鎮まる炎 高まる熱
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うう、痛い……、ていうか熱い……?え?なんか周りが赤い?え?なんか燃えてる?火事?青いはずの海がオレンジ色、朱色に染まってる。
「おい!クリスッもう止めろ!港まで火の海にする気かっ!」
「クリストフェル様」
アルスター座長とトールさん?これ、クリスの魔術なの?
「クリス?コホッコホッ……」
手で口を押さえた。あ、手が動く。でも喉がからからだ。咳が止まらない。
「おい、大丈夫か?あまね。おい、クリスいい加減にしろっ!」
「クリス様。あまね様が……!」
アルスター座長もトールさんもクリスを止められないみたい。
クリスは私を抱きかかえたまま、魔術を使ってる。使ってるっていうか、これって制御できてないんじゃ……。熱風にあおられてクリスの髪が揺れる。
「クリス、クリス!もうやめて」
掠れた声じゃクリスに聞こえないみたい。とっさにクリスの首に抱きついて、耳元でできるだけの声を出した。
「クリス!もうやめて!」
反応がない。炎も止まらない。クリスの薄紫の目が光ってる。
『止まって』
私はクリスの瞼に口で触れた。直接魔力を流し込むために。
「っ!」
クリスの体からふっと力が抜けたように感じた。炎がおさまっていく。良かった。私の呪歌が効いたみたいだ。かなり省略したから、呪歌っていうか呪文だね。
「……あまね、あまね!大丈夫?」
いつものクリスに戻った……?私の方を見てる。
「良かった……」
ちょっと気が抜けて、ついでに力も抜けちゃった。それにしても何がどうしてこうなったんだろう?
「ごめんなさい。心配かけちゃって。私は大丈夫」
ちょっとあっちこっち痛いけど。私は無理やり笑顔をつくった。おでこが痛い……。
「えっと、何が起こったの?」
「それはこいつらに聞けば分かりそうだな」
アルスター座長が縛り上げられた三人組を指差した。
「師匠、話を聞くのはそのフードだけでいいだろう。その大男は俺が今殺す」
クリスが物騒なことをさらりと言った。大柄な男の人がビクッと肩を震わせる。
「ちょっと!クリス、何言ってるの?ダメだよそんなことしちゃ!」
っていうか冗談だよね?
「あいつがあまねを傷付けたんだろう?」
「そんなことよりも、あまね様の傷の手当の方が大事かと、クリストフェル様。ミルドレッドも捕らえてありますから、尋問などは後程でよろしいでしょう」
ちょっと待ってトールさん!尋問などって、クリスを止めてよ!私はツッコミを入れようとした。
「!そうだな……。よし行くぞ」
クリスに抱き上げられて、そのまま運ばれた。
「ちょ、クリスッ!私歩けるからっ。大丈夫だから!」
「駄目だ」
トールさんが走りながらクリスに眼帯を装着してる。器用な人……。じゃなくて、恥ずかしいよ。街中の人に見られた気がする。しばらく外を歩けないかも。
私の傷は街一番の治癒魔術師という人をお屋敷に呼んでもらって綺麗に治してもらった。今は痛みも傷跡もない。費用はおいくらですか?って聞いたら、必要ないって言われちゃった。私だってちょっとは仕事をしてお金も稼げてる。この前の邪霊騒ぎの時にもギルドから報酬だってもらえたんだ。お支払いしますって粘ったんだけど、その邪霊騒ぎの時にお兄さんが危なく邪霊に取り込まれるところだったらしくて、助けてもらったお礼をしたいって言ってもらった。ちょっと悩んだけど、ありがたく厚意を受けることにした。
結果的に港は無事だった。私を拐おうとした人達の船が大部分燃えてしまったけれど、船員さん達は避難して無事だったって。ホント良かった。そして、犯人はクオーツ王国の聖神官だった人。今はもう聖神官をやめてるんだって。えっと念操術って言ってたかな?その人はいわゆる催眠術を使える人で、ミルドレッドさんと一緒に屋敷の前まで来て自分は忍び込んで遠隔で私に術をかけたみたい。それで私は自分からお屋敷を出るように仕向けられた。どうしてミルドレッドさんと一緒だったかって言うと、お屋敷の内部に詳しかったことと、私に注意を向けられないようにってことだった。何だかその方が操りやすくなるんだって。
そして、一番気になる理由なんだけど、「許せなかったから」だって。この前の邪霊騒ぎの時のことが街で広まって、私はガーネット王国に降り立った聖女様って言われてるみたい……。そんな馬鹿な……。みんなと一緒に邪霊退治をしただけなのに、どうしてそうなるの?なんか、その元聖神官様はクオーツ王国の聖女様を崇拝していて、彼女こそを唯一絶対の存在だと固く信じてる。
「お前などは聖女じゃないっ!」
て睨みつけられたよ。うん、私もそう思う。誰かを崇拝しすぎるのも怖いんだね。元聖神官様と手を貸した二人の男の人達は牢屋へ入れられることになった。ミルドレッドさんも。とりあえず、誘拐騒ぎは終わったかな?
「つう訳で、旅に出るぞ」
「はい?」
「そうですね」
「クリス?」
「その方がよろしいかと」
「トールさんまで……どうしてですか?」
お屋敷の居間で四人で話し合い。今度はどんな依頼を受けるのかなとかのんきに考えてたから驚いた。
「クオーツ王国があまねを捕まえようとしてるから」
訳が分からないのは私だけみたい。
「何らかの理由で奴らはあまねを探してる。勿論一番最初にあの邪気の森を見に行ったはずだ」
アルスター座長があごに手を当ててクリスの言葉を引き継ぐ。
「ああ、そんであの森を見た。あれを見ればあまねが力を持った存在だったってすぐに気が付く」
「ええ、森の中心部が完全に浄化されていましたから。きっと今頃は邪霊達は去り、普通の森になっているでしょう」
「でもトールさん、それと私と何の関係があるんですか?」
私は戸惑って尋ねた。トールさんは困ったように私を見た。
「自覚がねえのか、あまねは……はあ……」
アルスター座長も呆れたようにため息をついた。
「おまえは間違いなく聖女か、それに匹敵、いやそれ以上の力をもってるよ」
「…………」
私は言葉が出なかった。
「クオーツ王国は、今、力ある者を探してる。今回の事は間違いなくあの国の差し金だ。あまねを放っておくはずがない。殺そうとしておいて虫が良い話だ」
クリスの表情が険しい。
「ガーネット王国もあまね様を放っておかないでしょうね。今回の事でクオーツ王国が動いてることが知られましたし」
「ああ、聖女として遇されるといや、聞こえがいいが、最悪飼い殺しにされるぞ」
「あまねをそんな目に合わせるわけにはいかない」
何だか事態は思ったより深刻みたいだった。
明るい月の光を背にしてバルコニーに立ってた。眠れなくて。涼しい風が気持ちいいけど、落ち着かない気持ちだった。
「あまね」
後ろから声をかけられてびっくりした。振り向くとクリスがバルコニーを登って来てた。
「クリスっ!危ないよ!ここ、三階だよ!」
小声で叫ぶけど、クリスは気にした様子もなくあっという間に私のいる場所まで来てしまった。
「眠れないの?」
「…………ん」
私は小さく頷いた。いきなり異世界に来ちゃって。それでも、優しいアルスターさんの一座に拾ってもらって。このまま異世界をのんびり旅するのもいいかなって思ってた。そしたら殺されかけて目が覚めたら十年も経ってた。私にとってはこれが三日間の出来事。助け出してもらって、ここで生活していこうか、歌謡団に入れてもらおうかって迷ってた。意味なかったけど。
謎ばかり増えてく。どうしてここへ来たのか。聖女は本当にあの茉莉花なのか。茉莉花が私を殺そうとしたのは何故なのか。結晶化したのは私の力なのか。クオーツ王国はどうして私を探すのか。私はそんなに大きな力を持ってるのか。それから……
「ごめんね。巻き込んじゃって。でも、どうしてクリスは……。アルスター座長もトールさんもだけど、こんなに私に良くしてくれるの?」
「今、クオーツ王国の城にいる聖女はさ、たぶん自分ではそう思ってないんだろうけど、上手く王宮の奴らに手のひらで転がされて利用され続けてる」
「え?」
「王子妃、王太子妃なんて言えば聞こえはいいけど、力が無くなったらあっという間にお払い箱だよ」
「そんな、愛し合ってるから二人は結婚したんでしょう?」
私の言葉はクリスの冷めた表情に否定された。
「そんなところにあまねを置いとく訳にはいかないんだよ。それとも籠の鳥になって王宮で贅沢三昧したい?」
私は頭を振った。
「うん。なんかあまねはそういうのじゃないって思ってた」
クリスはバルコニーにもたれかかって空を見上げた。
「あまねにはあの空が似合うよ」
私はバルコニーの床を見た。
「でも、みんなに迷惑かけちゃうから……」
「何?俺から離れてクオーツ王国へ行くつもり?」
クリスの声が一段低くなる。ふっと影が差した。クリスが月を背にして私の前に立った。
「今回みたいなことがまたあるかもしれない」
そう思うと怖かった。
「言ったよね?俺が守るって。あまねは好きなように生きていい。俺はその為にここにいるんだ」
「でも……」
「そんなに気になるならさ、俺があまねを守れたらご褒美を頂戴。今回みたいに」
「え?ご褒美?」
私何かしたっけ?クリスは薄紫の瞳を閉じて指差した。
「キスしてくれたよね?」
瞬間、カッと顔が赤くなるのが分かった。
「あ、あれは!あの時はっ!クリスを止めようと思って、咄嗟に呪歌を……」
「ふうん、ご褒美じゃなかったんだ……」
「ち、違う!そんなつもりじゃ……て、あれ?」
クリスがどんどん近づいて来る。
「じゃ、ご褒美はまた別ってことだよね?」
クリスの両目が細められた。クリスの手が私の頬に触れる。後退ろうとした私の背中に手が回されて抱き寄せられた。
「あっ……、やっぱりご褒美でした!あれがご褒美ですっ!」
私が慌てて言うと、クリスがふっと微笑んだ。なんだ、からかわれたんだ、そう思って安心した瞬間、
「……んっ」
唇が重ねられた。
私の初めてのキスは想像よりずっと激しかった。力が抜けて立てなくなった私を抱きしめてクリスは囁いた。
「逃がさない……。絶対に離さないから……」
私は月をぼんやりと眺めながら、クリスの体は少し冷たいんだな、なんて思ってた。
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