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交錯する、未来と過去(4)

 直愛は、平家に客人として囲われていた。

 六波羅に到着したあまねは、直愛の弟子と言うこともあり快く受け入れられた。

 が、肝心の直愛にはすぐには会えなかった。

 彼には彼の、ここでの仕事があるらしい。

 寝着だったあまねは、綿打ちされた小袖に着替えさせられ、温められた室へ通された。

 時を置かずして、白湯が運ばれてきた。

 あまねは、それに手をつける気にはならなかった。

 ぼんやりと、真っ白な庭を見た。

 強風が粉雪を噴き上げ、何も描かれていない画用紙のようだった。

 ゴォゴォと言う風の唸りに、頼朝の声が混ざった。

 壊れたレコードのように、声が繰り返される……あまねは目頭を拭った。涙跡に寒さが染みて、痛かった。

「あまねちゃん! ああ、良かった。無事だったんだね」

 直愛がやってきたのは、月が中天にかかるころだった。

 彼はあまねの肩を抱くと、無事を喜んだ。

 それから、彼女の顔を覗き込むと、ニコリと笑った。

「随分早かったけど、二五・二六事件の開幕だ。戻ったら、教科書の内容が変わってるんだろうなあ」

「…………このままじゃ、頼朝が」

 あまねの呆然とした呟きに、彼は穏やかに首を振る。

「大丈夫。彼の無実は晴れるよ。清盛の目的は、政権の奪取だからね。あらかた源氏を片付けたら、彼の目的は達成される。重盛の必死の助命嘆願もあり……頼朝は助けられる、と言う筋書きだ」

 あまねは、呆然と直愛を見た。

 言葉の節々に、ドキリと胸が痛んだ。

 彼はそんなあまねの様子には気付かず、語り続ける。

「それでも、反旗を翻した罪はなくならないから、彼は伊豆に配流されるだろう。そうしたら、そこまで行って、犬神を祓えば良い。ちょっと長丁場になっちゃったけど、エンディングは見えた。焦らず、ミッションをこなしていこう」

「重盛さんは言ってました。平氏が二条派につくことはないって。清盛さんのことだって、源氏のみんなは信頼してました。一体、どうして――――」

「必要だったからだよ」

 あまねの問いに、彼はさも当然だと答えた。

「頼朝が鎌倉幕府を創設するために……東国武士を引き連れ挙兵するために、この戦は必要なんだ。平氏と源氏がここで争わなければ、未来は大きく変わってしまう」

 あまねは目を瞬いた。

 直愛はハッキリと告げた。

「この戦が起こらなかったら、起こさなくちゃならない」

「な、おちかさん……?」

 その時、あまねには、彼が何か得体の知れない物に見えた。

 ふらり、と彼女は彼の腕から逃れると、距離を取る。

 そんなあまねの様子に、彼は変わらず微笑んでいた。

 その優しい笑みが、あまねには無償に恐ろしい。

「ま、終わるまでお茶でも飲んでゆっくりしていよう。余り血生臭いのは嫌いだろう?」

 会話が途切れた。

 あまねは、ゆるりと首を横に振った。

「でも、生きてるんですよ」

 震える唇から、言葉が漏れる。

「ん?」

「頼朝も、義平さんも、朝長さんも、義朝さんも……っ」

「うん。だけど、君の家族だって、友達だって、未来で生きているだろう?」

 直愛は変わらぬ様子で、小首を傾げた。

「過去は、未来のためにあるんだよ」

 諭すように、告げる。

 背後の戸が、強風のせいでバタバタ鳴いた。

(彼は何一つ間違ってない……)

 あまねは、直愛を凝視した。

 けれど、この、背筋を這うような違和感は何だろう?

(私が、今、いるところは、『すでに起こった過去』……)

 大きく変化してしまえば、あまねたちがいた未来はなくなってしまうだろう。

 それこそ、そもそも彼女たちが過去へとやってくる原因となった、怨霊の目的だ。

 未来のために、必要な戦。

 未来のために、必要な……死?

「…………そう、かもしれません」

 あまねは、頷く。

「でも、私、納得できません!!」

 そして、キッと直愛を睨め付けるように見上げると声を張り上げた。

「私、お茶なんて飲んでいられません。自分だけ安全な場所になんていられない。頼朝と一緒にいます。一緒にいるって約束したんです!」

 直愛は、少しだけ眉根を寄せた。

「俺たちの未来は、頼朝が生き残ることを保障している。けれど、君の命は分からないよ。それでも?」

「それでも良いです。私は、側にいたい。側にいて、みんなを――――助けたい」

「駄目」

 直愛は無碍もなく、あまねの必死な嘆願を退けた。

 そして、彼は唇を引き結ぶ彼女の腕を、強く掴んだ。

「駄目だよ、あまねちゃん。俺は上司として、君を守る義務がある」

「離してください」

 振り払おうとしても、直愛の腕はびくともしない。

「離せないよ。だって、離したら君は行ってしまうだろう?」

 説得も、逃げることも、できないことをあまねは分かっていた。

 腕力で敵うはずがない。仕事を知り尽くしている彼に、情で訴えても無駄だ。

 頼朝の側にいたい――これは、あまねの完全な我儘だった。

「…………凄い目。仇を見る目だ」

 直愛はちょっとだけ、哀しそうな顔をした。

 騒ぎを聞きつけたのだろう、外から女房が幾人か慌ててやってきた。

 おろおろと、あまねを取り囲む。

「離してください!」

 あまねは声を張り上げた。

 直愛はあくまで冷静に言葉を紡ぐ。

「俺は、君に頼朝を救って欲しくてここに連れてきた。源氏を生き延びさせるためじゃないんだよ」

「離して!! 離してください!!」

 そうして、女房たちにあまねを任せると、立ち上がった。

「少し、冷静になって考えようね」

 思いだしたように、懐から取り出したブレスレットをあまねの左手頸に巻き付ける。

 それから、くしゃり、とあまねの髪を撫でて、直愛は室を出ていってしまった。

 その背に、あまねはひびわれた声を投げ付けた。

「離してよォ――――!!」



 室を出て、暫く歩いた直愛はふと立ち止まり振り返った。

 自嘲まじりの、苦笑が零れる。

「――って、言っても。君はどんなに縛り付けたって行くんだろう。俺はそれを……『知ってる』」

 女房だけではあまねを抑えきれないのだろう、数人の青年が廊下を足早に行くのに、「――ああ、君」と、そのうちの一人を直愛は呼び止めた。

「あの子が落ち着いたら、警護を外して良いから」

「え……で、ですが」

 青年が訝しげにする。

 彼は直愛を見て――慌てて、頭を下げた。

「は、はい。かしこまりました」

 直愛の笑顔には、有無を言わせぬものがあった。

 青年はさきほどとは違う理由で、足早く、騒ぎの部屋へと向かった……

 残された直愛は、腕を組んだ。

 強風が吹き荒れる中庭を見遣る。

 空では幾重にも雲が流れ、その間を縫うようにして星が瞬き、月は静かに眼下を見下ろしていた。

 彼は、目を閉じた。

 そうして、そっとあまねを掴んでいた手に唇を寄せると、囁いた。

「でもね……あまねちゃん。死は変えられないんだよ。未来がある限り」

お読み下さり、ありがとうございます。

週2回更新予定です。

宜しくお願いします。

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