第七話
迫害を受けるのは何故か。
古の魔術師は考え、導かれた答えは「恐怖」だった。
一般人からすれば、目に見えない力を体に貯め込み、呪文一つで危害を加えられるとなれば、先に行動を封じ込めようとする方が利口だろう。
しかし、それは少数の魔術師が理解しても意味はない。
一人でも反するものが出れば、迫害を受ける今の状況が、さらに悪くなることは明白だ。
だが、魔術師全体に制限を設けることは難しい。
魔導書に仕込むとしても、魔術師の血統ではない一般家庭から生まれた魔術師は、魔導書に触れる機会がほとんどないからだ。
それなら、元を辿れば良い。
彼らは、魔力の源流である世界樹に願った。
人間の思考や精神を侵す魔法を使えないよう、魔力に制約をかけてくれ、と。
そうして、魔術師は人々から信頼を得る為に、自らの手に枷をかけたのだ。
「この誓約によって、魔力自体に制約が刻まれたんだ。魔術師から人間に対して、幻覚や精神操作系の魔法は使ってはいけないってね」
エリオットが説明すると、身体の内からフェンリルの動揺が伝わった。
『……わざわざ力の強い奴が、自分で力の制限を?』
弱肉強食が基本の魔族では、まず考えられない。
「自分だけが強くても、弱い誰かの風当たりが悪くなるからじゃないかな。あくまで魔術師っていう人種が人間として認めてもらう為の誓約だから」
「一応補足すると、そういった類の魔法は魔石具に、間接的に使うことはできる。だが基本的に効果は弱い」
改めて、ロウェルは二本目の指を立てた。
「強い物もあるにはあるが、そっちは本格的な医療用だ。一般流通はしてない上、個人で買うなら値が張りすぎる。――だから、魔術師の可能性はない」
会議室に沈黙が訪れる。
それを破ったのは、エリオットの口から出た大きなため息だった。
「……で? 兵士は上等、魔術師は無理。それは分かった。だが、それを含めても――」
再び身体の主導権を譲られたフェンリルが、ロウェルを睨むようにして見つめた。
「魔族の仕業だっていうには、弱いんじゃないか?」
「……フェンリル、【魔王】の称号を継いでから、お前は何をしていた?」
ロウェルはその視線を受け流すと腕を組み、静かに尋ねた。
その問いの意図がわからず、フェンリルは眉を顰める。
「少なくとも継いで数年は……他の魔族から狙われていた。就任したばかりの若い魔族が、すぐに【魔王】の称号を奪われることは、良くあるからな」
フェンリルは仕方なしに、思い出そうと視線を彷徨わせると、少し間を開けて話始めた。
「それから?」
「フギンと国を作る土地を探していた」
「……つまり、前【魔王】の様に、人間と争うことはなかった」
「当たり前だ。人間と対等にやり取りする為に動いてるのに、争ってどうする。少なくとも、俺たちからは仕掛けてない」
わかるだろう?とでも言うような視線をロウェルに送った。
「もちろん、お前と戦ったことは覚えてる。だがな、何で俺たち人間が、魔王討伐隊なんてもん編成したと思う?」
「そんな人間の都合――」
「魔族の統率力が下がったからだ」
ロウェルは、はっきりとした声で言った。
目を開いたフェンリルは、内容が飲み込めず「は?」と、思わず口からこぼす。
「お前が国を作ろうとしている間、他の魔族どもで人間を襲うのもいたが、以前と違って少数な上、お前みたいな強い魔族じゃなかったから、駐在兵で対処できたんだ」
魔物も、魔族から使われることなく半野生化したしな。とロウェルは肩をすくめる。
「それで四年前、一本通報があった。北の国の山の中で魔族が群れになってる……ってな」
ガタン!と音を立てて、フェンリルは椅子から立ち上がった。
「人里から離れていたはずだぞ?! その通報は一体誰が……っ」
「……悪いがそれは俺も知らん。――とにかく、その情報で慌てた中央は、魔王討伐隊として腕利きを集めたんだ。その顛末は、お前の知っている通り」
討伐隊が現場に着いた時には、冬であるにも関わらず炎の海。そして魔族の死体の山。
それは不思議と消火しづらく、恐らく魔力のこもったものだろうと断定された。
嵐が丁度来ていなければ、麓の住民が危なかったかもしれないと報告書が上げられている。
「それから四年、すっかり魔族も音沙汰がない。せいぜい魔物が現れるくらいだ。俺たち兵士はともかく、普通の人間なら魔族に遭遇することもない。その上お前が【魔王】になってから、新しい【魔王】も出てきてないから、世界樹からの報せもない」
「それは……つまり俺たち魔族が、お前らの中でおとぎ話か、何かになっている……ってことか?」
フェンリルは信じられないとロウェルを見つめた。
「噂は……根拠があるとか、ないとかの話ですらないってことか?」
人間と魔族の時間の感覚が違うことは薄々知っていたが、たった百年で忘れ去られるものなのか。
フェンリルは呆然とする中、一つ疑問が生まれた。
「――それなら……その話は、どこからきたんだ?」




