決裂
私が語り始めた滅びゆくゲルマ星――その行く末を案じるかのように、彼女は同情の意を示していた。だが同時に彼女は問うてきた。
地球侵略とはすなわち、戦争なのか、と。
「違います。言ってみれば、ギブアンドテイクの関係を構築するようなものです。ゲルマの高度な科学技術の提供と引き換えに、ゲルマの居住権を認めてもらうのです」
「宇宙船の作り方とか、便利な道具とか?」
「もっと地球人の生存に関わる技術です。我々の試算では、地球人の行き過ぎた活動は近いうち、この星とその上の全生命を破滅に追いやるでしょう。しかしゲルマの科学は地球に比べて100年単位で先行していますから、その未来から救うことが出来ます。例えば環境保全技術、より効率的でクリーンなエネルギー、高度な医療。どれも地球のメリットになるはずです」
「じゃあ……どうして“侵略”なんて言い方を?」
「地球と地球人の支配権、いや“管理権”を、我々に委ねてもらうからです」
「管理?」
「ええ。環境に悪影響なものは全て我々が改善させます。例えば戦争。その原因になる富の独占や民族対立は、それを煽る少数の地球人を排除すれば簡単に解決できます。既にそのプランは立てていますから」
「……それだけじゃ、無いよね?」
「ええ。現在最も解決すべきは、資源に対する過剰人口です。資源節約のために一人一人の生活水準を落すと反発を生みますから、個体数を適切化する必要があります」
それまで穏やかに耳を傾けていた星降の眼が鋭くなる。薄れかけていた緊張の空気が一気にこの場に戻ってきたようだが、私は意に介さず続けた。
「個体数を増やすことは手間ですが、減らすことは非常に簡単です。大規模な災害や事故を意図的に起こす、人工的に作り出した感染症を局所的に流行させる……もしくは、もっと緩やかな方法としては、一部の地球人から生殖能力を奪うといった――」
「あなたは……地球のために、地球人を殺すの?」
「それが種の生存に必要ならば、仕方の無いことです。考えてみて下さい。この惑星は政治的に不安定で、知識が乏しく、不潔極まりない場所に限って人口は膨れ上がっています。そこで失われる命がどれだけありますか?ゲルマ星人が居ようと居まいと、地球人は死ぬ。せめてその死をコントロールすることの、どこが間違っていますか?」
「そういうことじゃない!故意に人を殺して、その大切な人たちの幸せを踏みにじる権利なんて……誰にも無いよ!」
「何故、私たちが地球人の幸せを考慮してやらねばならないのです?」
「そ、それは……」
「幸せがどうのというのは、単なる感情論に過ぎません」
「分かってる。でもそんなの、誰も納得しないよ!」
「納得するかどうかは関係ありません。そもそも地球人は我々に管理されていることを自覚しない。知らぬうちに一人当たりの資源は増え、同時に地球環境は保全される。私たちゲルマの管理を受け入れれば、地球と地球人は救われる。私の提案は合理的ではありませんか?」
星降は、何度も首を横に振った。
「……ではこのような提案ならどうです?あなたと、そうですね……美浦さんの権利は最大限保証しましょう。公共の利益を損ねない範囲で特別扱いにしても良い」
「っ!」
星降は顔を真っ赤にしていた。その視線は、敵意むき出しで私に向けられている。
「……あなたには、心は無いの?」
「ココロ?」
「理由も分からないまま大切な人の命を奪われて……そんな悲しい思いをする人が沢山居るって分かって、自分だけ普通に暮らせると思う?」
「……私とあなたは、ここの作りがまるで違うようです」
私は自分のこめかみに、人差し指を当てた。
「私たちは、たとえ肉親や友人と呼ばれる人物が死んだとしても、何の感情も沸かないようにできているのです。カナコもグラハムも、ゲルマ星人は皆そうです。だから合理的な解答を導き出せる。今地球を救えるのは、ゲルマしか居ないのです」
彼女は、何か不気味なものを見るように、私の姿を捉えていた。
そしてすぐさま立ち上がり、部屋の扉に手をかけた。
「……私の勘違いだったみたい」
ドアノブが下ろされる。
「あなたは人の気持ちが分かる、温かい心を持った人だと思ってた……!」
閉ざされた部屋に、私は一人となった。
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「アメリカ大統領は理解が早かったよ。その反面、貴方がたは状況が分かっていないねェ」
午前8時の永田町、首相官邸。朝日の差し込む応接室に、ゼニスは居た。
長い机を挟んで向かい合うのは、日本国内閣総理大臣。彼は吹き出る汗を懸命にハンカチで拭いながら、怒りに震えていた。
「やってくれたな、BLUE。お前たちが米国を動かしたのだろう!」
彼が叩きつけた文書に並ぶ文字の羅列。公の文書特有の言い回しが多用されているが、意味するところはシンプルだった。
アメリカ合衆国は、日本に対する武力攻撃の用意がある――それが文書の主旨であった。
「星降舞依の身柄を引き渡さなければ攻撃するというのか?貴様らに操られた、かの国が!」
「そちらが怒るのは、見当違いだよ。元はと言えば、キミたちが星降舞依の事件、そして宇宙人の存在を隠したせいだろう?」
「もう十分、我々は責任を負った!宙海学園の件で死人が出て、マスコミが相当嗅ぎまわっているんだぞ!再来月の選挙は、もう勝てない……」
「マスコミだの、選挙だの、下らないねェ!!」
ゼニスは手元のグラスを投げつける。総理の顔すれすれを飛んだグラスは、彼の背後で音を立てて割れた。
「キミたちがしたことは、地球と人間に対する背信行為だ。湧いた蛆虫は、放っておけば地球に広がっていくのだよ。音も立てず、あっという間に!」
「だからと言って、ここまで話を大きくする必要があったか?!国と国とが、戦争一歩手前まで来ているんだぞ!」
「……政治家には分からないだろう」
ゼニスは足を組み、背もたれに身を預けた。
「BLUEの崇高な意思の前には、国家などという枠組みは些末なものなんだよ」
「狂信者め」
「ふひっ。地球のためなら喜んで狂うさ」
「……ただ狂っているのでは、無いだろうな?」
「もちろん。アメリカと日本に踊ってもらうのには、きちんと理由があるんだよ。良いかね?今この星を狙う宇宙人は、いわばスパイなのだよ。大規模戦争を仕掛ける準備工作、つまり敵を内側から切り崩そうとしているんだ。そういう者が一番恐れるのは何か、分かるかい?」
言いよどむ総理にかまわず、ゼニスが答える。
「目立つことだよ。彼らのような日陰者は、目立つのが大嫌いなんだ。だから事が大きくなる前に敵を黙らせなければと焦りだす」
「……我が国はどうすれば良い。星降舞依を探し出せば良いのか?」
「もはや星降舞依一人ではない。彼女に協力している宇宙人が居ることは確かだ。しかも連中は複数。本格的な地球侵略が、とっくに始まっているのだ」
総理は両手を机に突き、頭を下げた。
「……警察に自衛隊、全て動かす。星降舞依と協力者をすぐに見つける。だから大統領に繋いでくれ。かの国が敵に回ったら、この国は終わりだ」
「良いだろう。ミサイルのスイッチは今しばらく我慢するよう、私から言っておこう」
「……感謝する」
「なに、私だって人間同士の殺し合いはもうこりごりだ」
ゼニスは立ち上がって、応接室を足早に出て行く。廊下に待機していた総理秘書官の一礼にも応えず、無人の廊下を歩いていった。
――宇宙人は全て、抹殺だ。
ゼニスの脳裏に、血まみれの星降舞依の姿が浮かんでいた。
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