裁きの銃弾
「グラハム、教えて下さい。“ココロ”とは何ですか?」
「心?そんなもの、ゲルマにとっちゃ古い概念、失われた言葉じゃないのか?」
「地球人は違います。彼らは……大切な誰かを想う“心”に突き動かされれば、自らの命すら投げ打つ種族なのです。合理性、目的、効率――そんな概念が霞んでしまうほど、彼らは心の命ずるがまま、行動します」
「それが何だ!カナコが裏切る理由に――」
グラハムが何かに気付いたように、息を呑んだ。
「……もし大切な誰かを奪われた時……その心は、一体何を命じ、どんな行動を生み出すと思いますか?」
グラハムは唖然として言葉を失っていた。だが、やがて絞り出すように言った。
「復讐、なのか」
復讐――それは我々ゲルマが遥か昔に使わなくなった単語。
「お前への、憎しみなのか」
憎しみ――それはゲルマが捨て去った“非合理的な”感情の名前。
ゲルマ星人二人の視線が、私に注がれていた。
「私はかつて、この地球侵略計画遂行のため、あなたたちの父親を死に追いやりました。この計画に反対する一派の長である、メルシエ大臣を」
「……カナコが10年間で、心を獲得したってのか?その結果が、お前への復讐なのかよ!」
「そうです。心の存在を肯定すれば、裏切りの理由にも説明がつくのです」
「俺たちは脳をいじられてるんだぞ?心やら感情やらに惑わされないために!」
「そのロジカライズ自体が、不完全な技術なのでしょう」
心の所在など、ゲルマ星人の誰一人として、分かっていないのかもしれない。
だが私ははっきりと覚えていた。ボルトギーゼに立ち向かう直前に握った、星降の手の熱さを。
そして、次々によぎった同胞たちの姿を。
「……だから長い地球生活によって、消えかけの心は息を吹き返したのだと思っています」
私は懐に手を差し込み、そこから拳銃を取り出す。
「あなた方兄妹の家族を奪った私への、憎しみという形で」
その銃口は、カナコのこめかみに触れていた。
「私はあなたを裏切ってなどいない!」
カナコの叫びが、宵闇に響いた。
「父の……メルシエ大臣の死は、レオルさまの責任ではない!レオルさまが殺したなどと、私も、兄だって思っていません!」
「しかし私が地球侵略計画を白紙に戻せば、今でも大臣は生きていました。結果的に、私が殺したのと同じです」
「違います!私たちは……あなたを支えたい、尽くしたいだけです!」
彼女は拘束を逃れようと椅子をがたがた鳴らしているが、私は気にも留めない。
「……事実を突き合せていけば、あなたの言葉も行動も全て嘘だと分かります。その芝居にはもう、意味はありま――」
「レオル、10年前に俺が言ったこと、覚えてるか?」
拳銃を握るグラハムの腕が、動いた。
「お前には、撃たせない」
ゆっくりと上がる銃口。
弾丸を吐き出す黒い虚空が、狙いを探して揺れ動く。
すっきりしたようなグラハムの眼が私を見る。
何かを悟ったようなカナコの眼がグラハムを見る。
そして私の眼は、過去の情景を見ていた。
――
――――
―――――――
――10年前。ゲルマ星警察省管轄、政治犯収容施設面会ルームC。
「怪我の容体は?」
「左肩に銃創。再生治療中だから、大した問題にはならないよ」
「私を庇ったばかりに、あなたの狙撃能力に差し障りなければ良いのですが」
「必要なことをした。それだけだ」
薄いガラス板を挟んで、私とグラハム=メルシエは無表情で向かい合う。一方は単なる面会希望者として、そしてもう一方は罪人として。
「私の罪状は殺人教唆とされました」
数日前、侵略省のトップにして、私の知的地球侵略に反対していたメルシエ大臣が何者かに襲撃された。犯人は不明だが、その首謀者が私であると断定されていた。
「無論――」
「分かっている。お前がやらせたんじゃない。反対派の工作だろう。そのトップ襲撃の濡れ衣をお前に着せ、賛成派を壊滅させる魂胆だ」
「ところで、メルシエ大臣は?」
「親父は、死んだよ」
グラハムの表情は硬いままだった。
「地球を侵略するための犠牲だ。仕方なかったんだよな?」
「ええ。そうですね」
脳のロジカライズによって、私たちゲルマ星人が肉親の死という事実に動揺することは無い。そんな些末なことに思考を乱されているようでは、この死の惑星で今まで生き延びることなど出来なかった。
「……それで、計画に変更の必要は?」
グラハムは先の話題など無かったかのように振舞っていた。
「基本的にはありません。既に作成したプランに則り、あなたたち先遣隊には直ちに出発してもらいます。通信手段確立後は、必ず定期連絡を。こちらの通信基地局から私までのアクセスは確保してあります」
「ここを出る算段は付いてるのか?」
「信用できる同胞を司法省に潜り込ませています。すぐにとはいかないでしょうが、多少の服役で済むはずです」
「それがやっぱり処分刑じゃ、困るぜ」
「こんな所では死ねません」
ガラス越しのグラハム、その背後の特殊セラミックの壁、その先から地上へのエレベーターを昇り、砂塵と廃墟にまみれた大地を100kmほど進んだ先の宇宙空港――そこから飛び立った先に、あの惑星が浮かんでいる。
今この地を覆う砂漠化とパンデミックが訪れる前――自然溢れるゲルマ星に似た、新天地。
「……先ほど入った情報だが、第18管区西エリアの居住区で、大規模な崩落事故が起きた。地盤が急激な軟化を起こし、岩石や土砂が地下空間に流れ出したたそうだ」
「この星の大地に、終わりが近づいているようですね」
「ああ。ところで、先遣隊はお前が任命したメンバーのままで良いんだな?」
「もちろん」
「……カナコも、それに俺も行かせるのか?」
「何か問題でも?」
この時初めて、グラハムが困ったように眉根を寄せた。
私は少しだけ頭を捻ったが、グラハムの発言の意図は分からなかった。
「いや、すまん。何でもないんだ。でも、一つだけ聞いていいか?」
「どうぞ」
「……カナコが何故、お前の部下として先遣隊に志願したか、分かるか?」
「それがゲルマの未来に必要だからでしょう」
「違う。あの子は多分、お前のことを――」
耳障りなブザーが鳴る。面会時間に終わりが告げられたのだ。
「なぁ、レオル」
背後の自動ドアが開く。グラハムはそれを通り抜けた先で立ち止まった。
「俺は、最後まで付いていくよ」
彼の姿は、閉まるドアの向こうに、消えた。
――――――
――――
―――
あの時の最後の言葉に、私は思いを巡らせた。
彼は誓ってくれたのだ――自分は最後まで、私の計画を支えてくれると。
グラハムの銃口。その緩慢な動きの行方を見送りながら、私はグラハムの言葉を反芻していた。
「死んでくれ――」
そして、その動きがぴたりと止まって狙いが定まった時、私は思い知った。
“最後”の意味は、もはや変わってしまっていたことに。
「お前の“最期”だ、レオル」
私に向けられた銃口。
静かで鈍い銃声が、1発。




