告発
東京都港区にそびえ立つ高層ビルの屋上。眼下では、東京のまばゆい電光が星のように光を放っている。
「ここは同胞所有のビルです。誰の邪魔も入らないでしょう」
そんな場所に、私とカナコは二人きりだった。白い明りの下、カナコは椅子に座った状態で、私はその目の前に立って彼女を見下ろす格好である。
「レオルさま……こんな、ことをして……本当に意味があるのですか?」
「意味があるかどうかは、事の真相次第です」
私が地球に降り立って、まだたったの2週間だった。だがその間にも私は多くのことを学んだ。特に星降舞依の考え方や行動からは、多くの発見があった。彼女が自らの命を懸けて戦った理由は、彼女と共に戦った今だからこそ、少しだけ理解出来たはずだ。
しかし、私より遥かに多くの時間を地球で過ごし、地球人と接したゲルマ星人は、理解に留まるのだろうか?
「しかしカナコ。しばらく見ないうちに、あなたは随分と変わりましたね」
「その自覚は……私にはありません」
「より“地球人らしく”なりましたよ」
私が知る同胞たちの中で、もっとも合理的で冷静、時に容赦無い手段も恐れない――それがカナコ=メルシエという人物だった。
「その変化こそが今、私にとっての脅威なのです」
その時、私とカナコが対面する屋上に通じる扉が開かれた。
「……レオル」
扉の向こうから現れたグラハムが、荒い息を整えながらゆっくりと歩みを進めてきた。
「一体これは何事なんだ?お前、何を考えてる?」
「カナコがこっそり呼びましたか……抜け目のない」
すがる様に顔を上げたカナコを一瞥し、グラハムはジャケットの懐に手を入れる。そして彼は静かに拳銃を構えた。
その様子を前に、カナコは口をつぐんだ。金属の椅子に両手両足と首を拘束されて身動き一つ取れないままに。
「カナコが何かしでかしたってなら、それを俺に説明しろ」
彼女の近くに据えられたステンレスカート、その机上に並ぶスチール製のメスや鋏、ペンチ等の器具、カナコの青白い顔に浮かぶ玉のような汗、そして赤黒い粘液に汚れた彼女の指先――一通りに視線を走らせたグラハムは、怒りの形相を隠さなかった。
「答えによっては、こいつを使う」
彼の拳銃は、真っ直ぐに私に狙いを定めていた。
「兄さん!待ってください!」
枯れた喉から発せられたカナコの叫びにも、グラハムは動じない。彼の視線はひたすら私に注がれていた。
「レオルさまは、何か勘違いをしているだけなのです!」
「その言葉を信じないで下さい、グラハム。その物騒なものを仕舞ってくれれば説明します」
「……聞かせろ」
銃が下げられるのを見送ってから、私は深呼吸をする。
そしてグラハムを真正面から見据え、言った。
「カナコは、私を裏切ったのです」
「……何だと?」
グラハムの反応を見届けてから、私は続けた。
「裏切りを示唆する事実が二つあります。一つは、ゼニスが手に入れた宇宙人の痕跡です。彼は探偵の殺害現場に残されていた血痕から、宇宙人の存在に気づいていました」
その場に居たのは、ボルトギーゼともう一人の何者かだった。しかし先の戦闘を経て、ボルトギーゼの肉体が地球人の銃で傷つくようなものではないことは明白だ。つまり、血を流したのはもう一人の人物であり、その人物は宇宙人なのだ。
「その血が、カナコのものだとでも?」
「ええ。おそらく彼女は、ゼニスの探偵以外に星降を尾行する人物を仕立て上げることで、ゼニスを刺激しました。しかし、それだけで彼は動かなかった。だから自らの血という明確な証拠を残したのでしょう。犯行時間にカナコは私と別行動だったことも、その根拠の一つです」
つまり私が“第三勢力”としていたもう一人の尾行者は、ゼニスと私を引き合わせるための囮に過ぎなかったのだ。
「ならもう一つの根拠は、ボルトギーゼの行動か」
「その通りです。これまで星降舞依を見つけられなかったボルトギーゼが、彼女と私が一緒に居る場所に突然現れたことは不自然でしょう。居場所を簡単に割り出せるなら、もっと早く星降を回収していたはずだからです。そんな彼がピンポイントであの場所に現れたのは、それを意図的に手引きした人物が存在したからに他なりません」
「つまり裏切り者はゼニスを操り、ボルトギーゼを協力者として利用していた。そしてあの日あの場所で、奴らを使ってお前を殺そうとしたんだな」
「その通りです。あの対決を知っているのは、私とグラハム、そしてカナコだけなのですから」
「じゃあ、動機は何だ?」
グラハムはちらとカナコを見やってから、首を横に振った。
「仮にカナコが裏切ったとして、そこにどんな合理性がある?ゲルマの地球侵略に、お前は必要な人材だ。それを殺そうだなんて、誰が思いつく?」
グラハムの問いにすぐ答えることはせず、私は一呼吸置いた。
代わりに、私の方が彼に質問を投げかけた。
「グラハム。あなた自身、地球に来てからの10年間で何かが変わりましたか?」
「それは、当たり前だろう。俺はお前の指示で地球人に成りすましたんだ。地球人らしく振舞う癖だって付いたさ」
「ならば理解出来たのでは?」
「何を……」
「地球人を地球人たらしめる“何か”を」
星降舞依は、何故あらゆる局面で命を賭けられたのか?
美浦愛子は、何故死と隣り合わせの状況で星降を庇ったのか?
彼女たちだけではない。あのゼニスですら、強烈な何かに突き動かされて宇宙人を排除しようとしていた。
「グラハム、教えて下さい。“ココロ”とは何ですか?」




