精霊の隠れ里
来てただいてありがとうございます。
「とりあえず、精霊の隠れ里に向かう」
アルスター座長が宣言した。
「本当に存在するのか?てっきり本の中の存在だと思ってたよ」
「よく子どもの躾に使われますよね。いい子にしてないと精霊の隠れ里に連れていかれるよ、と」
「ああ、船が迎えに来るぞ、と双璧を成す言葉だな」
私はクリスとトールさんが話してるのを聞くともなしに聞いてた。
今、私達は馬車に乗って精霊の隠れ里への入り口がある場所へ向かってる。御者はいない。アルスター座長しかその場所を知らないし、教えられないからだって。簡単に荷造りして馬車に積み込んで夜が明けないうちに出発した。
アルスター座長にお家の事は大丈夫なんですか?って聞いたら、「俺はいつも家にはいないからなぁ。今回は珍しく長くいた方だ」って笑ってた。すごく迷惑かけてると思うんだけど、いつか恩返しできるのかな。
私の膝の上にはメルバっていう弦楽器のケースが乗ってる。アルスター座長が私にくれたもので、ギターみたいな形をしてて少し小さい。音はちょっとギターより高いかな。楽器に触るのなんて久しぶりで嬉しかった。
今夜は街道沿いの草原で野宿だ。だから迷惑にならないように、小さな音で弾いてみてる。ああ、やっぱりアルスター座長の一座に入れてもらいたかったかな……。音を奏でてると落ち着く。
「綺麗な曲だね」
みんなとちょっと離れたところでメルバを弾いてたらクリスが来た。あの夜以来、恥ずかしくてまともにクリスの顔を見れてない。
「それ弾いてるとあまねすっごく楽しそうだ……」
クリスは私の正面にしゃがみ込んで私の顔を覗き込んだ。
「あのこと、怒ってる?」
思い出して顔が熱くなる。
「お、怒ってないよ……ただ、」
「ただ?」
「は、初めてだったから……、その、恥ずかしくて、どうしたらいいか分からない……」
やっぱりクリスの顔を見られなくて俯いてしまう。これじゃクリスを傷付けちゃうのに、どうにもできない。
「…………前にも聞いたけど、本当に?恋人も婚約者もいなかったの?」
「うん」
「誰も、あまねに申し込まなかったの?」
「……うん」
ちょっとしつこくない?モテなくて悪かったよ……。
「あまねの世界の男って、目か頭がおかしいんじゃないの?」
「……クリスが変なんだと思う」
「あまねを好きなのが変なら、俺は変でいい」
クリスは私を好きって言ってくれるけど、その「好き」はたぶん「執着』なのかなって思ってる。クリスのオッドアイを嫌がらなかったのが、私だけだったから。
それに自分の気持ちもよくわからない。クリスの事、嫌いじゃない。好きな方だと思う。だけどそれって恋なの?クリスが優しいから、依存してるだけ?
「ねえ、歌を聞かせてよ。初めて会った時、城で歌ってた歌」
ぐるぐる考え込んでたら、クリスがそんな風に言ってきた。
「……ごめん。私、人前で一人で歌うの苦手なの」
『一人だけ目立とうとしてるよね?』
『うん、前からそうだった』
『そんなにうまくないのにね』
『自分は歌上手って思い込んでるよね、絶対!』
『嫌な感じ。一緒に歌いたくない』
中学校の合唱祭。先生に独唱を任された私は、クラスの子達が陰口を言ってるのを聞いてしまった。
その中には親友だと思ってた女の子もいた。私はショックでしばらく声がでなくなってしまい、先生に頼んで独唱を辞退させてもらった。そのパートは結局その親友だった子が歌うことになった。
『残念だったね。でも私、頑張るから!』
嬉しそうなその子の顔が今でも忘れられない。それ以来、私は人前で歌うのが怖くなってしまったのだ。
「あまね、あまね?大丈夫?」
クリスが私の肩を抱いていた。心配そうに私を見てる。
「あれ?」
知らないうちに泣いてたみたい。頬と目を慌ててこすった。
「ごめんなさい」
答えられなくて。歌えなくて。
クリスはそっと私を抱き寄せた。
「ごめん。無理しなくていいから。でもいつかあまねの歌、聞かせてほしいな」
「うん。歌えるようになりたい……」
クリスは私が泣き止むまでずっとそばにいてくれた。夜空には星がきらきらと瞬いている。
精霊の隠れ里への入り口は、邪気の森の中にあった。最深部じゃなかったけど、けっこう奥の滝の後ろ側。
「まさかこんなところにあったとは……!」
「誰にも見つけられない訳だ……」
トールさんもクリスも凄く驚いてる。
「しかも入り口はいつもここに出てるとは限らねぇんだ。今回はたまたまここだっただけだ」
「そんなに不安定な扉なんですね……。アルスター座長はどうしてわかるんですか?」
「そいつぁ、内緒だ」
アルスター座長はそう言うと、片目を瞑った。
私達の目の前には、清らかな澄んだ空気の森。そして小さな都市があった。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。




