心に触れて
どれくらい走っていたか分からなかった。だが先ほどの騒ぎが嘘のような静けさは、落ち着いて考える時間を与えてくれる。星降の手を握ったまま、巨大なコンテナ同士の隙間に身をひそめる。コンテナに寄りかかると、その冷たさが思考をクリアにしてくれた。
まずは敵戦力の分析だ。ボルトギーゼと彼が操る10人の改造人間に加えて、青い熱線を放つ円盤型の飛行物体が連中の戦力と言える。特にボルトギーゼは単身で凄まじい戦闘能力を持っているようだ。ゲルマ製の刃物や銃で歯が立たないなら、今すぐ用意できる兵器ではどうにもならない。その上、何か特殊な能力があるはずなのだ。
右目を手で覆い、コンタクト端末が録画していた映像を再生する。ボルトギーゼたちが侵入してきてからすぐ録画を再開したため、カナコが捕まる瞬間も捉えているはずだ。
動画の中で、カナコがインビジブル=マンの力で姿を消す。
その数秒後、ボルトギーゼの右目が赤く発光した。そこを中心にフラッシュのように赤い光が瞬く。するとカナコの姿がボルトギーゼの背後にはっきりと現れ、攻撃の姿勢が崩れていく。この映像を撮っている私の態勢も倒れるように前に傾いたが、すぐに戻っていた。
ボルトギーゼの眼が放つ赤い光を目にすると、ほんのわずかな時間だが意識を奪われる――それがカナコの透明化が破られたカラクリではないだろうか。
「レオルくん、どうしたらカナコちゃんを助けられるか――」
「何故、私に付いて来たのですか?」
「……え?」
「私が掴んで引いた手を、あなたは振り払うことが出来た。このまま逃げることこそ、あなたにとっての最善策のはずです」
「そんなの駄目だよ!!」
防犯用のライトが、星降の顔を照らす。その血走った目を見れば分かる。逃げる意志など彼女には毛頭無いのだ。
「あなたにとって私たちは、赤の他人どころか別種族です。それどころか――」
その先を言わせまいとするように、星降が首を振る。だが私は言い切った。
「――私たちは侵略者。この地球を乗っ取る者ですよ」
いくら超人的な身体能力があっても、彼女は地球人。そして私は地球人ではない。
私も、カナコも、星降にとっては外敵でしかないのだ。
「……確かに、レオルくんの地球侵略には、賛成できないよ」
「ならば――」
「カナコちゃんはね――」
セーフハウスでカナコが星降に耳打ちした内容を、私は打ち明けられた。にわかには信じがたい内容だった。
「だからきっと、レオルくんが地球を手に入れたい理由も同じだと思ったの。ただ、大切な誰かを救いたいだけなんだって」
「大切な、誰か?」
星降が、私の手をそっと取る。
「私たちは、別々の星で生まれた生き物だよ。でも――」
彼女の熱い手が、私の手のひらと重なった。
「同じ“心”が、あるんだよ」
不意に脳裏をよぎる。カナコとグラハム、ゲルマ星人たちの顔が。
そして目の前に立つ彼女。まだ互いに正体を知らないまま、休日を共に過ごした時のこと――星降と私は同じ物を食し、同じ花々を見て、同じ話題で時を過ごした。何故そんなことを回想したのか自分でも定かではない。
だが同時に、強く思う。
まだ、死ぬことは出来ない。
「……30秒だけ、時間をください」
思考しろ。
ボルトギーゼとて生物。凄まじく強いと言っても、不死ではないはずだ。
たった数分の邂逅から導き出すのだ。奴の倒し方を、私たちの戦う術を。
「……勝利の条件は2つ」
頷く星降に、私は言った。
「一つ目は、ボルトギーゼの思考と能力が、私の分析通りであること。そしてもう一つは、あなたが全面的に協力してくれることです」
「うん」
「私たちの戦いに巻き込んでしまって申し訳ありませんが――」
「違うよ。これは、私たちの戦い」
「……ふっ」
「ど、どうしたの?」
「いえ。見知らぬ惑星で暗躍している私よりも、一般市民のあなたの方が余程勇ましいと思いまして」
「……勇ましくなんて、ないよ」
星降の両腕が、私に回される。
「……ごめん。少しだけ、こうさせて」
服越しに伝わる彼女の体温が熱い。
「銃で撃たれるのも、腕を切られるのも、殴られるのも、痛くてたまらない。だから怖くて、怖くて……本当は逃げ出したい。でも――」
だがその熱さと相反するように、彼女の声は今にも消えてしまいそうだった。
「では一体何故――」
そこまで言って、彼女に問うのは止めにした。
こんな絶望的な状況で、私は少しだけ解読したのだ。星降の意志と強さの源――暴力とも策謀とも無縁だった、ただの地球人を突き動かす何か。その正体を。
「……星降さん。本来あなたは、こんな場所に居るべき人間ではなかった」
背後、そして前方から気配を感じ取る。
「今のままでは、怖くて当然です」
静かに迫る、ボルトギーゼのしもべたち。
それは戦いの足音。
「だから私が、あなたを強くします」
黒い彼女の髪に触れ、私は目を閉じた。
「あなたに、戦い方を授けます」
リ=メモリアを発動する。
その対象は、星降と、そして私自身だ。
「そこに居たか、つがいの実験動物ども」
ボルトギーゼが現れる。
「安心しろ。どちらも私の研究室で飼育してやる。同じケージに入れられるかは分からんがな」
ボルトギーゼの命令で、改造人間たちが一斉に駆け出した。
「……レオルくん。私、出来るかな」
「大丈夫です。あなたはもう、戦い方を知っているのですから」
彼女は、そっと私から離れた。
そして、覚悟をたたえた眼が私に向けられた。
「行ってきます」
強い風が、吹き抜けた。
それは地面を蹴った星降が起こした、空気のうねりだった。
次の瞬間には、迫る改造人間の胸に、星降の強烈な拳が叩き込まれていた。
改造人間は、重力に逆らって水平方向に飛んでいく。その行く先に立つボルトギーゼはゴミを払うように改造人間を弾き飛ばすが、その余裕の表情はかすかに揺らいでいた。
「……奴隷ども。身体が壊れるまで戦え」
改造人間たちが一斉に、星降に襲いかかる。まず彼女は、一人のタックルを両手で受け止め、そこから背負い投げの要領で地面に沈める。矢継ぎ早に来る二人に対しては、回し蹴りで一度にコンテナの側面にねじ込んだ。
今度は3人がかり同時の襲撃。それを彼女は高く飛び上がってかわし、コンテナの上から眼下のボルトギーゼを見据えた。
「もう一度聞きます。私の家族は、どこですか」
「私を――」
ボルトギーゼの姿が消える。
「――見下すことは許さん!!」
一瞬で星降の眼前に移動するボルトギーゼ。その手刀が星降に振り下ろされる。
その腕を、星降の右手が掴んだ。
「答えて!!」
「言ったであろう!処分したと!」
ボルトギーゼの蹴りが星降の腹にめり込む。彼女の身体は大きく飛ばされたが、空中で体勢を立て直して近くのトラックの上に難なく降り立った。
「ゲルマ星人……貴様が“それ”に、戦い方を教えたのか?」
私のリ=メモリアは、記憶を操る力だ。その対象にはもちろん、私自身の記憶も含まれる。
私の記憶――母星で長年訓練してきた格闘術の記憶を私から “取り出し”、星降の記憶に “書き込む”。それによって彼女は戦闘時の身構えや効率的な格闘フォーム、受け身の取り方、攻撃のかわし方等、私が訓練で学んだことを既に知っている状態となった。
そしてボルトギーゼの改造によって得られた怪力や反射神経と合わさったことで、驚異的な戦闘能力を手に入れたのだ。皮肉ではあるが、非力な私よりも、よほど私の学びを有効活用してくれている。
「どんなからくりか知らぬが、まぁ良い!ますます我が奴隷として役に立ちそうだ!」
「……お願いがあります」
コンテナや重機を飛び石のようにして戻ってきた星降が、私の前に立つ。
「そこに居る皆さんを解放して、宇宙に帰ってもらえませんか?」
星降の正面に戻ってきたボルトギーゼは、嘲る様に鼻を鳴らすだけだった。
「もうこれ以上、地球の人に手を出さないで」
「それは無理な話だな」
再び立ち上がる改造人間たち。彼らには、星降ほどの再生能力は無かった。彼女の攻撃は致命傷にはなっていないが、外傷はある。腕があらぬ方向に曲がっている者も居る。それでも彼らは立ち上がる。ボルトギーゼがそう操れば、彼らは何度でも動くのだ。
「星降さん!奴と会話しても無駄です。戦って、勝つしかない」
「でも――」
「奴はあなたの家族を殺しました。今奴を殺さなければ、犠牲者は増えます」
星降は呼吸が止まったように硬直した。やがて拳を固め、私に背を向ける。
わずかな時間の中で、彼女は何を考えたのか知る由もない。だが、かすかに見えた彼女の瞳は、燃えるような赤い輝きを発していた――錯覚だろうが、そう見えた。




