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第4章:我がレオンハルトは銀の道にあり ( 21 )

カスティア軍一万は、もはや戦う意思さえ剥奪されていた。


空から降り注ぐ光の豪雨。それは彼らの堅牢な防具を、数ヶ月かけて築いた陣地を、そして「冬の山脈を越えた」という唯一の自負を、容赦なく粉砕していった。


射程外から一方的に、かつ機械的に叩き込まれる魔法の飽和攻撃。そこには、騎士同士が名乗りを上げて剣を交える「戦い」の熱など微塵もない。あるのは、計算された座標に、計算された火力を投下し、障害物を排除するという、極めて洗練された冷徹な「作業」だけだった。



「敵軍の指揮系統、完全に沈黙。前衛の損耗率、想定値を突破。……姉様、今です」



魔法通信機「白い鳥」のくちばしから、アルスの冷静な声が届く。その声には、勝利への興奮ではなく、複雑な計算式が正しく解かれた時のような静かな納得が含まれていた。



「わかってるわ。……全軍、射撃停止! ここからは『戦士』の仕事よ!」



エレナは、愛馬の脇腹を蹴った。


彼女が率いるのは「レオンハルト近衛騎兵隊」。


テラが開発した、乗り手の動きを阻害せず衝撃のみを吸収する「流体式サスペンション鞍」を装備し、ジャックが運び込んだ最高級の飼い葉と肉で筋肉をパンプアップさせた、文字通りの「最強の精鋭」たちだ。



エレナは背中の鞘から、身の丈ほどもある白銀の大剣を抜き放った。


「道を開けなさい! 雑兵には興味ないわ。……敵将の首だけを貰い受ける!」



しかし、古い時代の武人たちもまた、ただ無様に魔術の光に磨り潰されることだけは拒絶した。



「怯むな! 魔法なぞ、懐に入ればただの光だ! 我がカスティアの騎士の誇りを、あの道ごときに踏みにじらせるな!」



爆炎と絶望の煙の中から、一塊の黒い影が飛び出した。


敵将エーリヒ・フォン・グラーフ率いる近衛騎士団。彼らは飢えと寒さで肉体を蝕まれながらも、最後の「死兵」として、命を燃やすことだけを目的に突撃を開始したのだ。


その数、およそ三百。彼らは盾を捨て、防御を捨て、ただエレナの首ひとつを狙って雪原を疾走する。それは、計算と合理に支配されたこの戦場で唯一放たれた、人間臭い「狂気」の光だった。



「……計算外ね。食料も尽きているはずなのに、まだ走れるなんて」



エレナは大剣の峰を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべた。


「でも、嫌いじゃないわ。……相手をしてあげる!」


「散開! 蹂躙陣形トランプル・フォーメーション!」


エレナの号令一下、近衛騎兵隊は扇状に美しく展開した。


カスティアの重装騎士が「飢えた狼」ならば、エレナの部隊は「満たされた獅子」だ。


衝突の瞬間、勝敗は技量ではなく、「物理的な質量」で決した。



激突音が雪原に響く。



カスティア騎士の槍は鋭かった。だが、それを振るう腕は凍え、突き出す速度は遅い。


対するレオンハルト騎兵は、テラの連結馬車の中で暖を取り、十分な睡眠と高カロリーの食事を摂ったばかりの「全盛期」の状態にある。



「遅い!」



エレナの部下の剣が、カスティア騎士の剣を力任せに弾き飛ばす。



「軽い!」



別の騎兵が、馬の体当たりで痩せ細った敵馬を吹き飛ばす。


それは戦闘というより、圧倒的な体力差を見せつける暴力だった。どれほど精神が気高くとも、タンパク質と熱量を失った肉体は、物理法則の前には無力だった。


その乱戦の中、将軍エーリヒだけは、数本の矢を受けながらも、鬼のような形相でエレナへと迫った。



「レオンハルトの女狐ぇぇぇ!」



エーリヒの咆哮とともに、巨大な戦斧がエレナの頭上へ振り下ろされる。


一撃必殺の剛剣。だが、エレナはそれを避けることすらしなかった。



「……見えすぎなのよ、今の貴方たちは」



エレナは大剣を片手で軽々と振り上げ、その一撃を正面から受け止めた。


ガギィィン! と甲高い音が響く。


エーリヒの目が驚愕に見開かれた。渾身の一撃が、女の細腕一本に止められたからではない。剣を合わせた瞬間に伝わってきた、相手の「圧倒的な熱量」と「底知れぬ余裕」に戦慄したのだ。



「なぜだ……! なぜ貴様らは、この極寒の中でそこまで『熱く』いられる!?」



「簡単なことよ」



エレナは鍔迫り合いのまま、冷徹に言い放つ。



「貴方が寒さに震えている間、私たちは暖炉のそばにいた。貴方が飢えに苦しんでいる間、私たちは肉を食らっていた。貴方が雪道を歩いている間、私たちは馬車で眠っていた」



エレナは腕に力を込めた。ごう、と大剣が唸りを上げる。



「貴方が戦っていたのは私じゃない。私の後ろにある『道』よ!」



豪快な払いとともに、エーリヒの戦斧が空へ舞う。


体勢を崩した将軍の首元へ、白銀の大剣を突きつけた。


ゆっくりとエーリヒはその巨体を雪原に沈めた。


緊張のとけた表情で、彼は地平線を眺めた。そこには、自分たちを打ち負かした「銀の道」が、地平線の彼方まで傲然と伸びているのが見えた。


剣の腕で負けたのではない。気迫で負けたのでもない。


ただ、「準備」という名の、あまりにも巨大な壁に押し潰されたのだ。



「我々は……戦士に負けたのではない。あの一本の道に、すべてを奪われたのだな」



「ええ、そうよ」



エレナは血振るいをし、大剣を鞘に収めた。慈悲も侮蔑もなく、ただ事実として。



「貴方が剣を磨いている間に、弟は道を磨いた。ただそれだけの差よ」



エーリヒは大きなため息をつき、最後の力を振り絞って、魔法を使った。



エレナは首に突き付けた剣を動かさなかった。


「戦場にいるカスティア軍よ!エーリヒである!我々の負けだ!今すぐ武器を捨て投降せよ!この後の戦闘行為は軍規違反である!」



雷のような声が戦場に響き渡り、カスティア軍は次々と武器を地に投げ、膝から崩れ落ちた。


エーリヒは言い合えるとエレナに首を差し出した。



「見事。後は任されよ。」



エレナは銀の大剣を薙いだ。



一万の軍勢が、たった数百人の精鋭と、それを運んだ「道」の前に完全に沈黙した瞬間だった。



「アルス……終わったわよ。敵将、エーリヒ・フォン・グラーフ。討ち取ったわ」


エレナは白い鳥に向かって告げた。吹雪は止み、雲の切れ間から冬の蒼穹が覗いている。


「お疲れ様です、姉様。……これで、『古い戦い』は終わりました」


王都の管制室。アルスはアバカスを置き、深く椅子に背を預けた。張り詰めていた糸が切れ、安堵の息が漏れる。



「これからは、個人の武勇ではなく、『道の太さ』と『流れる情報の速度』が国の価値を決める時代です。……僕たちの、完全勝利だ」



特区の正門前では、戦いの余韻に浸る間もなく、次の「作業」が始まっていた。


事務官のカイルは、降伏したカスティア兵を「労働力」として登録するための書類作成に追われている。



「捕虜一万人の食糧配給計算、および戦後復興の労働力への転換……。はあ、戦争が終わった方が忙しいですね。ジャックさん、追加の食糧手配を!」



「へいへい。人使いの荒いこった」



戦場跡で武装解除されたカスティア兵たちの装備を値踏みするジャックは、肩をすくめながらも楽しげだ。



「上質なカスティア鋼だ。溶かせば鉄骨になるし、売れば道の維持費になる。……戦場には宝が落ちてるもんだな。これで次の商売の種銭もできた」



道の路肩では、ボルグが愛おしそうに路面を撫でていた。



「へっ、あれだけの魔術戦と騎馬突撃の余波を受けても、ひび割れ一つねえ。俺の道は最強だ。……おい野郎ども! 帰りの便が出るぞ、熱源の交換を忘れるな!」



操車場では、テラが魔導兵たちの帰還準備を進めている。



「全車点検! サスペンションの摩耗率を確認! ……ふふ、実戦データは完璧ね。次は旅客用の特急車両でも設計しようかしら。アルス様、カイル君、予算はまだ残ってるのかしら…」



それぞれの歯車が、勝利の余韻に浸ることなく、すでに次の回転を始めている。


エレナは馬を下り、その光景を眺めた。


かつて自分は、ただ一人で剣を振るい、血路を開くことしか知らなかった。だが今は違う。背中には頼もしい、いや、頼もしすぎて恐ろしいほどの「怪物たち」がいる。



「……まったく。退屈しない連中ね」



エレナは苦笑し、銀の道を踏みしめた。


足元の石畳は温かい。それは多くの人々の熱と、執念と、計算が詰め込まれた、生命の温度だった。

大変お待たせしました。


年度末始が忙しく、コチラにくる余裕が全くありませんでした。

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