出来事で、それまで一緒に遊んでいた子供たちは突然いなくなった友人の名前を呼んで騒ぎ始めた。しかし犯人の蜘蛛はどこの吹く風、平然と捕まえた子供に糸を吹きかけ、全身を糸で覆ってしまった。よく見ると八本の足はそれぞれ小さな棘と大きな爪があり、蜘蛛は先端の爪を使って器用にぐるぐる巻きにされた少年を掴んで口元へと運ぶ。口は一対の大あごが発達しており、人間の体などギロチンのように引き裂いてしまうだろう。
『昨日はあの犬と退魔師どものお陰でまともに食事ができなかったからな。』
大あごをカチカチと鳴らしながら、妖怪蜘蛛はぐるぐる巻きの人間へと顔を近づけた。
『なるほど、お前が最近の人攫い妖怪なのか。』
『!?』
妖怪蜘蛛は驚いたように少し跳ねると、首だけぐりんと回して上の枝に乗っていた俺を見上げた。
『お前!いつからそこにいた。』
『俺がいつからいたかなんて関係ないだろう?……悪いが俺はお前を殺す。』
『何を言っているんだ。お前も妖怪なんだろう。ならば人間を食らうことなんて普通じゃないか。少し話をしようじゃないか。』
『……?』
『こうやってな!』
動きを止めた俺に不意打ちのように糸を吐きかけてきた。目の前で広がっていく糸は速さも量も尋常ではない。あっという間に俺の視界いっぱいに糸が広がってきて、ぬるりとした感触が俺を締め上げる。
『どこのどいつか知らんが、妖力はあるようだな。俺が食って吸収してやる。更に強くなれば……様もきっと、』
ボウッ
蜘蛛の糸は赤い炎を上げて燃え尽きた。他でもない、俺の妖術。敵の糸なら昨日見ている。炎で焼き切ることなど他愛もなかった。
『そうかそうか、俺の弟子を食おうとしたんだな。ならば死ぬ覚悟はできているらしい。』
『弟子……いやそれよりもその炎。お前!まさかあの時の宮代の娘についていた犬か!』
『ご名答。ついていたってところは間違いだけどな。まあどちらにせよ関係ない、お前はここで死ぬからな。』
『待て。お前はなかなか力があるようだが、なぜ人間なんて脆弱なものに媚びへつらっている?俺と共に……様の下に来れば』
『媚びへつらってるわけじゃねえよ。むしろ俺が媚びへつらわれてる側だ。おしゃべりはここまでだ。大人しく俺に倒されるか、抵抗して無残にやられるか、好きな方を選べ。』
『……その選択肢は少し少ないな。俺が抵抗してお前を食ってやる。』
そう言って妖怪蜘蛛は糸を吐きかけてきた。その糸を飛びあがって避けると地面へと降り立った。足場の不安定な木の上では回避行動もままならないと感じたからだ。距離を離した俺を追いかけて頭を回す妖怪蜘蛛。その一瞬できた隙に敵に近づき胴体に噛みついた。しかし、敵は突如として上部の木に移動して俺の攻撃を回避した。その動きはまるで瞬間移動のようだった。
『なるほど。今の速さじゃお前には追いつけないんだな。』
『その余裕がいつまで持つかな?』
蜘蛛は、今度は下の枝へと瞬間移動し、糸を吹きかけてきた。縦の移動は視線をブラしてくるため反応が一瞬遅れてしまう。身をひねって紙一重で回避するが背に一瞬糸が触れる。糸がついてしまえば先ほどの子供のように自由を奪われてしまう、なので糸に触れた瞬間、全身の体温を上げて糸を燃やした。
『お前のその熱は厄介だな。だが俺の糸がそれだけだと思うなよ。』
蜘蛛は再び瞬間移動してまた別の所から、少し溜めた後、糸を吐いた。今までとは軌道の違う糸を再び飛び上がって回避する。すると、
ジュワッ
地面に落ちた糸は鋭い音を上げてその一帯を瞬間的に溶かした。敵の糸には溶解効果の付与された糸もあるようだ。その違いは溜めているかどうかという所か。
『どうした?逃げ回っているだけでは勝てないぞ。』
瞬間移動の仕組みはきっと単純なことだろう。目に見えないほどの細い糸は妖怪蜘蛛の周りにいくつもあり、それを辿って上へ下へと移動しているのだ。あの木だけという限定的な空間ではあるが、自由自在に攻撃と回避ができている。
仕組みは分かったが、それが直接攻略法につながるわけではない。近接攻撃主体の俺にはちと部の悪い敵だ。だが、俺は負けない。
『なるほど。じゃあ逃げるのは止めておく。』
そう言って俺はその場で足を止めた。それを見逃さず妖怪蜘蛛は糸を吐きかけてきた。力を溜めない普通の糸の方だ。その糸を回避せず、俺は糸の中へと取り込まれた。




