レオル=マクニールの秘密
「結果的に……私は、カナコとグラハムの父親を殺したことになります」
息を呑む星降に対し、私は続けた。
「地球侵略の方法を巡って私と対立したのが、カナコ達の父親であるメルシエ大臣でした。彼は軍事力で地球人を絶滅させる“武力侵略”を主張した指導者でした」
「でも、昨日聞いた話では……」
「私は武力ではなく、一部の地球権力者を操ることで地球を侵略すべきと考えています。戦争は、より多くの同胞が命の危険にさらされます。地球の環境にも良くはないでしょう。最終的に、同胞たちは理解してくれました」
その結果が、メルシエ大臣の死だった。
「暗殺は、私に首謀者としての濡れ衣を着せる謀略でした。犯人はおそらく武力派の手の者でしょうが、私に指示されたという捏造の証拠を残して死んでいました。結局、私は有罪とされて10年間投獄されました」
「だったら、マクニールくんが殺したなんて、全然違う」
「私が計画遂行を諦めていれば、大臣が死ぬことは無かったのも事実です。ですから『結果的に私が殺した』と言ったのです」
私は再びカップに手を伸ばす。同時に、星降もカップを顔に近づけていた。
「……やっぱり、レオルくんは何も悪くないよ」
垂れた黒髪を耳にかけ、カップに口を付ける。一口飲み終えてから、彼女はほっと溜息をついていた。
「って、ご、ごめん!カナコちゃんが名前で呼んでるから、つられちゃって……」
「どうぞ呼び方はお好きに。こだわりません」
「う、うん」
恥じ入る様に自分の両頬に触れる星降。その後ややあってから、私をじっと見つめてきた。
「ごめんなさい。私、レオルくんを誤解してた」
「誤解?」
「レオルくんはただ、故郷の人たちを救いたかったんだよね?なのに心が無いだなんて、酷いこと言った」
「……ココロという言葉の意味を先ほど調べました。おそらく、あなたの言ったことは正しい」
私が自分の頭を指で突いた仕草を、星降は不可解そうに眺めている。
「ゲルマ星人は皆、生まれながらに脳を手術、改造しているのです。これは『ロジカライズ』と呼ばれています」
「合理化、って意味?」
「元々は知性の成長を早めるためでした。生後すぐ改造することで、3歳程であなたと同程度の言語能力や数学理論を解する能力を得ることが出来ます」
「3歳って……え、レオルくんって、一体いくつなの?」
「身体の成長はそのままですから、あなたと変わりません」
「そっか……じゃあ、7歳から捕まってたってこと……」
「そうです。ゲルマ星には10歳で政治家になる者も居ますよ」
少し話が逸れたが、私はロジカライズの説明を続けることにした。
脳改造は知性を高めるどころか、思考性そのものを合理的にするため、その妨げになる感情を捨て去るに至った。愛情や余計な自尊心、快楽を求める心理、審美性やユーモア――それらの源となる器官やホルモン、シナプスを除去、抑制することでロジカライズは完成する。
「……それで、心が無いって言うの?」
「そうです。我々はロジカライズによって、同胞同士の無用な争いを克服し、協力し合うことで様々な革新的技術を生み出しました。全ては種の生存のため。そのためなら、わずかな同胞の死も厭わない。それが私たちゲルマ星人なのです」
「そんなの駄目だよ!」
気色ばんだ表情で、彼女はそう言った。
「大事なものを失ってでもやらないといけないことなんて、無いと思う」
「ゲルマの在り方は、今さら変わりません。あなたが怒りを覚える必要は無いでしょう」
「……でもさっき、カナコちゃんに言われたから」
「何と?」
「万が一の時は、レオルくんだけでも助けてほしいって言われた」
カナコらしからぬ物言いだった。
「大事な人を失う悲しみは……誰にも味わってほしくないよ」
大事な人?
「レオルくんにも、悲しんでほしくない」
悲しい?誰かを失って私が悲しむだと?
「だから私は、戦う」
星降が、何かを決意した眼差しで言った。
「愛子ちゃんも、カナコちゃんも、レオルくんもみんな。私が守る」
一瞬言葉を失ったが、私は我に返って一言だけ返した。
「……邪魔さえしなければ、何でもどうぞ」
「せっかく強い身体だから、何でもするよ」
彼女の笑顔を、一瞬だが心強いと感じてしまった私。
この地球人の少女が時折見せる“強さ”の正体は、一体何なのだろうか。
―――
―――――
―――――――そして14時間後、私とカナコ、そして星降はセーフハウスを後にする。
「待ってよ!」
アパートの前でワンボックスカーに乗ろうとする私たちを、美浦愛子が大声で呼び止めた。
「舞依!マクニールたちと何か話してたみたいだけど……何で私には相談してくれないわけ?」
「……ごめん」
星降が車からを降りるのを、私もカナコも止めなかった。
「舞依さ、昨日言ったよね?マクニールもカナコちゃんも、悪い人じゃないって。だからって、舞依一人連れて行こうとするのを、私が放っておくわけ無いじゃん!」
「……心配して、くれるんだね」
「怪我が治るからって何?舞依は普通の女の子なんだよ!分かってるでしょ、マクニール!!」
星降が一度振り返り、私に目配せしてくる。それに従い、一度車を降りた。
「愛子ちゃん。こんな私と友達でいてくれて、本当にありがとう。愛子ちゃんが居なかったら私、多分生きてこれなかった」
「ちょ、ちょっと……そんな言い方、止めてよっ!!」
美浦が星降を抱きしめる。背中に回された両腕は、指が服に食い込むくらいに力強かった
だが星降の両腕は、動かなかった。
私は美浦の後頭部に触れた。リ=メモリアによって美浦の意識は奪われ、その場にだらりと姿勢が崩れた。
「学園襲撃から今までのこと、美浦さんは全て忘れることになります」
星降は、意識の無い美浦の手を取り、小指どうしを絡ませた。
「……愛子ちゃん。また明日、会いに行くね。約束、だよ」
星降はそれだけ言って、再び車に乗り込んだ。




