合衆国宣戦布告
始めてご評価いただきました!ありがとうございます!連載継続の励みになります……!
アメリカ合衆国から日本国への宣戦布告。
午前9時、合衆国国務省に潜入している同胞からもたらされた情報である。
それを後追いする形で、マスコミの報道を通して一般民衆も知ることとなった。日本政府がとある国際的テロ計画の捜査を妨害しており、早急に合衆国に協力しなければ制裁を下すというのが大筋のストーリーである。(ちなみにこれらの情報は、合衆国大統領がSNS上で発言した内容である)
「レオルさま、こちらを」
急遽セーフハウスに戻ってきたカナコが、私のコンタクト端末に画像を送信してきた。北海道沿岸からロシア、福岡県沿岸から中国への脱出ルートが示されている。
「これに加えて福島県沖から潜水艦を使って海洋に出るルートも用意しています。いずれも出国を悟られず、日本からすればその後の追跡が難しいはずです」
「脱出はしません。合衆国、いや裏で糸を引いているBLUEとゼニスの狙いは、私たちが焦って動きだすことです。私たちにこれ以上引き籠らせないために」
「……では、どうする気ですか」
「ゼニスと接触します。彼も歓迎してくれるでしょう」
私のコンタクト端末に映るウィンドウを、カナコと共有する。それは星降の個人メールサーバーである。
「不正アクセスしてみたところ、一通のメールが届いていました。送り主はもちろん――」
――ゼニスだ。送信元解析不能のアドレスから送られたメールには、とある電話番号だけが記されていた。
「それは罠です。彼の狙いは私たちのあぶり出しです」
「ゼニスは、私たちを捕まえるか殺すまで止まりません。本当に合衆国の攻撃が始まれば、私たちが手中に収める前に日本国は滅びるでしょう。ならば早急にゼニスと交渉し、合衆国を制止させなければ」
「奴に居場所を知られれば、どんな攻撃にさらされるか……ミサイルでも使われたら、我々は死にます」
「戦争も爆撃も、彼の本意ではない」
ゼニスの講じられる手段には制限がある。それは確かなのだ。
「地球人、それに私たちゲルマ星人にも共通の認識……それは、他人を認めさせるには証拠が必要だということです」
ゼニスの危惧は、大きく二つある。
一つ目は、とにかくこちらが逃げて時間が経過することだ。ゼニスは組織に属する者だから、いつまでも結果が出せなければ責任を追及されてしまうはずだ。
二つ目は、殺してしまった私や星降が宇宙人だという証拠が上がらないことだ。例えば私たちが爆撃で消し炭になれば、彼は自分が何を追っていたのか証明できない。確かに星降の再生能力ならばどんな攻撃を受けても生き延びるかもしれないが、そんな確証を持つことは今のゼニスには出来ない。
「短期決戦、かつ確実に私たちの身体を確保できる方法しか、奴は取れません。ならばこちらの戦力で充分対応できます」
「そこまでして、彼と会う理由は――」
カナコは「まさか」とだけ言いこぼし、私の右手を凝視していた。
「奴は必ず私の前に立つことになります――星降舞依を差し出す、そう言えば必ず」
****************************
16時。アメリカ合衆国大統領の宣戦布告発言と、日本警察の始動から7時間が経過していた。霞が関の警察庁庁舎の一室で、ゼニスは待っていた。目の前のデスクに置いたスマートフォンを前に、彼はもう何杯目か分からないぐらいの珈琲を飲み干した。
彼が紙コップを置こうとしたその時、スマートフォンが振動する。彼は紙コップを投げ捨てて電話に出た。
『こちらは星降舞依を確保している者です。交渉しましょう、ゼニス。場合によっては星降を渡しても良い』
「ふひっ。案外話が早いじゃないか。頭は回るようだ」
『時間と場所はこちらが指定します。戦闘部隊や武器の持ち込みは禁じます。もちろんこちらも、単独で臨みますよ』
「条件提示など、図々しいこと極まりないねェ。こちらが本気を出せば、君たちの居場所などすぐに分かるのだよ?」
『はったりはよしましょう。あなたには時間が無い。条件を飲めないなら、こちらはいくらでも逃げられます。果ては、宇宙までも』
ゼニスは空いた左手を、これでもかという力で握りしめた。
確かに彼には、残された時間は少なかった。これほどBLUEの職権を振るった以上、成果が無いでは済まされない。BLUEへ資金提供する企業や個人、各国情報機関の上層部とった面々で構成された意思決定機関『BLUE最高評議会』は、エージェントの失敗を許さないのだ。
「……良いだろう」
『感謝します。時刻と場所はメールで送ります』
通話が切られるとともに、ゼニスのスマートフォンにメールが届く。東京湾に面した倉庫が交渉の場として指定されていた。彼はすぐに警察庁公安部長を呼びつける。顔の青ざめたスーツ姿の彼と共に、迷彩服姿の屈強な男が現れた。
「自衛隊統合幕僚長の西村だ」
「ターゲットが接触場所を指定してきたんだ。包囲作戦の立案を頼むよ」
ゼニスの指示に、彼は黙って頷いた。
「殺しても良い。しかし、必ず原形を留めた状態で確保してくれ。それができればいくら派手にやっても構わないよ」
「すぐに指揮官を任命する。しかし……言っておくことがある」
幕僚長が、ゼニスの肩を掴む。彼が顔をしかめるばかりの力と、威圧感だった。
「国民に危害が出ないこと……これは我々にとって絶対の原則だ。それをお忘れなきよう」
「下らない、と言いたいところだが、ともかく任せるとしよう。ターゲットを確保出来れば、何でも良いんだからねェ」
「それともう一つ」
西村幕僚長が会議室を出る間際、振り返った。
「万が一責任を取ることになれば、国民を危険に晒した貴様一人だと思うなよ。BLUEという組織丸ごと、思い知らせてやる。これは自衛隊の総意だ」
静かに扉が閉められる。ゼニスは口の端を曲げて、肩をすくめていた。彼と共に部屋に残った公安部長は、安堵したように息をついた。
「いくらBLUEが一国の指導者を操れるとしても……そのやり方を気に入らない機関はいくらでもあります。各国軍部など、その代表ですよ。自衛隊だって、その怒りは相当です」
「安心したまえ。宇宙人を仕留められれば、私も君も英雄だよ」
部長が出て行ってから、ゼニスは気づいた。握りしめていた左の掌に、血が滲んでいる。自分の爪が食い込んでいたのだ。
それは、彼が内に秘める感情――宇宙人への憎しみ――の表れだった。
――これ以上、人間世界を揺るがすことは、許せない。
****************************




