その名は、ラティーナ人
倉庫の天井に空いた大穴。そこから降り注ぐ青い光。
その中をゆっくりと、異形の影が降りて来る。
「視界が悪いな……奴隷ども“あれ”を探せ」
炎と煙で、私からは何も見えなかった。だが、その向こう側から放たれる声は、ゼニスが手に入れた音声記録にあったものと寸分違わない。
つまり、星降を探していた宇宙人が、ここに現れたのだ。
だがその事実に対する衝撃以上に、私の思考は一つの疑問に埋め尽くされていた――何故奴は、この場所に星降が居ることを知りえたのだ?
「傷つけることは許さん。丁重に私の前に持って来るのだ」
その尊大な口調によって、私は目の前の状況に意識を戻される。ばたばたと行き来する、複数の足音。何人かで徒党を組んでいるようだ。
「……レオルさま、数歩後ろに」
ゼニスを捨て置いたまま、私たちは近くの資材置き場の陰に退いた。
高熱で溶かされた天井から、火の手がどんどん倉庫内を回っていく。しかし脱出ルートは煙と炎、そしてUFOから降りてきた宇宙人の向こう側だ。炎の赤に照らされて明るくなった倉庫の中で、私たちは動くことが出来なかった。
「……換気が必要だな」
衝撃音と共に、倉庫の壁が何らかの方法で破壊されたようだ。その瞬間に空気の流れが起こって、煙が徐々に晴れていく。そしてはっきりと、その宇宙人の姿が私の目に映った。
人と同じ形――四肢を持ち、大きさもさほど私たちと変わらない。だが、額から稲妻の形をして前方に突き出る2本の頭角、真っ白い長髪、そして漆黒と深紅に彩られたその眼が、彼の異形さを物語っている。
眼と同じ深紅のマントをなびかせながら、彼は星降のもとに近づいた。
「“これ”を捕まえておけ」
彼が率いていたのは、見た目は地球人と違わない10人の男女だった。しかしその服装は珍妙で、男女の衣服が組み合わせばらばらで身に着けられている。地球の服飾文化を知らない人物が適当に着せてみた、といった具合だ。彼らの内2人は、乱暴に星降の腕を引っ張って立たせていた。
「まずはテストだ」
2本角の宇宙人は、恐怖に震える星降の肩から腕に慎重に触れている。そして彼の指示で、星降の右腕が無理やり挙げられる。
次の瞬間、宇宙人の手刀によって右腕が断ち切られた。
「うああぁぁ!!!」
叫び、血の飛沫。
分断された腕は炎の中に飛ばされ、肉の焼ける臭いがこちらまでやって来る。
だがほぼ同時に、星降の腕はあっという間に再生していく。骨、筋肉、皮膚と見る見るうちに形成されていき、傷一つない綺麗な白い腕に戻ったのだ。
「やはり改造は成功か。我々『ラティーナ』の力を、ここに造り出したぞ!!」
しかし彼の喜びは束の間。その紅い眼は私とカナコの方に向けられている。
「……そこに隠れている2人、出て来るがよい」
抵抗しても無駄だろう。カナコと二人で物陰から出て、宇宙人たちの見える場所に立つ。身構えたが、攻撃してくる気配は無かった。
「地球人の仲間か?“これ”をここまで連れて来てくれたのだな?」
「……『ラティーナ』というのが、あなたの名前ですか」
「我々は自らの種をそう呼ぶ。もっとも、私個人には『ボルトギーゼ』という名があるがな」
奴との会話は滞りない。目の前の宇宙人に、高い知性があることは間違いない。
「……先ほど改造と言っていましたが、そこらの地球人も、あなたがいじくり回したようですね」
「その通り。私の命令に何でも従う便利な人形だ。しかし……成功例は“これ”だけだ」
彼は、へたり込んで動かない星降の頭を乱暴に掴んだ。
「10年実験したが、成功例は “これ”だけだ。取り逃がしたせいで無駄に時間を費やしたが、今から徹底的に調べれば改造方法を確立できる」
「その先は?」
「90億の奴隷、いや一大軍勢を作り上げる。それがラティーナの侵略なのだ」
その時、星降の肩がぴくりと動いた。
「あなたが……私の家族を連れて行ったの?」
「実験動物が、私に質問をするか」
「答えて!私の家族はどこ!?」
「カゾク?その単語は分からぬが、貴様と一緒に地球人3匹を持って行った記憶はある」
「っ!!」
星降が立ち上がり、ボルトギーゼに掴みかかろうと迫った。
「処分したか、まだ飼育中だったか……何せ、地球人はどれも同じように見えるからな。いちいち見分けが――」
「返して!みんなを返し――」
「うるさいぞ」
ボルトギーゼの指が、星降の口に突っ込まれる。彼女が苦しげに嗚咽を漏らす。
「実験動物に、私と対等に話す権利など、無い」
ボルトギーゼの表情が歪む。彼の右腕が振るわれ、星降が無残に吹き飛ばされる。先ほどまで私たちが隠れていた資材置き場に、彼女の身体が凄まじい勢いで突っ込んだ。
「統制装置を埋め込む。これ以上わめかれると耳障りだ」
彼がマントの内側から取り出したのは、ペンシル型の物体だった。
資材を押しのけて立ち上がった星降は、充血させた目でボルトギーゼを睨みつける。そこには普段の温厚さなど毛ほども無かった。
あのペンシルが何か分からないが、星降を近づけるのを止めねば――
「私がやります」
私の考えを察したのか、カナコが動く。
「星降舞依。レオルさまを連れて逃げて下さい」
「ゲルマ星人……よもや私の邪魔をしようとは考えていまいな?」
ボルトギーゼはなおも余裕の表情だった。しかし、カナコがインビジブル=マンを発動して不可視となった時には、わずかに警戒の構えを取った。
「面白い!解剖のし甲斐がありそうだ!」
彼を中心に、改造人間たちが輪になってカナコを探し始めた。
その隙に私は、星降の手を握った。
「星降さん。カナコが隙を作る間に逃げ――」
――何だ?何が起きた?
突然、目の前が真っ暗になった。
だが本当に一瞬だけだ。私は先と同様に星降の手を握ったままだ。
それにも関わらず、ボルトギーゼの方を見ると状況が一変している。透明ではなくなったカナコが、ボルトギーゼに首を絞められて苦しげに足をばたつかせているのだ。
まるで私の時間だけが止まったかのような……いや、そんな非現実的な話があるはずがない。
「ぐっ……あぁっ!!」
カナコがアーミーナイフを逆手に握り、ボルトギーゼの腕に突き立てる。ゲルマ星人の技術によって金属すら切断できるナイフだった。
だが、その銀に輝く鋭利な刃はボルトギーゼの皮膚に刺さることなく、粉々に砕け散った。
「そんな棒切れじゃ、私は殺せぬ」
カナコは苦痛に顔を歪ませながら、拳銃でボルトギーゼを撃つ。しかし顔面に向けて撃ち出された弾丸は、奴の手の平でいとも簡単に防がれてしまった。
圧倒的な身体能力の差だ。ボルトギーゼと正面から戦っても勝てる見込みは無い。
それに、一瞬の意識が飛んだのも奴の能力ではないのか?
「そうだ、貴様らゲルマ星人も改造してやろう。奇怪な能力とラティーナの掛け合わせで面白いものが造れるかもしれん」
「れ、お……さ、ま」
血の気が引いた必死の形相で、カナコが私に合図を送る。
私は頷き、動く。
私が思い切り星降の腕を引くのと同時に、カナコの手から落ちた手榴弾が爆発する。白い煙幕が一気に膨らみ、視界が真っ白になった。
そして星降の腕を無理やり引っ張る。カナコに託されていた手榴弾で一番近くの壁を破壊し、外に出る。夜の湿った空気が、身体にまとわりついてきた。
「カナコちゃんは――」
「振り返らないで下さい!」
星降の手を力いっぱい握り、ただ走り続けた。
一度だけ、私は振り返る。
燃える倉庫の上に浮かぶ円盤――宇宙船――UFO。
立ち向かうべき強大な敵に背を向け、私たちは夜の倉庫街を走り抜けていった。




