第十二話
「おい、これは……どういう状況だ?」
ロウェルは眉を顰めた。
陽が落ちて数時間、駐在所の一般窓口はとうに閉まっている。
珍しく鳴った裏口の呼び鈴に応じてみれば、今日は直帰のはずだったエリオットが、汗まみれになって立っていたのだ。
背には本人より身長の高い人物が背負われている。
フェンリルは肩を上下させながら、乱暴に額の汗を拭った。
「とりあえず、中に、入れろ」
***
一瞬呼吸が止まった。
魔族の男が崩れ落ち、エリオットの肩口に寄りかかる。
フェンリルの心臓が熱くなり、息が上がった。
一体何が起こったのか。
頭だけは冷静に理解していた。
【魔王】の特権を使ってしまった、と。
それは【魔王】という称号を手に入れた魔族だけが使用できる特別な魔法。
相手がこちらに恐れを抱くことが発動条件で、半強制的に従わせられる。
武を持って武を制する、実に魔族らしい特権だった。
「……おい」
フェンリルは魔族の男の背中を叩いた。
呼吸音はする。
その事にひとまず息を吐くが、同時に頭が冷えていった。
(……最悪だ。)
フェンリルは、歯を食いしばる。
彼はこの特権が嫌いだった。
幼少期に連れてこられたフギンが、この特権のせいで、無理やり元【魔王】の為に魔法の研究をさせられていたからだ。
そんな忌み嫌っていたものを自分も使ってしまった。
その事を寄りかかる男の重さと一緒に、少しずつ実感してしまう。
しかし、やってしまった後悔を、夜の闇と寒さが許さなかった。
「とにかく、ここから降りねぇと……」
白い息を漏らし、フェンリルが呟く。
手段はともかく、何か知っていそうな者は確保できた。
あとはロウェルに任せればいいだろうと、フェンリルは男を背に乗せる。
駐在兵として働くエリオットの身体でも、自分の身長より高い男は重い。
フェンリルは思わず、舌打ちをした。
「クソッ、重いわ……足元も悪いわ」
ブツブツ文句を言いながら、せめて何か明かりが欲しいと思った直後、男の服に指が擦れた。
先ほど破片を擦った傷が開いてしまう。
……破片。
何の?
思い出したフェンリルは、顔を歪めた。
頼りの魔灯は、先ほど既に木っ端微塵になっていた事を思い出す。
フェンリルは長い長いため息を吐くと、男を背負い直し、雪道を駆けて行く。
駐在所に辿り着く頃には、フェンリルは汗まみれ。
腰も足も腕も限界だった。
***
ここに来るまでの流れを粗方ロウェルに説明したフェンリルは、力尽きた様に医務室のソファーに身体を倒した。
「……それでコイツは誰なんだ?」
一先ず医務室のベッドに魔族の男を寝かせたロウェルが尋ねる。
「知らねぇ」
ソファーに沈んだまま、フェンリルは答えた。
「知らないってお前……さっきもコイツ、フェンリル様って言ってたぞ」
「フギンとの役割分担で、俺は土地の周辺環境整備、あいつは国に賛同する奴らを集めていた。だが、恐らく……」
フェンリルは体を少しだけ起こし、男を見つめる。
「鳥系魔族だったから、待機組かもしれない」
「待機組?」
ロウェルは首を傾げる。
「あぁ、賛同者には力が弱いのが多くてな。国の予定地は雪山だったから、整備が整うまで麓で待機するようにフギンが伝えていたみたいだ」
「……迎えは来なかった、か」
ロウェルがこぼした、その言葉にフェンリルは唇を噛んだ。
「そうだよ」
微かな布団の擦れ音。
掠れた声が部屋に響く。
起き上がった魔族の男が、長い髪の間から金色の瞳をフェンリルに向けていた。




