閑話 ミュリリアンヌの願い
物心ついた時からお母様は私を見てくれなかった。お父様はそうではなかったけれど………。
『お可哀想に…。あんなことをを皇太子妃殿下に第三妃様がしなければ……』
『皇太子殿下のご寵愛はもう妃殿下にあるのですよ』
『当然だわ』
『そんな方に仕えるなんて嫌です!あぁ…妃殿下にお仕えしたい』
『皇太子殿下は皇女様にはお優しくても許せないんでしょうね』
『ご自身が報われないからって、皇女様に当たるのはよくないと思いますわ』
『お部屋に引き込まれても誰にも構ってもらえないなんて……』
寝苦しい夜だから水を貰おうと侍女の待機する扉の前で固まる。そこでひそひそと話す侍女の声が幼い私には突き刺さった。
嫌だ。聞きたくない。どうして。
ぐるぐるとそんな思考が頭を駆け巡る。ポロポロと涙がこみ上げてその場を立ち去ろうとした。
ガンっ!
盛大に音をたてて置物にぶつかってしまった。
『!!誰なの!』
侍女たちは扉を開け放って飛び出してくる。彼女たちは闇に目がなれないらしく、壺の影に隠れた私をみつけられなかった。不審がりながらも部屋へ戻った侍女はまた会話を始める。
溢れる涙を拭って部屋に戻るとエルザ姉様が目を腫らした私をみて驚く。
『ミュリー……!!なにがあったの!?』
エルザ姉様はとってもお優しい。いつでも私の味方で居てくれる。
『おねぇ、さま……。私たちはおとうさまにも……』
一瞬傷ついたような表情をしたエルザ姉様はくしゃりと顔を歪める。
『……そんな訳ないわ。お父様は迷っておられるだけ。それに、お母様は今はすこしつらい時期なの。わたくし達がとやかく言ってはいけないのよ』
『……はい』
私が眠るまでエルザ姉様は子守唄を歌ってくれた。お母様にこんなことをしてもらった記憶は殆どない。
『おねえさま、大好き』
お優しいお姉様。もうお姉様しか私にはいない。
でも、優しいはずのエルザ姉様のもうひとつの顔を知ったの。
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その日、私たちは庭を散策していた。もちろん、お母様に喜んでもらうために綺麗な花を探すために。
『おねえさまっ!みてください、このお花ー!』
『まぁ、綺麗なお花ね……。お母様のところにもって行きましょうか』
『うんっ!』
手を繋いで穏やかな時間が過ぎていた。すると、向こうから楽しげな声がする。どうして、宮殿の庭に…と思った私はムッとして声の方へ進む。
『ミュリー?どこへ……』
エルザ姉様はハッとして私を止めかける。
『行っちゃダメ!!』
時すでに遅し。私は見てしまった。
幸せそうな一家。
よく手入れされた花畑には2人の姉妹が転げまわって遊んでいる。近衛の騎士と手合わせしているのは兄とおぼしき少年。
そして、木陰ではふたりの男女が寄り添うようにして微笑ましそうにその光景を見ている。
黒髪の男性は何度か見たことのある、お父様。
その方に寄り添うのはお母様ではない。同じ金髪でも淡い陽の光を集めてたようなその女性はいつか聞いた妃殿下、なのだろうか。
『……ミュリー、行きましょう。わたくし達は居てはいけないの場所だから』
なんとも言えない表情をしたエルザ姉様は無言で立ち去ろうとする。疑問が浮かび、思わずエルザ姉様の手を取って引き止めた。
『おねえさま、私────────』
声にする前にひょっこりと2人の姉妹が茂みから顔を出す。2人の質の良いドレスはところどころ傷が入っていた。
『きゃっっ!ねぇさま、知らない人!!』
『ひゃぁっ!!驚かせないでよ、セシリア!』
金髪の少女が驚いて黒髪の少女の影に隠れる。こっちからすると、あなた達のほうが誰?と言いたい。私はおねえさま、と困惑気味に見上げた。
『あれ?あなた達って………』
『文句でもありますか?……アリナディス様の娘だからって調子に乗るんじゃないわよ』
黒髪の少女が問かけるのを遮って睨みつけるようにしてエルザ姉様は言い放った。
それは初めて見るエルザ姉様の一面で、私はビクッと体を強張らせた。冷たく2人を一瞥したエルザ姉様は私の手を取ってくるりと踵を返す。強引に手をひかれる形になった私は強く呼びかけた。
『おねえさま、おねえさまっっ!』
歩調を緩めたエルザ姉様はため息をついて立ち止まる。
『………どうしたの、ミュリー』
『さっきの女の子達は誰ですか?アリナディス様の娘、ということは…』
『………黙って!!』
そう叫ぶとエルザ姉様が地面へうずくまる。そして、エルザ姉様はぽつりぽつりと話し始めた。
『……あの子たちはアリナディス様の娘。わたくしよりも高位の皇女なの。あなたが生まれる前にアリナディス様がここへ来て……』
エルザ姉様が語ったことは耳を疑うことだった。
今の正妃はアリナディス様だが、昔、お父様の寵愛はお母様にあったというのだ。
エルザ姉様が私ぐらいの時、あの人が来たこと。
お母様はあの人のことが大嫌いということ。
お母様があの方にした仕打ちが明るみになり、お父様に愛想をつかれたこと。
部屋から出てこないのはいつかお父様が来てくれると信じていること。
エルザ姉様と私のどちらかが皇子ならば、お母様は苦しまずに住んだこと。
すべては、アリナディス様のせいだというお母様の主張も。
『わたくしは、いつかお母様に幸せに暮らしてほしい…。そのためにアリナディス様をここから葬り去るの………。相討ちになったとしても』
私はなにも言うことができなかった。だけど。
『おねえさまのためなら………私もお手伝いします』
覚悟を秘めたエルザ姉様につられるようにして私はそう口走っていた。
お母様には幸せになってほしい。
自由になってほしい。
でもそれ以前に、一番幸せになって、自由になってほしいのはエルザ姉様だ。
心が休まらないのは知っている。お母様に執着していることも。
『……ありがとう、ミュリー』
物悲しそうに笑ったエルザ姉様の表情を私は忘れない。
そして、エルザ姉様に─────────。
本日2本目です(*'ω'*)
お姉様だって根っからの悪人ではないんですけど……
ちょっと盲信的、というか。
年齢的にはエルザ姉様が12、3歳.でミュリーが8、9歳頃を想像しています。
ちょくちょく閑話入れていくのでよろしくおねがいします。
読んでくださってありがとうございます!!!




