第十一話
『なんだ、その魔石具』
エリオットが取り出した、手のひらに収まる魔石具を見てフェンリルは尋ねた。
『これは携帯型の灯。魔灯って言うんだけど……』
そう言いながら、彼は円柱状の魔灯を捻る。
すると、微かな音と共に外れ、分割された部分に魔石がはめ込まれているのが見えた。
エリオットは、そこから魔石を外す。
『見える? ここに魔力が流れると明かりがつくんだ。詳しい仕組みは分からないけど』
『魔力? 魔石じゃなくても良いのか?』
『そう、魔力は分散化し易いから、集約する為に魔石を使っている』
そこまで聞いて、何かを察したフェンリルは「お前なぁ……」と呆れた声を上げた。
『——フェンリルにお願いがあるんだ』
エリオットは魔石を外したまま、魔灯を組み立てる。
『もう何を頼むか、分かるよね』
***
「あー……もう良いや。いい加減、待つのも疲れたし」
男の声が林中に響く。
『……フェンリル!』
『どうなってもしらねぇぞ!』
フェンリルは、魔灯を持つエリオットの指先に魔力を集約させる。
人間の魔術師とは違う、魔族の周辺の魔力をかき集めるという性質を露わにした。
幸いこの場所は魔力の宝庫。
量には事欠かない。
その膨大な魔力は次々と魔灯へ流れ込んでいく。
熱を帯びる魔灯を握りしめ、エリオットは耳を澄ませた。
ザッザッザ……バサッ!
男がこちらへ走り出し、大きく羽ばたく。
エリオットは、魔灯と魔力を隔てていた弁を一気に開き、後ろ手に——投げた。
——パキッ
永遠にも思えた静寂。
何かがひび割れる音。
エリオットは顔を背ける。
瞬間。
カッ!
閃光と闇。
暴発したその欠片が、木影を僅かにとび出ていたエリオットの指先を掠る。
彼が指先の熱に気づいた時には、鮮烈な光は静まり、雪明かりが戻っていた。
固唾を飲んで、エリオットは振り返る。
魔族の男は、ほんの数歩といった距離で目を押さえて蹲っていた。
***
『お前、俺がいなかったら、どうしてたんだよ』
『逃げてたね』
エリオットは、はっきり答える。
文句の言いようがない清々しい答えに、フェンリルが抱いていた文句の数々は、深いため息と共に吐き出された。
『それで、どうすんだよコイツ』
目の前には、大きな翼で目を覆って呻く魔族。
「とりあえず、拘束しないと……」
エリオットは背負った鞄を、前面に回して蓋を開く。
簡単な手錠は持っていたが、変形した手に収まりそうもない。
仕方なくエリオットは魔族の男に近づき、しゃがみ込んだ。
「とりあえず、貴方が人ではないことは分かりました。——もう一つ確認させてください」
暴れられたら、今度こそ対処できない。
エリオットは念のため、剣に手をかける。
「……最近の誘拐事件は、貴方がやったんですか?」
その声に男はびくりと体を震わせた。
小さく「違う。」と、首を振る。
「短期間で広範囲に発生している事から、集団での犯行だと駐在所は見ています。もし、巻き込まれているのなら事情を……伺っても良いですか?」
エリオットはなるべく刺激しないように、優しい口調で話しかける。
男はまだ回復していない目を瞑ったまま、エリオットの方へ顔を向けた。
「なんで? オレ、魔族なんだけど。話聞いてくれるわけ?」
口元は笑っているが、男の声は困惑と動揺が混ざっている。
「聴きますよ。人間でも魔族だとしても」
エリオットの答えに、男は息を呑んだ。
「それなら、オレも質問しても良い?」
「答えられる事なら——……」
そうエリオットが答えた瞬間。
ガクン、と彼の頭が一瞬倒れた。
弾かれたように起き上がる頭。
開いた瞳の奥には、金色が見える。
(このタイミングでかよ)
手元の時計を見ると、体の主導権がフェンリルに切り替わる定刻。
二人のやりとりは、今この時まで様子を見ていたことは救いだったが、エリオットのように上手くできる気はしない。
(とりあえず、コイツを逃さず、駐在所に行かせる方向だろうな)
「……それで、質問って?」
フェンリルは気を取り直すと、先ほどまでのエリオットの様子を思い出し、話を続ける。
「お兄さんは、駐在兵で……剣士、なんだよね?」
躊躇いながら、口を開いた男は確認するように尋ねる。
フェンリルは「そうだ。」と肯定した。
「アレが光る瞬間、すごい勢いで魔力が集まるのが見えた。人間は……出来ない筈なんだけど」
いつの間にか、腕を少しずつ人のものに変えていた男が彷徨いながら、エリオットの肩を掴む。
「お前っ?!」
会話に気を取られていたフェンリルは、男にされるがまま、至近距離まで顔を詰められる。
相手の髪が肌を撫でる心地の悪さより、覗き込むように輝く金色の瞳に、フェンリルは鳥肌が立った。
「……なんで」
目を細めてようやく見えたエリオットの瞳に、男は呟いた。
その表情が次第に歪んでいく。
「どうして……貴方がここにいるんだよ、フェンリル様!!」
男の涙がエリオットの頬に落ち、流れていく。
フェンリルは知らなかった。
同胞が死に、帰る場所がないと思っていた魔族の側に、自分を待ち望んでいる存在がいることに。
同時にフェンリルが感じた微かな恐怖。
【魔王】の称号から解放され、心地よく過ごしていた場所から、離別させられてしまうのでは?
それは彼が疎んでいた【魔王】の特権を無意識に作動させていた。
***
【魔王】の特権に魔力が揺らぐ。
世界中の魔族が【魔王】の存在を感じた。
「出てきたか、あの出来損ないの【魔王】様は」
月を見ていた誰かが嗤った。
【魔王】の特権については、「指し示したその先」に書いてありますが、簡単に言うと恐怖を感じた魔族を従わせる力になります。




