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境界の灯  作者: えるま
第三章

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第十一話

『なんだ、その魔石具』


 エリオットが取り出した、手のひらに収まる魔石具を見てフェンリルは尋ねた。


『これは携帯型の灯。魔灯って言うんだけど……』

 

 そう言いながら、彼は円柱状の魔灯を捻る。

 すると、微かな音と共に外れ、分割された部分に魔石がはめ込まれているのが見えた。

 エリオットは、そこから魔石を外す。


『見える? ここに魔力が流れると明かりがつくんだ。詳しい仕組みは分からないけど』

『魔力? 魔石じゃなくても良いのか?』

『そう、魔力は分散化し易いから、集約する為に魔石を使っている』


 そこまで聞いて、何かを察したフェンリルは「お前なぁ……」と呆れた声を上げた。


『——フェンリルにお願いがあるんだ』


 エリオットは魔石を外したまま、魔灯を組み立てる。


『もう何を頼むか、分かるよね』


 ***


「あー……もう良いや。いい加減、待つのも疲れたし」


 男の声が林中に響く。


『……フェンリル!』

『どうなってもしらねぇぞ!』

 

 フェンリルは、魔灯を持つエリオットの指先に魔力を集約させる。


 人間の魔術師とは違う、魔族の周辺の魔力をかき集めるという性質を露わにした。

 

 幸いこの場所は魔力の宝庫。

 量には事欠かない。


 その膨大な魔力は次々と魔灯へ流れ込んでいく。

 熱を帯びる魔灯を握りしめ、エリオットは耳を澄ませた。


 ザッザッザ……バサッ!

 

 男がこちらへ走り出し、大きく羽ばたく。

 

 エリオットは、魔灯と魔力を隔てていた弁を一気に開き、後ろ手に——投げた。


 ——パキッ


 永遠にも思えた静寂。

 何かがひび割れる音。

 エリオットは顔を背ける。

 瞬間。


 カッ!


 閃光と闇。

 

 暴発したその欠片が、木影を僅かにとび出ていたエリオットの指先を掠る。

 彼が指先の熱に気づいた時には、鮮烈な光は静まり、雪明かりが戻っていた。

 

 固唾を飲んで、エリオットは振り返る。

 魔族の男は、ほんの数歩といった距離で目を押さえて蹲っていた。

 

 ***

 

『お前、俺がいなかったら、どうしてたんだよ』

『逃げてたね』


 エリオットは、はっきり答える。

 文句の言いようがない清々しい答えに、フェンリルが抱いていた文句の数々は、深いため息と共に吐き出された。


『それで、どうすんだよコイツ』


 目の前には、大きな翼で目を覆って呻く魔族。


「とりあえず、拘束しないと……」


 エリオットは背負った鞄を、前面に回して蓋を開く。

 簡単な手錠は持っていたが、変形した手に収まりそうもない。

 仕方なくエリオットは魔族の男に近づき、しゃがみ込んだ。


「とりあえず、貴方が人ではないことは分かりました。——もう一つ確認させてください」


 暴れられたら、今度こそ対処できない。

 エリオットは念のため、剣に手をかける。


「……最近の誘拐事件は、貴方がやったんですか?」


 その声に男はびくりと体を震わせた。

 小さく「違う。」と、首を振る。


「短期間で広範囲に発生している事から、集団での犯行だと駐在所は見ています。もし、巻き込まれているのなら事情を……伺っても良いですか?」


 エリオットはなるべく刺激しないように、優しい口調で話しかける。

 男はまだ回復していない目を瞑ったまま、エリオットの方へ顔を向けた。


「なんで? オレ、魔族なんだけど。話聞いてくれるわけ?」


 口元は笑っているが、男の声は困惑と動揺が混ざっている。


「聴きますよ。人間でも魔族だとしても」


 エリオットの答えに、男は息を呑んだ。


「それなら、オレも質問しても良い?」

「答えられる事なら——……」


 そうエリオットが答えた瞬間。

 ガクン、と彼の頭が一瞬倒れた。

 

 弾かれたように起き上がる頭。

 開いた瞳の奥には、金色が見える。


 (このタイミングでかよ)


 手元の時計を見ると、体の主導権がフェンリルに切り替わる定刻。

 

 二人のやりとりは、今この時まで様子を見ていたことは救いだったが、エリオットのように上手くできる気はしない。


 (とりあえず、コイツを逃さず、駐在所に行かせる方向だろうな)


「……それで、質問って?」


 フェンリルは気を取り直すと、先ほどまでのエリオットの様子を思い出し、話を続ける。


「お兄さんは、駐在兵で……剣士、なんだよね?」


 躊躇いながら、口を開いた男は確認するように尋ねる。

 フェンリルは「そうだ。」と肯定した。


「アレが光る瞬間、すごい勢いで魔力が集まるのが見えた。人間は……出来ない筈なんだけど」


 いつの間にか、腕を少しずつ人のものに変えていた男が彷徨いながら、エリオットの肩を掴む。


「お前っ?!」


 会話に気を取られていたフェンリルは、男にされるがまま、至近距離まで顔を詰められる。

 

 相手の髪が肌を撫でる心地の悪さより、覗き込むように輝く金色の瞳に、フェンリルは鳥肌が立った。


「……なんで」


 目を細めてようやく見えたエリオットの瞳に、男は呟いた。

 その表情が次第に歪んでいく。


「どうして……貴方がここにいるんだよ、フェンリル様!!」


 男の涙がエリオットの頬に落ち、流れていく。


 フェンリルは知らなかった。

 

 同胞が死に、帰る場所がないと思っていた魔族の側に、自分を待ち望んでいる存在がいることに。

 

 同時にフェンリルが感じた微かな恐怖。

 

 【魔王】の称号から解放され、心地よく過ごしていた場所から、離別させられてしまうのでは?

 

 それは彼が疎んでいた【魔王】の特権を無意識に作動させていた。


 ***


 【魔王】の特権に魔力が揺らぐ。

 世界中の魔族が【魔王】の存在を感じた。


「出てきたか、あの出来損ないの【魔王】様は」


 月を見ていた誰かが嗤った。

【魔王】の特権については、「指し示したその先」に書いてありますが、簡単に言うと恐怖を感じた魔族を従わせる力になります。

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