邪闇の中
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フローラ視点
ああ、天音とクリストフェルが飲み込まれてしまった。転移術の発動に集中していたわたくしが二人がいないことを知ったのは転移後だった。
あの後何故かわたくし達はクオーツ王国の王宮へ転移した。どうやらあの大聖神官という人も転移の魔術を使ったみたいだった。わたくしの魔術よりもほんの少しだけ強かったみたいで干渉しあってひきずられた形になったみたい。わたくしは転移の魔術はそんなに得意じゃないから仕方ないわね。
それより問題なのは、天音とクリストフェルがあの大きな邪霊の闇に飲まれてしまったこと。やっぱりあのクリストフェルが、ラスボスになるのかしら……。それともあのケインという聖神官が?とりあえずストーリー通りなら、10月31日に死者の船が魔の船化を起こしてラスボスが魔物を引き連れて来て、クオーツ王国が大変なことになるはずだけど……。どうしましょう。聖女が三人揃ってない……。天音はやっぱり聖女じゃなかったの?いいえ、そんなことより、天音もクリストフェルもどうか無事でいて!!
「ちょっと!フローラ!この国って大丈夫よね?」
聖女マリカサマはイライラしておいでの様ですわね。
「……もう何度も説明しましたけれど、本来のストーリーとは色々変わっておりますので、わたくしには分かりかねますわ。私に分かることは全てお伝えしてあります」
わたくしはお姫様モードで答えた。
「私はこの国をずっと守って来たのよ!失いたくないの!大切な人達がたくさんいるのよ!」
茉莉花さんは涙ぐんでいた。まあ、この人も頑張って来たんだよね。ちょっとヒステリー気味なのはしょうがないか……。
「……はぁ……。あのですね、茉莉花さん、もうここは現実なんですよ。ゲームのシナリオでは見られなかった色んな人達がいて、それぞれに生きて動いてるんです。私にはゲームの知識があるだけで、ある程度の予測が立つだけです」
「何でそんなに落ち着いてるのよっ!」
「天音が精霊の里へ来た時にもう十分驚いたからですよ。このゲームのラスボスは本来あのクリストフェルなんです」
「え?どういうことなの?」
「彼は幼い頃から周囲から孤立して、世界に対する憎悪を深めていたはずなんです。少しずつ邪霊を集めて力を集めて自分を受け入れなかった世界を壊そうとするんです。でも……」
「天音?」
「そうですね。クリストフェル様の天音様に対する執着はすごいです。彼は天音様しか見ていません。それこそ世界なんてどうでもいいってくらいに」
キャー!トール様っ!カッコいい!!でもいつの間にここにいたの?あ、地がバレちゃったかしら?わたくしは慌ててお姫様モードに切り替える。
「あの時もクリストフェル様なら、森ごとあの邪霊を吹き飛ばすくらいの事は出来たでしょう。けれど、そんなことをしたらあまね様がどうなるか分かりません。クリストフェル様にとってはあまね様が何よりも大切なのでしょうね」
トール様はしみじみと仰った。少し寂しそう……。
「トール様、それはそうかもしれませんけれど、きっとあの方の大切な存在の中にあなたも入っていると思いますわ」
「フローラ様……」
わたくしを見つめて優しく微笑んでくれるトール様、素敵!
「ちょっと……こんなところで二人の世界をつくらないで下さる?……これからどうしたらいいのよ……」
「とリあえず、やれることをやるしかないですわ」
わたくしは聖女マリカ様に「精霊の癒し歌」を伝えた。
遠くの方で不気味な地鳴りのような音が響いた。
暗い……。クリス……どこ?ここはまだあの森の中のはずなのに、足元がふわふわする。土の地面を歩いていないような、水の中を進んでるような、重たい感じ。早くクリスを見つけないと!すぐ近くにいたはずなのに……。
「クリスッ!どこにいるの?」
闇の中、声が届いていないのか、返事はない。じわじわと恐怖が湧き上がる。ゲームの内容が本当になるなら、クリスは魔物になってしまうかもしれない。そう思った瞬間自分の手や足に何かがしみ込んでくる感覚がした。
「手が黒くなってる……」
邪霊に触れられると自分も邪霊になってしまう……ってこういうこと?急がなくちゃ……。私は息を吸い込んだ。昔習った歌う時の基本を思い出す。足は肩幅、お腹で呼吸、それから…………声を遠くへ届けるように……
「久しぶりに聞けたあまねの歌……」
「綺麗な声だ」
クリス……
精霊の癒し歌を歌う。心を込めて。少しずつ闇が晴れて、少しだけ道が開ける。道の先には……
「クリスッ!!」
闇の中、驚いたような顔のクリスがいる!良かった。クリスのままだ!
「あまね……?」
私はクリスに駆け寄って抱き着いた。
「あまね、どうしてここに?なんでみんなと一緒に逃げなかった?」
抱き止めてくれたクリスの声には少しだけ怒っているような感じがあった。
「だって!クリスが魔物になっちゃうと思って……。言ったよね?離れないって!ずっと一緒にいるって!!」
言ってるうちに涙が浮かんで溢れて来る。
「私だってクリスの事心配なんだかr……」
言葉の途中で強く抱きしめられてキスをされた。私も同じだけの熱を返した。
「……………………参ったな……たまらないよ……」
クリスはそう言うと泣きそうに笑った。
「ごめん、心配させて。でも俺は大丈夫だよ。あまねがいるのに魔物なんかになってられないから」
そう言ったクリスの手や顔はどこも闇に染まってないみたいだった。っていうかほのかに光ってるみたい。私の手、あ、大丈夫だ。元に戻ってる。
「しばらくしたら、魔術で吹っ飛ばしてやろうと思ってたんだ。でも良かったよ、やらなくて」
「そうだったの?ごめんなさい……私……」
余計なことしちゃったんだ……。
「いや、無理だったかもしれない……。この闇に飲まれてから感覚がおかしくなってる。時間も魔術も。こんなに強い、っていうか濃い邪気は初めてだ」
「もしかしてここから出られない……?」
私はクリスにしがみついた。クリスも私をギュッと抱きしめ返してくれた。今は不思議と温かく感じるクリスの体。こんな状況なのに何だか安心できる。おかしいよね。
ふいに頭の中に浮かんでくる歌詞と旋律があった。精霊の癒し歌に似てるけど少し違ってる。私は小さく口ずさんだ。クリスの腕の中で。
呼応するみたいにどこからか鳥の高い鳴き声が聞こえた。光が射す。見上げると、ぽっかり私達の上だけ闇が晴れてる。
「クリスッ、上見て!」
「あれは、精霊鳥?」
そう、私達の上にあの綺麗な鳥が飛んでる。そしてその上空には、
「死者の船……」
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