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高校生からはじめる地球侵略  作者: 佐馴 論
第5章 はじまりの宇宙人
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心に触れて

 

 どれくらい走っていたか分からなかった。だが先ほどの騒ぎが嘘のような静けさは、落ち着いて考える時間を与えてくれる。星降の手を握ったまま、巨大なコンテナ同士の隙間に身をひそめる。コンテナに寄りかかると、その冷たさが思考をクリアにしてくれた。

 まずは敵戦力の分析だ。ボルトギーゼと彼が操る10人の改造人間に加えて、青い熱線を放つ円盤型の飛行物体が連中の戦力と言える。特にボルトギーゼは単身で凄まじい戦闘能力を持っているようだ。ゲルマ製の刃物や銃で歯が立たないなら、今すぐ用意できる兵器ではどうにもならない。その上、何か特殊な能力があるはずなのだ。

 右目を手で覆い、コンタクト端末が録画していた映像を再生する。ボルトギーゼたちが侵入してきてからすぐ録画を再開したため、カナコが捕まる瞬間も捉えているはずだ。

動画の中で、カナコがインビジブル=マンの力で姿を消す。

 その数秒後、ボルトギーゼの右目が赤く発光した。そこを中心にフラッシュのように赤い光が瞬く。するとカナコの姿がボルトギーゼの背後にはっきりと現れ、攻撃の姿勢が崩れていく。この映像を撮っている私の態勢も倒れるように前に傾いたが、すぐに戻っていた。

 ボルトギーゼの眼が放つ赤い光を目にすると、ほんのわずかな時間だが意識を奪われる――それがカナコの透明化が破られたカラクリではないだろうか。


「レオルくん、どうしたらカナコちゃんを助けられるか――」

「何故、私に付いて来たのですか?」

「……え?」

「私が掴んで引いた手を、あなたは振り払うことが出来た。このまま逃げることこそ、あなたにとっての最善策のはずです」

「そんなの駄目だよ!!」


 防犯用のライトが、星降の顔を照らす。その血走った目を見れば分かる。逃げる意志など彼女には毛頭無いのだ。


「あなたにとって私たちは、赤の他人どころか別種族です。それどころか――」


 その先を言わせまいとするように、星降が首を振る。だが私は言い切った。


「――私たちは侵略者。この地球を乗っ取る者ですよ」


 いくら超人的な身体能力があっても、彼女は地球人。そして私は地球人ではない。

 私も、カナコも、星降にとっては外敵でしかないのだ。


「……確かに、レオルくんの地球侵略には、賛成できないよ」

「ならば――」

「カナコちゃんはね――」


 セーフハウスでカナコが星降に耳打ちした内容を、私は打ち明けられた。にわかには信じがたい内容だった。


「だからきっと、レオルくんが地球を手に入れたい理由も同じだと思ったの。ただ、大切な誰かを救いたいだけなんだって」

「大切な、誰か?」


 星降が、私の手をそっと取る。


「私たちは、別々の星で生まれた生き物だよ。でも――」


 彼女の熱い手が、私の手のひらと重なった。


「同じ“心”が、あるんだよ」


 不意に脳裏をよぎる。カナコとグラハム、ゲルマ星人たちの顔が。

 そして目の前に立つ彼女。まだ互いに正体を知らないまま、休日を共に過ごした時のこと――星降と私は同じ物を食し、同じ花々を見て、同じ話題で時を過ごした。何故そんなことを回想したのか自分でも定かではない。

 だが同時に、強く思う。

 まだ、死ぬことは出来ない。


「……30秒だけ、時間をください」


 思考しろ。

 ボルトギーゼとて生物。凄まじく強いと言っても、不死ではないはずだ。

 たった数分の邂逅から導き出すのだ。奴の倒し方を、私たちの戦う術を。


「……勝利の条件は2つ」


 頷く星降に、私は言った。


「一つ目は、ボルトギーゼの思考と能力が、私の分析通りであること。そしてもう一つは、あなたが全面的に協力してくれることです」

「うん」

「私たちの戦いに巻き込んでしまって申し訳ありませんが――」

「違うよ。これは、私たちの戦い」

「……ふっ」

「ど、どうしたの?」

「いえ。見知らぬ惑星で暗躍している私よりも、一般市民のあなたの方が余程勇ましいと思いまして」

「……勇ましくなんて、ないよ」


 星降の両腕が、私に回される。


「……ごめん。少しだけ、こうさせて」


 服越しに伝わる彼女の体温が熱い。


「銃で撃たれるのも、腕を切られるのも、殴られるのも、痛くてたまらない。だから怖くて、怖くて……本当は逃げ出したい。でも――」


 だがその熱さと相反するように、彼女の声は今にも消えてしまいそうだった。


「では一体何故――」


 そこまで言って、彼女に問うのは止めにした。

 こんな絶望的な状況で、私は少しだけ解読したのだ。星降の意志と強さの源――暴力とも策謀とも無縁だった、ただの地球人を突き動かす何か。その正体を。


「……星降さん。本来あなたは、こんな場所に居るべき人間ではなかった」


 背後、そして前方から気配を感じ取る。


「今のままでは、怖くて当然です」


 静かに迫る、ボルトギーゼのしもべたち。

 それは戦いの足音。


「だから私が、あなたを強くします」


 黒い彼女の髪に触れ、私は目を閉じた。


「あなたに、戦い方を授けます」


 リ=メモリアを発動する。

 その対象は、星降と、()()()()()()()。 


「そこに居たか、つがいの実験動物ども」


 ボルトギーゼが現れる。


「安心しろ。どちらも私の研究室で飼育してやる。同じケージに入れられるかは分からんがな」


 ボルトギーゼの命令で、改造人間たちが一斉に駆け出した。


「……レオルくん。私、出来るかな」

「大丈夫です。あなたはもう、戦い方を知っているのですから」


 彼女は、そっと私から離れた。

 そして、覚悟をたたえた眼が私に向けられた。


「行ってきます」


 強い風が、吹き抜けた。

 それは地面を蹴った星降が起こした、空気のうねりだった。

 次の瞬間には、迫る改造人間の胸に、星降の強烈な拳が叩き込まれていた。

 改造人間は、重力に逆らって水平方向に飛んでいく。その行く先に立つボルトギーゼはゴミを払うように改造人間を弾き飛ばすが、その余裕の表情はかすかに揺らいでいた。


「……奴隷ども。身体が壊れるまで戦え」


 改造人間たちが一斉に、星降に襲いかかる。まず彼女は、一人のタックルを両手で受け止め、そこから背負い投げの要領で地面に沈める。矢継ぎ早に来る二人に対しては、回し蹴りで一度にコンテナの側面にねじ込んだ。

 今度は3人がかり同時の襲撃。それを彼女は高く飛び上がってかわし、コンテナの上から眼下のボルトギーゼを見据えた。


「もう一度聞きます。私の家族は、どこですか」

「私を――」


 ボルトギーゼの姿が消える。


「――見下すことは許さん!!」


 一瞬で星降の眼前に移動するボルトギーゼ。その手刀が星降に振り下ろされる。

 その腕を、星降の右手が掴んだ。


「答えて!!」

「言ったであろう!処分したと!」


 ボルトギーゼの蹴りが星降の腹にめり込む。彼女の身体は大きく飛ばされたが、空中で体勢を立て直して近くのトラックの上に難なく降り立った。


「ゲルマ星人……貴様が“それ”に、戦い方を教えたのか?」


 私のリ=メモリアは、記憶を操る力だ。その対象にはもちろん、私自身の記憶も含まれる。

 私の記憶――母星で長年訓練してきた格闘術の記憶を私から “取り出し”、星降の記憶に “書き込む”。それによって彼女は戦闘時の身構えや効率的な格闘フォーム、受け身の取り方、攻撃のかわし方等、私が訓練で学んだことを既に知っている状態となった。

 そしてボルトギーゼの改造によって得られた怪力や反射神経と合わさったことで、驚異的な戦闘能力を手に入れたのだ。皮肉ではあるが、非力な私よりも、よほど私の学びを有効活用してくれている。


「どんなからくりか知らぬが、まぁ良い!ますます我が奴隷として役に立ちそうだ!」

「……お願いがあります」


 コンテナや重機を飛び石のようにして戻ってきた星降が、私の前に立つ。


「そこに居る皆さんを解放して、宇宙に帰ってもらえませんか?」


 星降の正面に戻ってきたボルトギーゼは、嘲る様に鼻を鳴らすだけだった。


「もうこれ以上、地球の人に手を出さないで」

「それは無理な話だな」


 再び立ち上がる改造人間たち。彼らには、星降ほどの再生能力は無かった。彼女の攻撃は致命傷にはなっていないが、外傷はある。腕があらぬ方向に曲がっている者も居る。それでも彼らは立ち上がる。ボルトギーゼがそう操れば、彼らは何度でも動くのだ。


「星降さん!奴と会話しても無駄です。戦って、勝つしかない」

「でも――」

「奴はあなたの家族を殺しました。今奴を殺さなければ、犠牲者は増えます」


 星降は呼吸が止まったように硬直した。やがて拳を固め、私に背を向ける。

 わずかな時間の中で、彼女は何を考えたのか知る由もない。だが、かすかに見えた彼女の瞳は、燃えるような赤い輝きを発していた――錯覚だろうが、そう見えた。



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