死闘の果て
「あなたは――」
ぶちぶちと肉が千切れるような音と共に、星降の赤い眼光が輝きを増していく。
「――地球に居ちゃいけない生き物だっ!!!」
星降の絶叫と共に私の意識が飛んだ。ブラックアウトを発動している間に彼女は、ビームに貫かれた肩から先を自ら引き千切っていた。
その投擲された右腕の行先はボルトギーゼのエネルギー球だった。反射的に放たれたビームが肉片を焼き消したが、その時には既に、星降の姿は消えていた。
私の目が次に捉えた彼女の姿は、ボルトギーゼの頭上に飛んでいた。
驚愕するボルトギーゼが何かをする間もなく、星降の蹴りが稲妻型の角を砕き折った。
「ぐあぁっ!」
そして奴の背後から素早く距離を取った星降は、私の知っている彼女の容貌とは明らかに異なっていたのだ。
紅い眼からは、真っ赤な血が止めどなく流れる。
そして彼女の右側頭部には、かぎ型をなして前方に突き出た一本角が現れた。
角はほんのりと、やがて強烈に赤く発光を始めていた。
「ガァアアアアア!!」
地球人とは思えぬ獣じみた雄叫びと共に、角の先端に現れるエネルギー球体。
ボルトギーゼは身動き一つ取らないままに、そこから伸びる光の矢に射抜かれる。ビーム=オブ=ライトが空間を貫く高音が響き渡った。
「な……そんな……馬鹿な」
貫かれた胸を押さえ、奴は倒れる。
しかし星降の絶叫は止むことなく、再びビーム=オブ=ライトの予兆が始まった。
「ふ、ざけるなァッ!!!」
ボルトギーゼが統制装置を掲げると、周囲に散らばっていた改造人間たちが一斉に動き出す。彼らは次々とボルトギーゼを囲み、盾のように星降の前に立ちはだかろうとしていた。
私も、動いた。
「撃てるものなら、撃つがいい……同種もろとも、な」
改造人間たちの空虚な視線が、異形と化した星降に集まる。
「今撃たねば、死ぬのは……お前だ」
ボルトギーゼに残ったもう一本の角がビーム=オブ=ライトのエネルギー球体を作り出す。しかし今までよりも時間がかかっている。
既に発射態勢にある星降が優位なのは間違いない。これで決着か――
「も、う……やめ……て……」
しかし、星降は撃たなかった。
彼女の作りだした紅い球体は小さくなり、ふっと消えてしまった。同時に、自ら断ち切った右腕が再生を始める。
「……ごめ、ん……レオル、くん」
次の瞬間、ボルトギーゼのビームが星降の角を貫いた。先端を失ったそれは、ぼろぼろと崩れ落ちていった。右目の紅い光も消え、元の黒い瞳に戻っていた。戦う構えも、その意欲も彼女からは感じられない。
もはやそこに立つのは、ただの地球人少女に他ならなかった。
「……下等生物め。同種がそんなに大事か」
ボルトギーゼがぼそりと言った。
「そうですね。私にも理解の難しい部分です」
奴のすぐ後ろから、私も答えた。
「は――」
ボルトギーゼは困惑しただろう。
――何故、改造人間が自分の意に沿わない行動を取った?
――いや何故自分は、背後に立つ男を改造人間だと思い込んでいたのか?
「お前は……誰だ?」
だが奴が振り返る間など無いまま、私の手がその後頭部にそっと触れる。
「リ=メモリア」
びくりと、ボルトギーゼの身体が大きく震える。
私は一歩下がり、その巨体の行く末を見守った。
奴は恐ろしい再生能力を持ちながら、二度も頭部への攻撃を避けた。それはつまり、頭部だけは再生能力を発揮出来ないということ。
だとすれば、私のリ=メモリアなら奴を――
「……」
だがその動きは、私の予想とは反していた。ボルトギーゼは無表情で、振り返ったのだ。
次にどう行動すべきか、私はわずかな時間で考え抜く。
その問いに答えが無いと悟ったその時、ボルトギーゼの両目から紅い涙――いやもっと黒々とした粘液――血液が流れ落ちた。同時に口と耳からも血が流れ、奴の巨体はようやく真正面に倒れた。
私のすぐ足元に倒れ伏したボルトギーゼは、その後全く動かなかった。
主人を追う様に、次々に倒れていく改造人間たち。
私と星降だけが無言のまま向かい合い、視線を交わした。埠頭を爆心地のように荒らした激闘の終わりは、ようやく訪れたのだった。
「お疲れ様でした。あなたのおかげです」
「……」
血と土煙に汚れた顔を両手で覆って、星降は頷いていた。
「……レオルくんが、殺したの?」
「そうです。奴の命を奪ったのは、この私です」
私の能力『リ=メモリア』最大の制約――たった一度しか使えない――二度目は相手の脳を破壊してしまう――が、結果的に役に立った。
一度目は、偽物の記憶をボルトギーゼに植え付けた。奴の頭に触れたのは、星降がブラックアウトで作り出してくれたわずかな時間だったから、時間的にごく短い記憶――奴が降り立った倉庫内での記憶を改ざんする程度だった。
私が、改造人間の一人として命令通りに動いていたと記憶させたのだ。
地球人の容貌を見分けられないという言葉が本当だったために、奴は私も改造人間の一人だと勘違いすることとなった。だからボルトギーゼが改造人間たちを盾にしようと集めた時、私が堂々と近づいて背後に立っても異変だと思わなかったのだ。
そして一瞬でも触れることが出来れば、リ=メモリアの欠点がボルトギーゼの脳を破壊し、命を奪うことになるのだ。
「星降さん、戦いは終わりです。早々にこの場を離れた方が良い」
私は骨折の痛みを我慢しながら、燃えてしまった倉庫までのろのろと歩みを進める。
残念だが、私の戦いはまだ終わっていないからだ。
消防車のサイレンが遠方から聞こえてくる。彼らが目指しているのは、今私の前で炎上し続けている倉庫だろう。一刻も早く立ち去るべきだが、仕事は残っていた。
「レオル……無事だったか!」
額からの出血をタオルで押さえながら、グラハムが私を迎える。
「……良かった」
すすで全身真っ黒のカナコも私に近づこうとしたが、痛みのせいか顔をしかめていた。
その足元に、意識を失ったままのゼニスが横たわっている。
「あの円盤、乗っていたのは宇宙人だろう?まさか倒したのか?」
「グラハム、その話は後です。その地球人はまだ生きていますか?」
「ああ、生きてるよ。カナコが何とか引きずり出したんだろうが……」
グラハムは懐から拳銃を出して、それをゼニスの頭に当てる。
「待ってください」
グラハムは納得しかねているようだったが、私の言う通りに銃をしまった。
「……2人とも、後ろを向いて下さい」
「……あ、ああ」
「……はい」
グラハムとカナコが背を向ける。
ゼニスにリ=メモリアを使う前の少しの間、私は彼らの後姿を交互に見つめた。
カナコとグラハムとの再会、
ゼニスの尾行者の死、ゼニスとボルトギーゼの出現、
そして、星降の原動力となる“何か”。
「……」
ようやく私は思い知った――地球に降り立ってから起きた全ての裏に、何があるのかを。
その場を一瞬通り過ぎた緊張感は、誰のものか。
私か、それとも――




