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誘拐

来ていただいてありがとうございます。



「ねえあなた、あまねさんだっけ、知ってる?クリス様のこと」

「目の事ですか?」

「へえ、知ってるんだ。なんだつまらないわね」

つまらないって何?どういう意味?

「オッドアイは不吉の象徴。そして紫色は魔性の色なのよ。あの死者の船に乗ってる魔神が紫色の目をしてると言われているわ」


「それって全部言い伝えですよね?クリス自身を嫌う理由にはなりません」

「そうね。私も今はそう思うわ。あなたは珍しい考え方をする人だっただけなの。私はちょっと間違えてしまっただけ」

夢見るようにミルドレッドさんは話し続けた。


「クリス様のそばには私がいるべきなの。だからね、あなたは邪魔なのよ」

「それで私をどうするつもりなんですか?」

アルスター座長のお屋敷でお茶を飲んでたはずだった。今はどこか暗くて埃っぽい場所で後ろ手に縛られて、床に転がされてる。何これ?クリスやトールさん、そしてアルスター座長が留守のところにミルドレットさんが訪ねてきた。私に話があるからって。話してる途中ですごく眠くなったからおかしいなって思ってたんだけど。気が付いたらこうなってた。


「誘拐でもするんですか?」

「いいえ。あなたはお家に帰りたくなっちゃったの。だから自分から帰ったのよ」

この人ちょっとおかしいよ。いくらクリスの事好きだからって。もしかして私……。

「私を殺すんですか?」

喉や唇が渇いて来る。

「まあ、そんなことしないわよ!あなたを探してる方がいるの。その方に引き渡すだけよ」

ミルドレッドさんが笑う。嘲笑うように。探してる方……。偉い人っぽい?でも誰が?どうして?訳が分からないけどこのままだと絶対良くないことになりそう。みんなも心配させちゃう。どうしよう。攻撃の呪歌も教わったけど、あまり上手く発動できなかったんだ。でもそんなこと言ってられない。私は息を吸い込んだ。


「おい、何してる!その娘は呪歌使いだぞ!口をちゃんと塞いどけっ!」

「え?!」

突然部屋に入って来た大柄な男が怒鳴った。驚くミルドレッドさん。しまった……!もっと早く決断するんだった。私は一緒に入って来た細身の男に猿ぐつわをされてしまった。

「……ごめん」

細身の男は小さな声で呟いた。申し訳なさそうな顔をしてる。そう思うならこんなことしないでよ!

「あなた、呪歌が歌えるのね。まあ、でもちょっとくらい珍しい力を持ってても、クリス様達の役に立つにはやっぱり私くらいでないとね」


男達が固い布の袋を被せようとしてくる!

「ん-!ん-!」

私は精一杯声を出そうとした。もがいて逃げようとした。これに入れられたら終わりだ!たぶんもう二度とみんなに会えない。

「大人しくしてろっ!」

バシッと私の頬が鳴った。衝撃で意識が朦朧とした。額のあたりから何かが滴る。倒れた時ぶつけたみたい。それ以上動くことができなくなった。

「乱暴なことはしないでくださいっ!この方はっ……!」

「うるせぇ!俺たちは危ない橋渡ってんだよっ!!失敗したらもうここでは暮らせなくなるぞっ!」

「そ、そんな……」

「さっさと袋に入れて船に乗せるぞ!そうすれば交換で報酬が手に入るんだからな!」

私は頭から布袋を被せられて、足を縛られた。布袋は荒く織られた繊維で、むき出しの肌が擦れて痛い。私、今、外から見たら巨大なエビフライみたいに見えるんじゃないかな……なんて訳の分からないことを思った。

「急いでください」

ぼんやりする意識の中で誰かもう一人別の声が聞こえたような気がした……。





アルスター視点




「おいおいおい、なんだこれは?」

あまねの部屋で見つけた手紙。


 

家に帰ることにしました。お世話になりました。今までありがとうございました。



「家って、どこへ帰るつもりなんだ?帰るとこなんてないだろう?!」

うちの使用人にあまねがどうしたか聞いたら、今日はミルドレッドが訪ねてきたらしい。二人で茶を飲んでミルドレッドが帰った。その後あまねが部屋に戻り、荷物を纏めて出て行ったそうだ。おかしい。そんなに長い付き合いって訳じゃねえが、あまねは相談も挨拶もせずに出てくような娘じゃねえ。自慢じゃないが俺は人を見る目はある方だと自負してる。となると、あまねに何かが起こってやがる。


「あまね……」

「おいっ!クリスっ!!どこへ行くっ?」

クリスの奴、屋敷を飛び出していきやがったっ!クリスも俺と同じことを考えたな。さすが弟子だ。トールが追いかけて行ったが、ちょっとやべえ。あまねがじゃねえ、いや、あまねも心配だが、何かした奴がいるなら、そいつの命の保証ができねえ。それにこの街もあぶねえ……。無事でいろよあまね!くれぐれもケガとかしてんなよ!俺はクリスの後を追いかけた。



「ク、クリス様っ!離してくださいっ!」

「あまねをどうした?答えろ」

クリスがミルドレッドの胸倉を掴んでやがる。ミルドレッドは街の広場を港の方から歩いて来たと、トールが説明した。

「おいおいおい、何をしてる!トールも見てねえで止めろよ!」

限りなく疑わしいが、まだ犯人と決まったわけじゃない。それにずっと一緒にいた仲間だ。簡単に疑うのは駄目だ。

「今日、うちに来たそうだな。あまねがいなくなったんだが、何か知らねえか?」

俺はミルドレッドを注意深く観察した。

「わ、私は何も……。少しお話をしただけです」

ああ、目が泳いでやがる……。残念だな。


「て、おい!クリスッ!」

「クリス様っ!待って下さい!」

また走り出そうとしたクリス腕をミルドレッドが掴む。おいおい、やめてくれ!こいつは今普通の状態じゃねえんだよ!

「あの娘は私と話してるうちに里心がついたようでした。冒険者なんて女の子には危ないですし、このまま家へ帰してあげた方が……」

「あまねに何かあったら、お前を殺す」

片方だけの青い目がミルドレッドを刺すように見た。純粋な殺気。ミルドレッドはその場にへなへなと座り込んだ。


クリスは再び走り出した。

「おいっ、当てはあるのか?」

走りながら、俺はクリスに尋ねた。

「髪飾り……。あれに俺の魔力が込めてある。辿ればいい」

こいつ目がやばい。キレてやがる。あの時みたいだ。


あまねは最初、王宮の魔術師団の研究所に保管されていた。胸糞悪いが研究対象になってたみたいだ。どんな魔術もあの結晶を溶かすことはできなかったらしい。クリスは時々忍び込んではあまねに会いに行っていたそうだ。だが、ある夜あまねに会いに行ったクリスはあまねが消えていることに気づく。研究員たちの会話で邪気の森のどこかへ運び込まれ、そのまま遺棄されたことを知った。


俺もあまねの行方を追ってたからな。俺とクリス、トールは協力してあまねを探すことになったんだが、一番最初に探索した邪気の森で、コアとなる魔物が黒髪の娘を喰ったと言ったあの時。今思い出しても震えがくる。


クリスはその魔物を瞬殺した。どうやったかは分からねえ。だが、眼帯を外していたし、魔力が暴走したんだと思う。森が魔物の後方の数百メートルほど消えていた。そのまま暴走は止まらなかった。トールが喰われた娘があまねじゃないと言うまでは。後から分かったんだが、トールはバカがつくほど真面目で嘘をつかないそうだ。


確かに被害にあった娘は、あまねじゃなかったんだが、あのままクリスが暴走していたらと思うとゾッとする。俺は特にオッドアイについて気にしたことはなかったが、魔力の強さを嫌厭されたのだろうと推測した。あの力は普通じゃなかったからな。


しばらくクリスについて走ると港が見えてきた。

「船かっ!」

「いた」

クリスがやけに静かに呟く。クリスの視線の先、あれかっ!目の前にはでかい袋を担いだ大柄の男。その後ろには背の高い細身の男。ん?あいつら冒険者ギルドで見たことがあるぞ?そしてその後ろには、見たことが無い奴がいる。フードを被ってる。

「あ、あれは……クオーツ王国の……」

どうやらトールには見覚えがあるようだな。てことは首謀者はクオーツ王国か?



「おいっ急げ!船に積み込むんだ!」

あ、やべぇ!こっちに気づきやがった!船の中に逃げられたら厄介だ!クオーツ王国籍の船なら俺達が簡単に調べることができなくなる。

「させないよ」

いつの間にか眼帯を外していたクリスの魔術が迸る。船の梯子が燃え上がり、崩れ落ちる。

「うわああ!」

慌てて距離を取る男達。持ってた袋を落としそうになる。

「無茶すんなっ!クリスッ!」

「問題ない」

風の魔術で加速したクリスが、大柄な男に当て身を喰らわせて、落とした袋を抱きとめた。

「相変わらず、すげえな」

魔術の基本的な使い方を教えたのは俺だが、こいつは自分でも研究を重ねて俺よりずっと強くなった。それもこれもあまねを救い出すためだったつうんだからな。


布袋から出されたあまねを見て、俺は息を吞んだ。生きてる。が、あちこちから出血してる。頬は、これは殴られたな……。抵抗したんだな。頑張ったな。ふつふつと怒りが湧きあがって来る。これはクリスじゃなくてもちょっと黙ってられないなぁ……。


炎が巻き起こる。クリスを中心に。あまねを抱いたクリスは逃げようとした男達を炎で取り囲んだ。

「あまねに何をした?」

答えない男達。恐怖で答えられない、が正解だろうな。今回は止める気も起きない。炎の輪が狭まる。


「すまないっ。俺たちは依頼を受けただけなんだ!密入国者を捕らえる協力してくれって言われて!」

背の高い細身の男が声を上げる。

「まさか、聖女様だったなんて思ってなくて……。本当にすまない……」

「あまねを傷つけたのは誰?」

大柄な男が顔を背けた。

「そう。そして首謀者はお前か……」

フードの人間に目を向けるクリス。

「……っ!」

息を呑むフード野郎。

「クリス様、その男はおそらくクオーツ王国の聖神官の一人です。見覚えがあります」

「そうか、クオーツ王国の船か……」

「うわあああっ!!」

男達の炎の輪が更に狭まり、船が炎に包まれる。

「おい、クリスっ船を燃やすのはやりすぎだ。中には船員がいるんだぞ」

俺は焦ってクリスを止めた。

「それがどうした?」

まずい!こいつ理性をなくしてやがるっ。港が火の海になってもおかしくないぞ……。





ここまでお読みいただいてありがとうございます。

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