第八話
「あの子はここら辺で薬師をしてたんだ。私も世話になっていてね」
エリオットは、誘拐事件の調査班として現場近くの聴き取りを行なっていた。
「……被害者はリィナという名前の、近所で評判の薬師。攫われた現場は薬草の群生地だった、と」
近所のお年寄りからの聴き取り後、誘拐されたとされる現場に向かう道すがら、エリオットは聴いた話を思い返し呟いた。
言葉は白い息に変わる。
『今回は目撃されたんじゃないんだろ? 何で誘拐事件だと思ったんだ? もしかしたら、どこかへ出かけたかもしれねぇだろ』
雪が道に残っている上、薄暗くなり始めたせいか、人の行き来が殆どない。
エリオットの、ザクザクと雪を踏み締める音が響く中、フェンリルが問いかける。
「一番初めに現場確認をした駐在員の人の報告によると――」
持っていた図板の紙をめくる。
「自宅の状態がそのままだった事、現場に被害者が採取しただろう薬草が散乱していた事が決め手だったみたいだ」
エリオットは紙を戻すと、一番上に挟んだ自分のメモを見直した。
「それに、さっきのお婆さんの話からして、彼女はよく話す方みたいだったし……出かけるなら誰かの耳に入っていてもおかしくないだろうね」
少しだけ息が上がり始めた頃。
林を抜けた先には、薬草採取のために雪が除けられた跡が広がっていた。
降雪のせいで、痕跡が消えるかもしれないと危惧していたエリオットは、安堵の息を漏らす。
「ここだね。最近体調を崩す人が多かったから、薬草が足りなくなったんだろうな。――フェンリル、何か違和感は感じる?」
『前も言った通り、今の俺の感覚はお前の体で受け取れるものだって言ってんだろ』
おかげで鼻も利かねぇ、と不満げに言う。
『ただ……お前の体でも、ここの魔力が濃いことだけはわかるぜ、鳥肌が立ってる』
「肌が少しピリピリするのは、ここが魔力の濃い場所だったからなのか」
『俺にとっちゃ、回復するにはうってつけだが』
エリオットは話を聞きながら、図板に挟んである鉛筆を取ると、メモに書き込んでいく。
『……そんな事書いて、何か役に立つのか?』
文字は読めなかったが、何を書いているか察したフェンリルが疑問をこぼす。
「立つさ。きっとね」
フェンリルは、ふぅん。とあまり興味なさそうに受け流した。
エリオットは書き込みを終えると、図板を持ち直して、周りを改めて見回す。
除けられた跡には、薄らと新しく降った雪が塗されていたが、下にある青々とした草が露出している。
そして、なんと言っても異様だったのは、事前に報告にあった薬草と思われる草木が辺りに散らばっていたことだった。
「ハサミで綺麗に切られてる。報告通り、採取された薬草だろうな」
エリオットは腰を下ろし、散らばっていた草を一つ摘み上げた。
その切り口をじっと見つめる。
『一応聞くが、こういう魔力が濃い場所に魔術師じゃない人間が来たらどうなる?』
「……そうだな」
エリオットは薬草から視線を外し、考えた。
全ての生き物の体内に、酸素と同じように魔力は体に巡っている。
しかし、魔術師のように、一時的でも魔力を受け取る機関がないのなら——
「実際に聞いてみなくちゃ分からないけれど……具合は悪くなるかもしれない。普通の場所なら少しだけしかないものが、急に増えるわけだから」
『魔力が濃い場所は、植物の質も高くなる上発育も良い。つまり、今回の……リィナだったか? ソイツの様な薬師は魔術師が多くなるってことか?』
「正直、それは僕も気になってた。被害者の特徴は覚えている?」
『フィオナと同じ、金髪で碧眼だろ』
フェンリルは『そうじゃなかったら、ここまで付き合ってない。』と不本意そうな声を上げる。
「魔術師の髪色は魔力の流れ、瞳は貯蔵庫の量を表していて、更に彩度と明度が高ければ質が高いことを意味しているんだ」
『金髪碧眼は?』
「典型的な色の一つだね。その色合いなら魔力の流れも、貯蔵量も多い分類だと思う。——もちろん、一般人でもフィオナみたいに、その色の人がいるから、必ずしも魔術師っていう訳ではないけれど」
『……誘拐犯は、魔術師を狙っている?』
「可能性はあるだろうね」
『つまり、狙いが魔術師だとすれば、ここは格好の餌場って事だ。エリオット』
「あぁ、気づいてる。……誰かいるね」




