奇妙な関係
正体不明の地球人を前に、隠れ家内の空気が一瞬、張り詰めた。
「シャワー、ありがとうございました。今、愛子ちゃんが使ってます」
「身体に不調は?何もなければ、ここに残ってください」
星降を前にして、地球人モードにならず冷然とするカナコ。星降はカナコの豹変ぶりに言及するでもなく、首を縦に振るだけだった。
「取りあえず座んなよ。疲れたろ?」
対してグラハムは紳士然として振舞っていた。星降を気遣う様に、彼女の手にペットボトルの水を握らせる。
「テロリストは日本警察が制圧した。ここは安全だから、君も友達も安心して良いと思う」
「あの、スーツの男の人も、ですか?」
「残念だけど、あの男には逃げたよ。部下を盾にしてね」
「じゃあ、またあの人は――」
「それよりも、こっちは君に聞きたいことだらけなんだ。身の安全を保障する代わりに、質問に答えてもらうよ」
「出来る限り答えます。でもその前に教えて下さい。あなたたちは、普通の人間じゃない。そうですよね?」
星降の視線がグラハム、カナコ、そして私の順で向けられた。どんな回答を期待しているのか、すがる様な表情で私を見つめていた。
「随分気丈だねぇ。どうする?レオル」
私の目配せに、グラハムは「そうか」とだけ言って立ち上がった。
「じゃあ取りあえず、俺たちは何か食う物買ってくるか。な、カナコ?」
「私は残ります」
「ここはレオルに任せろ。今のお前、目つきが怖いぞ。星降ちゃんだって落ち着いて話せないだろ」
「怖くありません。これが普通です」
「じゃあ何か?レオルが女の子と2人っきりが許せないとか?」
「そんなわけないでしょう。ここには美浦愛子だって――」
「だったらレオルに任せろ。辺りの偵察も兼ねて、一度出ようぜ」
「……分かりました」
「久々の兄妹デートだな」
「気持ち悪い」
グラハムとカナコが部屋を出て行く。しばし沈黙のまま、私と星降は向かい合っていた。
「……座ってください」
「……うん」
彼女は部屋の端に座り、私は簡易デスクの机に腰を下ろす。
「先に言っておきますが、私の回答を聞けば……もうあなたは後戻り出来なくなりますよ?」
「助けてくれたことには、本当に感謝してる。でも……正体の分からない相手を、これ以上愛子ちゃんに近づけたくない」
「賢明なあなたにはきちんと話しましょう。私たちは、宇宙人です」
星降は何も反応せず、ややあってから大きな目をぱちくりさせた。
「私たちは自らを『ゲルマ』と呼称しています。それは私たちの言葉で“人間”を意味します」
「ちょ、ちょっと待って……頭が追いつかない」
「私もカナコも、この地球を侵略するためにやって来た宇宙人なのです」
彼女はペットボトルの水を一口飲み込む。やはり簡単には信用出来ないか――
「じゃあ、私のUFOの話を信じてくれたのは……」
「……」
「マクニールくん?」
「いえ、あなたの理解が早くて、少々驚いただけです。おっしゃる通り、あなたの話は最初から一考に値する内容でした。何せ自分たちこそ、地球に訪れた宇宙人の実例ですから」
「……だから、私に近づいた。そうだよね?」
「あなたが他の宇宙人と接触した可能性があったため、急遽あなたを調査した。しかし……」
星降はただの誘拐被害者ではなく、それどころか普通の地球人ですらなかったのだ。
「星降さん。あなたは何者ですか?」
「私は……」
「通常の地球人を遥かに凌駕する回復力、それにあなたの血液には地球外の物質が含まれていた。この理由は何ですか?」
「そんなこと……分からないよ」
「隠し事をしても無駄です。こちらにはあなたの秘密を暴く方法があります」
私は彼女に近づき、その頭に触れる。濡れてつややかな黒い髪が、私の指を包む。
「……何も、分からないの」
ぶるりと身体を震わせ、彼女は自分の両腕を抱いた。
「さらわれてからのこと、思い出せない。本当なの……」
上目遣いの瞳が私を捉える。私を騙し、信用を乞うような目ではない。純粋な戸惑いや恐怖が読み取れる。
私は、彼女の頭から手を引いた。
記憶が一度形成されたが思い出せない――そのケースなら、私のリ=メモリアで記憶を見ることが出来る。しかしそもそも記憶が無いのなら、彼女の身に起こったことを知ることは出来ない。そんな空振りに、たった一回のリ=メモリアは使うべきではない。
「星降さん。しばらくは私たちの指示の下、ここで生活してもらいます。美浦さんには、そうですね……私たちはアメリカ合衆国の警察機関とでも、適当に誤魔化しておいて下さい」
「あなたたちの正体は言わないよ。これ以上愛子ちゃんに、怖い思いはさせたくないから」
「自分の心配はしないのですか?捕まっていれば、あなたは酷い尋問や拷問、果ては人体実験の憂き目に遭っていたかもしれない」
「……」
「私が、そういう手段を取らないとも限らない」
「その時は、もう誰も巻き込まないでくれますか?」
「……良いでしょう」
私たちに協力すれば美浦やその他の地球人の安全を保証すると話すと、彼女は感謝の言葉と共に頭を下げた。
星降を隣の部屋に行かせてから、私は廊下のキッチン周辺を漁った。コンタクト端末を装着している私の視界には、隣の部屋の監視映像が映っている。浴室から戻った美浦と星降は何やら話し込んでいた。大して旨くもない缶コーヒーを片手に戻った時には、2人は抱き合うようにして眠っていた。
それから間もなく、グラハムとカナコが戻ってきた。
「何か聞き出せたか?」
「いえ。当時の記憶が無いのは、恐らく本当でしょう」
「そうか。俺は庁舎に戻るが、周辺警護はカナコが手配してくれてる。お前の身に何かあれば、すぐに来てくれる手はずだ」
「分かりました。ならばカナコは元の潜伏場所に――」
「いいえ、レオルさま。私はここに残ります」
「それはいけません。おそらく私一人の方が、星降も油断するでしょう。もし彼女が嘘をついているのならば、事実を吐かせます」
「……分かりました」
「決まりだな。じゃあ――」
グラハムは別れ際、私にコンビニの袋を差し出した。
「缶コーヒーは不味いだろ?もっとましなのを用意した」
当面の食料に加え、ドリップ式のコーヒーパックが入っていた。それと、もう一つ。
「疲れた時に煙草は効くぜ?」
「いけません、レオルさま。身体に毒です」
カナコが無理やり割り込んで、煙草のケースを取り上げてしまった。
「珈琲との相性が良いのによぉ」
「寿命を縮めるのは一人でご勝手に」
「ひ、酷い妹だ……」
「ほら、行きますよ」
彼らが出て行ってから、手早くシャワーを浴びる。頭を拭いながらリビングルームに戻ると、そこに星降が待ち受けていた。彼女は部屋の端に、頼りない様子で座り込んでいた。
「ごめん、眠れなくて」
目が酷く充血しているが、眠そうな気配は無かった。
「……色々なことがあったのに、普段と変わらないんだね。マクニールくんは」
「私は地球を侵略しに来たのです。多少物騒なことが起こる事は想定済みです」
「……怖く、ないの?」
星降は、自らの胸に手を当てた。
「私、普通の人間じゃないんだよ?どんな傷でも治っちゃうって、まるで……化け物だよ」
「私とて、あなたの言う人間ではありません。ですからあなたを怖がる道理はありません」
しばしきょとんとしていた星降だったが、急にこみ上げてきたように笑みをこぼしていた。
「……何か笑える要素がありましたか?」
「ううん。その……嬉しかっただけ」
今の会話にどんな喜びがあったのか、皆目見当が付かなかった。
「マクニールくんも、愛子ちゃんも、すごいよ。私が……その、あんな怪我してぴんぴんしてても、平然としてるんだから」
「美浦さんが驚かないのは、確かに意外ですね」
「ずっと前、私がUFOにさらわれたって騒いだ時も、愛子ちゃんだけは信じてくれた。舞依が言うなら、そうなんでしょって」
「なかなか骨のある女性ですね」
「そうだよね」
「私が地球人ではないと知って、普通に接しているあなたも大概ですが」
緊張感が和らいだところで、星降が一呼吸置いてから言った。
「……あのさ、マクニールくんたちは、どうして地球を侵略したいの?」
わずかの逡巡を経てから、私は母星の惨状について簡単に話すことにした。
そしてどうせなら、聞かせてみよう。
我々がいかにして、この地球を死の運命から救おうとしているかを。




