優しい少女が求めた進化
戦場は、静まりかえっていた。
「一瞬で良いのです。奴が隙を見せた時に、私が飛び込みます」
「……やってみる」
構えを取る星降、直立不動のボルトギーゼ。
しばし無言のまま向かい合っていた両者は、その身動きも静止したままだった。誰がそうと決めたわけではないが、両者は動き出すきっかけを待っているようにも見える。
そこに、海の向こうから一陣の風が吹きつける。その風が星降の黒い髪を撫で、毛先が顔にかかる。
ボルトギーゼが、動いた。
それを知っていたかのように、星降も応じる。
その攻防は、死闘と形容するのがふさわしかった。2人の細かい動きは、私の目で捉えることが出来ないほどの速さだった。蹴りの構えを取ったと思いきや、瞬きの間には既に追撃の拳が突き出された後だった。
その超速の戦闘に、星降は適応していた。先ほどはボルトギーゼの手刀一太刀で腕を切られた星降だったが、今はあらゆる攻撃を避け、時に防いでいる。力の入れ方で局所的に肉体を強化する術を得たのかもしれない。
その互角の肉弾戦の終焉は不意に訪れた。星降の蹴りが相手の足元を横に払い、それをボルトギーゼは高く跳躍して避ける。
「進化とは――」
空中で一瞬、ボルトギーゼが無防備となった。
その頭上に、星降が現れる。彼女は足を高く振り上げた。
「かくも素晴らしい!」
星降のかかとが、ボルトギーゼの頭部に向かって振り下ろされる。奴は両腕で防ぐものの、その肘から先は木っ端微塵に破壊された。そして地面に叩きつけられた奴の肉体がコンクリートを砕き、砂塵が舞う。私の位置から5メートルと離れていない。飛び散ったかけらが、私の頬をかすめて傷を作る。
私は、地面を蹴った。
両腕が失われた今こそ、ボルトギーゼの動きが鈍るはずだ。
「レオルくん!」
星降が私の名を呼んだ。
しかし、それが警告であったと気付いた時には、ボルトギーゼの深紅の瞳が私を真っ直ぐに捉えていた。
私が母星で学んだ格闘術は、相手を倒すことだけに主眼を置いている訳ではない。適切な走り方、戦闘における“機”の見極め――それらを学んだ記憶を失った私は、ボルトギーゼに一瞬の隙が出来たと誤認した上、余りに鈍い動きで迫ってしまった。
「だめぇっ!!!」
彼女の呼びかけも虚しく、ボルトギーゼの右腕が超速で再生し、振り上げられた。それが一体どのように私を切り裂くのか、知る由も無く私は死ぬのだろう。
必死に伸ばしたこの腕がボルトギーゼに届く前に、私の視界は真っ暗になった。
その死の闇はしかし、刹那で光を取り戻した。
「っ!」
ボルトギーゼの右腕は、振り上げられたまま静止していた。
そして、いつの間にか私の右手は、ボルトギーゼの側頭部に触れていた。
まるで時が止まっていたかのように――いや、そうではない。
私もボルトギーゼも、わずかな時間、意識を奪われたのだ。
「馬鹿なっ!」
ボルトギーゼは素早い動作で私の脇腹を打つ。身体の内側で何かが折れたような感覚と共に、私は無様に地面に転がっていた。
「地球人風情が、まさかその力を得ようとはな」
いつの間にかボルトギーゼは左腕も再生し、その拳は震えるほどの力で握りしめられている。その一方で、星降は安堵したような笑みを私に向けた。
だが私は一瞬、その姿に戦慄を覚えてしまった。
その優しげに細められた右の瞳は、深紅の輝きを放っていた――ボルトギーゼのそれと、まったく同じように。
「しかし、これは喜ぶべきだな。私は『ブラックアウト』を使えるまでに、地球人を進化させたのだ。私はラティーナそのものを作り出したというわけだ!」
相手の意識を奪う能力――ブラックアウトがラティーナ固有の特殊能力であるならば、星降の肉体は地球人を凌駕するどころか、近づきつつあるのだ。
ラティーナという種族そのものに、彼女は変わろうとしているのだ。
「うぅっ!!」
紅い右眼を押さえ、星降が姿勢を崩す。
「とはいえ、まだ不完全のようだな」
ボルトギーゼの指先が、その稲妻型の角に触れる。
「もどき、とはいえ……ラティーナの殺し方は一つしかなかろう」
角が真っ赤に発光し、先端に直径10センチほどの光る球体が現れる。その内部には幾条もの稲妻が閉じ込められて、ばりばりという音を立てて空気を揺らす。
その異様な光景が現れるとともに、唸るようなプロペラ音が急速に迫ってくる。黒い攻撃用ヘリが私たちの上空を旋回しながらサーチライトを照らしていた。もう一機別の機体は、燃える倉庫の上を浮遊するUFOに狙いを定めてホバリングしていた。
『こちらは日本国陸上自衛隊所属機。あなたの機体は無許可で飛行している。国籍と所属を通知されたし』
なんと悠長な。自分の真下に立つボルトギーゼが、同じ地球人に見えるのか?
「……蠅め」
ボルトギーゼの深紅の眼が、対地武装満載のヘリコプターを捉える。
その瞬間、球体が指先ほどの小ささに圧縮される。そこから一際強い熱波と衝撃波、そして紅い光の一閃が放たれた。
光線は上空のヘリを瞬時に貫く。1テンポ遅れて、耳をつんざくような高い音、黒い機体が破裂する爆発音、強烈な爆風。燃える機体はゆらゆらと横に逸れて行きながら、やがて近くの倉庫に落ちて、更なる爆発を起こした。
『敵対行為を確認、迎撃する』
UFOを警戒していた2機目が、その機首をボルトギーゼに向ける。
「待って!!」
星降の紅い右眼から、血が流れる――再び、私の意識が飛ばされた。
だが目の前の光景には、何も変化が無い。ヘリは一気にボルトギーゼ目がけて迫り続ける。
それを待ち受けるように、ボルトギーゼの角がエネルギー球を生み出していた。
「この力の前では、ブラックアウトなどお遊び同然よ!!」
2発目の光線が放たれた。同時に機体下部から離れたミサイルを巻き込んでヘリが炎上し、巨大な火球のようになって空から落下した。
「うあぁぁっ!!!」
星降がボルトギーゼに肉迫しようとする。だが3発目のビームが、彼女を迎え撃った。咄嗟に避けた頭部はかすめるに留まったが、その右肩には直径3センチほどの風穴が穿たれる。
彼女はなりふり構わず前進しようとしたが、その足は止まっていた。そして苦痛に顔を歪ませて、ビームの貫通した肩を凝視していた。
「『ビーム=オブ=ライト』の傷は、ラティーナと言えども簡単に治らん。全生物の頂点に立つラティーナを殺せるのは、ラティーナ自身だけなのだ」
再びボルトギーゼの角に現れるエネルギー球が、息を切らした星降の顔を照らす。
「……こ、これ以上」
「ん?」
「地球の人に、危害を、加えないで……!」
「おかしなことを言うものだ。私は害になることなど一切していない。お前が一番よく分かっているだろう?」
依然として赤く輝く右目を、星降が瞼の上から触れた。
「強靭な身体に、崇高なる奇跡の力。脆弱な地球人が、手に入れるべくもない力を得られたのだぞ?良いことではないか」
「……良い、こと?」
「そうだ。地球人は進化する。貴様のように傷を恐れず、強大な力で他者を滅ぼす力を得られるのだ」
「そんなもの要らない!ただ幸せに生きられれば……家族と、友達と……好きな人と、一緒に居たいだけ」
星降が絞り出すように紡いだ言葉に、ボルトギーゼは眉根を寄せて首を傾げた。
「カゾク?トモダチ?それは何だ?」
「……え?」
「あぁ、つまり他者への配慮か?地球人にそんな社会性があるとは驚きだ。思ったよりも知能は高いのか」
「何を、言ってるの?」
「我々は好きなように貴様ら地球人を扱い、弄り、殺処分する……家畜と同じように」
星降は唖然としながら、崩れるように膝をついた。
ボルトギーゼのエネルギー球が圧縮されていく。
星降は立ち上がろうとせず、穴の空いた肩に手を触れる。
「あなたは――」
ぶちぶちと肉が千切れるような音と共に、星降の赤い眼光が輝きを増していく。
「――地球に居ちゃいけない生き物だっ!!!」
星降の絶叫と共に私の意識が飛んだ。




