第4章:我がレオンハルトは銀の道にあり ( 22 )
「……魔導兵だと? 我が国の魔導師を、荷物のように馬車に詰め込んで送り出したというのか!」
王宮の奥深く、重厚なカーテンが閉ざされた「獅子の間」に、国王エドワード四世の怒鳴り声が響いた。
手元には、戦場から届いたばかりの、信じがたい戦果報告書が握りしめられている。
傍らに控える軍務大臣は、青ざめた顔で頷く。
「はっ。報告によれば……アルス・ヴァン・レオンハルト領主は、ボルグという技師の敷いた『不凍道路』の熱源魔石を触媒として再利用し、その娘テラの馬車で送り込んだ魔導兵に、文字通り『無限の弾幕』を張らせたとのこと。敵一万は、一度も剣を交えることなく、射程外からの光の雨に焼かれ、戦意を喪失した模様にございます」
国王は、部屋の隅で静かに瞑目していたオズワルドを睨みつけた。
「オズワルド! 貴様の大甥は何を考えている! 魔導兵は、国家の宝だ。それを物流の一環として……工場から出荷される製品のように扱うなど、騎士の誉れを汚すにも程がある!」
オズワルド・ヴァン・レオンハルトは、ゆっくりと目を開けた。財務局で長年「国家の帳簿」と向き合ってきた彼には、この勝利の真の意味が、残酷なほど鮮明に理解できていた。
「陛下……。アルスは『誉れ』で戦うのではなく、『効率』で戦ったのです。彼は、孫娘エレナの武勇を愛していますが、それ以上に『兵士の命というコスト』を惜しんだのでしょう。魔導兵という高価な駒を、銀の道という基盤に載せることで、その出力を最大限に引き出した。……これは、もはや『戦い』ではなく、『資源の最適化』にございます」
「最適化だと……?」
国王の指が、椅子の肘掛けを強く握りしめる。
「はい。陛下、これまでの戦は、個人の武勇や指揮官の閃き、そして天運に左右されるものでした。しかし、アルスが証明したのは、『道というシステムが整っていれば、勝利は必然となる』という事実です。彼は、戦場から不確実性を排除した。……これこそが、我々旧世代が最も恐れるべき事態なのです」
オズワルドは、窓の外を眺めた。雪に覆われた王都の街並みの向こう、黒々と伸びる「銀の道」が、まるで王宮を締め上げる鎖のように見えた。
「陛下。エレナが放った魔導の雨は、カスティア軍を打倒しただけではありません。それは、これまでの『騎士が国を守る』という封建の仕組みそのものを焼き払ったのです。道さえあれば、特別な才能を持たない者でも、システムの一部として強大な力を発揮できる。……そのシステムを握っているのは、王都ではなく、レオンハルト領の、あの一人の少年なのです」
国王の肩から、ふっと力が抜けた。怒りはいつしか、深い喪失感と、それ以上に巨大な「期待」という名の重圧に変わっていた。
「……オズワルドよ。そなたは以前、奴には野心がないと言ったな。だが、野心がないからこそ、奴は迷いなくこの国を『改造』してしまえるのではないか? 壊れた玩具を直す子供のように、悪気もなく、この歴史ある王国を……」
「その通りかもしれません」
オズワルドは自嘲気味に笑った。
「彼は、陛下を王として敬うでしょう。ですが、それは陛下が『王国という装置の最良の管理者』であると判断されている間に過ぎない。……私は財務局で多くの数字を見てきましたが、これほどまでに血の通わぬ、しかし温かなスープを前線に届ける数字を、他に知りません」
「皮肉なものだな」
国王は再び椅子に深く腰掛けた。
「余は、カスティアという外敵を倒した英雄を迎え入れるつもりだったが。……どうやら、迎え入れるのは『未来』という名の、得体の知れない怪物らしい」
国王は、机の上に置かれたアバカス(計算盤)を手に取った。
それは、かつてアルスが王都を去る際にオズワルドへ、そしてオズワルドから王へ献上されたものだ。
「オズワルド。アルスに伝えろ。……凱旋を祝う。だが、王宮へ来る際は、剣ではなく、その計算盤を持参せよとな。余と奴で、この国が今後支払うべき『対価』について、とことん語り合おうではないか」
財務局の老獅子は、深く、深く頭を下げた。
孫娘エレナの武功を誇る喜びよりも、一族から産まれた若き異能者がもたらす「新秩序」への戦慄が、王宮の冷えた空気を震わせていた。
銀の道。それはもはや、単なる補給路ではない。
古い王国の理を塗り替える、不可逆的な進歩の轍であった。




