逃亡
1か月近く更新せず申し訳ございません……!更新ペースは以前のように戻します!!
「忌々しいぃぃ!!」
ゼニスの狂ったような叫び声で、私は否応無しに現実に引き戻された。
「人間をさらう、人間の振りをする、勝手に地球に住みつく……本当に忌々しいな!!貴様ら宇宙人は!!」
もう二度と動かない星降。彼女の腹部を、ゼニスは革靴で踏みにじった。更に左手の拳銃で星降の身体を何度も撃ち抜いた。衝撃で揺れる彼女の身体は、もはや生の無い人形のようだった。
「この星は我々人間のものだ!!それを横取りしようと湧き出る貴様らは、蛆虫だ!!」
彼の不敵な態度は完全に消え去った。激情に身を任せ、ゼニスは口汚い言葉を連ねていった。
それとは対照的に、一時麻痺しかけた私の思考は戻りつつあった。そうだ、そのまま怒りに任せていろ。既に救助は要請した。あと少し時間を稼げれば、この窮地を脱することが出来るはずだ。
「落ち着かない……あぁ、落ち着かない!!この美しい星に汚らわしい虫が蔓延っていると想像するだけで、全身を掻き毟りたくなる!!もっと、もっと駆除せねば……」
彼の血走った目が、私を捉えた。
「お前はすぐに殺さない。極限まで拷問して、同胞の居場所を全て吐かせてやる」
私の期待に反して、徐々に冷静になっていく声色。
「……しかし、地球生まれの拷問は宇宙人に効くのだろうか」
星降を撃った銃が、私に向けられた。
「まぁいい。持ち帰って検討するとしよ――」
だが、その後のゼニスの言葉は、私の耳には入ってこなかった。
いや違う。ゼニスが言葉を失ったのだ。半端に口を開けたまま、彼の目が驚愕で見開かれる。
「も、う……やめて」
その声を、二度と聞くとは無い。そう思っていた。
「撃た、ないで」
星降舞依の声だった。
彼女の血まみれの手が、ゼニスの足首を掴んでいた。
「な、何故生きて――」
そこまで言って、ゼニスは身体を強張らせた。そして星降の手を蹴り払ってすぐさま、姿勢を低くした。
ヘリコプターのプロペラ音が、教室の窓を揺らした瞬間だった。私も屈んだ途端、銃弾の雨と、ガラスが木端微塵に割れる大音量が響く。撃ちこまれた煙幕弾が教室内を一気に白煙で満たした。
ようやく来た。味方の救援だ。
「逃がすか、害虫どもぉっ!!」
地面を蹴った私の背中を、浮遊体と弾丸が追う。
同時に、私の頭をかすめんばかりに、一発の銃弾が空を切る。それはゼニスの足元に穴を空け、彼の動きをけん制した。
煙幕の向こう側にかすかに見えるのは、ヘリの内部でライフルを構えるグラハムの姿だった。彼はこちらに来るよう、ハンドサインを繰り返す。
「星降さん!ベランダへ走って!」
近くに倒れていた美浦の身体を抱えながら、私は叫ぶ。
煙幕のおかげか、ゼニスとクイーンの銃弾は外れていた。一発だけ肩をかすめたものの、私はひたすら走る。校舎すれすれを飛ぶヘリから降りる縄梯子を目指して。
「美浦さん!意識があるなら、この梯子を掴んで下さい!」
額から血を流しているものの、美浦は縄梯子にしがみつく余裕はありそうだった。彼女に続き、私も梯子を掴む。ヘリが校舎を離れ、足がふわりと浮かんだ。
「星降さん!」
私に続き、煙幕の中を走り抜けてきた星降の名を呼ぶ。
「跳んで下さい!!」
一切の迷いなく、彼女は跳んだ。
空中で必死に伸ばされた彼女の腕を、私の手が、掴む。
そしてヘリは一気に校舎を離れる。隣の教室からゼニスの仲間が銃を撃つが、対地上戦闘用の機体に対しては豆鉄砲のような頼りなさだった。
「しっかり掴んで、離さないで下さい」
「……うん」
揺れる縄梯子で、抱き合うようにして身を寄せ合う私と星降。
校舎があっという間に遠ざかり、小さくなっていった。
都内某所。カナコが予め用意していたセーフハウス――隠れ家に、私と星降、それに美浦は無事辿り着いていた。いわゆる事故物件とされた部屋であり、その両隣の部屋も空き家であった。
「改めてお礼を言います、グラハム。急な要請に応えて頂いて」
「災難だったな」
窓際に立っていたグラハムは、ネクタイを緩めながらそう答えた。
「しかし俺の腕も鈍ったもんだ。あそこで狙撃出来てりゃ良かったのにな」
「仕方ありません。それで今回の事件、公安はどう動きますか?」
「取りあえずは単なるテロだと発表するつもりだ。日本警察の宇宙人情報の隠蔽が理由で国民が犠牲になったなんて、言えやしないよ」
ゼニスは“見せしめ”という言葉を使っていた。国家ごときがBLUE――ひいては地球人全体の利益に反することは許さないという姿勢だろう。だが、あんな血を流すような行為に走るとは野蛮が過ぎる。
「先ほど調べましたが」
廊下への扉を開きカナコが入ってくる。一瞬、シャワールームから水の滴る音が聞こえた。
「星降舞依には、怪我の一つもありません。撃たれた胸も足も、全て回復しています」
「これは……ややこしいことになったな」
グラハムが、腕を上げようとして、途中で顔をしかめていた。
「兄さん、まさか救出時に怪我を?」
「違う違う。色々ありすぎて肩こりが酷いんだよ」
疲れたきった様子で煙草を取り出すが、カナコが「ここは禁煙」とぴしゃりと言った。
「どんな傷も短時間で再生……しかも心臓を撃たれても死なない。地球人どころかゲルマにだって、そんな能力を持つ奴は居ないんじゃないか?」
「服を脱がせてみましたが、地球人の形質と何ら変わりがありません」
「けど、ゼニスの持ってた……クリスティだっけ?そいつは彼女の血が地球人のものじゃないって判定したんだよな?」
「ええ。だとすれば……10年前に誘拐された時、星降と宇宙人が入れ替わったと考えることも可能です」
「身体構造が似てる種族が3つもあるとは……考えにくいけどな」
私は聞きながら、カナコに手当てしてもらった肩を庇うように缶コーヒーを一口含む。
「……レオルさま、その怪我は痛みますか」
「いえ、もう楽になりました」
ゼニスから逃れる際、ゼニスの操る浮遊体の攻撃を受けた傷だった。煙幕弾によって正確に狙えなかったのだろうが、少しでも救援が遅ければ軽傷では済まなかっただろう。
「レオルさまにしては、無茶をしましたね」
いえ、と言ってカナコが続ける。
「無茶ではなく、無謀、無策と言った方が適切ですか」
「おい、カナコ」
グラハムの制止を無視して、カナコは私の前ににじり寄る。
「言わせて頂きますが、今回のレオルさまのやり方は、間違っていた。ゼニスの身柄を抑えようとした意図は理解出来ます。しかし――」
カナコの左手が、私の腕を強く掴む。
「彼女が友人を助けたいと望んだから、それに従ったのではないですか?」
「違います。あの状況で彼女の行動を強制することは――」
「あなたには出来たでしょう!!」
突然の大声に、私は即座に反応出来なかった。グラハムも驚きを隠せない様子であった。
「……あなたは同情したのです。自分の言を認めてもらえず、それに必死に抗う姿に……自らを重ねているのでしょう?」
同情?自分に重ねている?あまりにも馬鹿馬鹿しい。
武力に頼らない地球侵略計画――私の主張が当初誰の賛成も得ることは出来なかったのは事実だ。だから私は、同胞の説得に力を注いだ。
そして星降が語った宇宙人の存在も、確かに多くの地球人に信じてもらえなかった。それでも彼女は言を曲げなかった。
そういう意味では、今の星降と過去の私に共通点があることは否定しない。
だが私はゲルマ星人だ。そんな感情に振り回されたような行動は、あってはならない。
「あなたの命が危険に晒された。私はそれが――」
俯くカナコの表情は、読めない。ただ、私の腕を掴む力だけは相変わらず緩まなかった。
「あなたは……死んではいけません」
その言葉に、私は深く頷いた。
手を放して顔を上げるカナコ。彼女の紫色の瞳が少し潤んでいるような気がする。こんな感情的なカナコの目を、私は知らなかった。
だがすぐに彼女は目を擦って、平静を取り戻したようだった。
「あなたは計画の責任者です。自分の身の安全を重視して下さい」
「承知しています。あなたがた兄妹の父親を殺めてでも進めた計画です。失敗は許されません」
「レオル、またその話か?何度も言うが、親父が死んだことなんて俺たちは――」
グラハムが若干厳しい調子で口を挟むが、扉が開く音によって彼の口はつぐまれた。少しサイズの大きいスウェットに身を包み、髪を濡らしたままの星降が入って来たのだった。
余談ですが、新連載「勇者を暗殺せよ。~無能力スパイの異世界戦線~」を始めました。もし良かったらそちらも読んでみて下さい。




