止まる鼓動
三角形の浮遊体が、静かに弾丸を吐き出た。
私は咄嗟に首を後ろにそらした。何かがヘルメットをかすめ、バイザーが割れる。
「なかなかの身のこなしだが!」
開いたままのケースから、浮遊体がもう一機現れる。それは素早く私に接近し、2機に挟まれた私は退路を断たれた。
「銃を捨てたまえ」
浮遊体の銃口に狙われたまま、私は銃を床に放り投げた。その間ゼニスは緩慢な動作で、ケースに手を突っ込む。
「この『クイーン』からは逃れられんよ」
浮遊体がもう一機装着された、全長50センチほどの銃火器だった。いわゆるアサルトライフルに似た形状だが、それ自体に銃口らしきものは見当たらない。推測の域は出ないが、あの浮遊体のコントロールを司る機器なのだろう。
「素早い害虫でも撃ち殺せるように持って来たのだがねェ。見たところ、君の運動能力は人間のそれと変わらんようだ。形質も人間に極めて近い……」
「まるで、こちらが人間ではないような言い草ですね」
「キミは、宇宙人なのだろう?」
彼は武器を構えもせず、私に迫る。そして私のヘルメットに、ぐいと顔を近づける。バイザーの割れた部分を、彼の不気味な眼球が覗き込んでいた。
「子供に紛れるには、その用心深さは少々目立つよ。見慣れぬ人物にはなかなか鋭い目線をくれるねェ。若い頃の私にそっくりだ」
私が彼の姿を捉えたのは一瞬だ。その時には既に怪しまれていたとは。
「星降舞依は餌なんだよ。薄汚い宇宙人を釣るための、ねェ」
「私の目的が、あなたと同一とは考えないのですか?」
「ふひっ!勉強不足だよ。我々BLUEが動いていると知って介入してくる人間組織などありえない」
「それほど力があると、言いたいわけですね」
「人間を甘く見過ぎだよ。これまで地球を狙った虫けらは、自分たちだけだと思ったかい?ずっと人間は宇宙人の存在など信じず、のうのうと生きてきたと思ったかい?」
「……過去に、この地球に宇宙人が現れたことがあったとでも?」
「太古の時代から後を絶たないのだよ、この地球への侵入者は!原始時代のアフリカ、歴史の始まった中東、古代ギリシア・ローマ、中近世ドイツ、帝政ロシア、戦後のアメリカに現代の中国……まったく貴様らは、いつでもどこでも湧いてくるものだ!気色が悪い!!」
「それを全て、あなた方が葬ってきたのですね」
「ふひひ……そうだよ。BLUEは長い歴史で何度も名前と姿を変え、地球を守ってきたのだ」
「その中に、友好的で地球のメリットになる存在は居なかったのですか?」
「流石、同じ厄介者として同情的だねェ」
「姿かたちも言語も違ったとしても、相手は知的生命体です。対話と共存の道もあったのではないですか?あなた方はそんな可能性を最初から否定し、非理性的に拒絶してきただけで――」
ゼニスは急に、内ポケットからスマートフォンを取り出した。そして録音されたと思しき音声を流す。
彼が雇っていた探偵の最期の瞬間だった。複数の侵入者と、それに抵抗する探偵の必死の情景が想像される。そして、そこで飛び出した“化け物”というワード。
地球人ではない何者かが、そこに現れたことは明白だった。
「同胞をこんな残酷に殺す相手に、対話を求めろと?」
ゼニスは皮肉たっぷりに口元を歪めながら、自身の腕時計に触れた。
「我々BLUEは常に進歩してきた。この『クリスティ』は、地球外物質を感知する。現場に残された血痕が宇宙人のものだと、私に教えてくれたんだよ」
協力者、つまり星降を尾行していた男を殺したのが宇宙人だと、ゼニスは確信している。だが、その宇宙人とは私たちゲルマ星人ではないはずだ。だとすれば、私が“第三勢力”と呼んでいた何者かこそ、その宇宙人である可能性が高い。
「しかしキミには反応がないねェ……そうか、血を流してもらわないと駄目なのか」
浮遊体がわずかに動く。
撃たれるか――
「だめっ!!」
星降の上履きが床を擦る。
私に近づこうとした彼女を、容赦の無い素早さで浮遊体が反応した。放たれた弾丸が星降の太ももを貫く。彼女は悲鳴と共に足を滑らせ、倒れた。
「舞依、舞依っ!!」
美浦の呼びかけに、星降は短い呼吸を繰り返すだけで何も答えなかった。そして撃ち抜かれた足から流れる真っ赤な血。駆け寄った美浦の両手も赤く染まる。
「よくも……舞依を!!」
「少しうるさいよ、キミ。非力な人間は、黙って我々に守られていればよいのだ」
「何言ってんのよ……この人殺し!」
「やめ、て……愛子、ちゃん」
あまりの痛みのせいか、彼女は倒れたまま胃の中身を吐き出していた。彼女は口元を拭いながら、激昂する愛子を宥めるように手を伸ばす。
しかし美浦は冷静さを完全に失って、近くに転がっていたボールペンを握っていた。
「うああああ!!!」
絶叫と共に、ペンを武器に駆けだす美浦。
「はぁ……」
ゼニスの大袈裟な溜息、そして振り下ろされるクイーン。頭部を殴られた美浦の身体が、床に叩きつけられる。彼女は小さなうめき声を上げながらも、動かなくなった。
「さぁ少年。今度こそキミの番だ。血を見せてくれ」
2機の浮遊体が私の正面にやって来る。
だがその時、ゼニスの顔から嗜虐的な笑みが消えた。
彼のクリスティが赤く発光し、アラート音を発していたのだ。
一瞬うろたえたゼニスが、物音に反応して即座に振り返る。
「もう、誰も」
星降が立ち上がった。
「傷つけないで!!!」
真っ赤な血を足から流したまま、彼女はゼニスに迫る。
「は、はは……そういう、ことか」
ゼニスが顔を引きつらせながら、クリスティを星降に向ける。
その画面は緑色に変わり、アラート音のボリュームはひと際大きくなっていた。
「星降舞依こそ、宇宙人なのか!!」
そして、全てが瞬時のうちに過ぎ去った。
私を狙う浮遊体が反転し、クイーン本体から最後の浮遊体が離脱するのも、
3つの浮遊体が、小さな銃声を響かせるのも、
彼女の胸に、いくつもの弾丸が吸い込まれるのも。
「星降さ――」
星降の身体は後ろに弾かれたように、勢いよく倒れた。今度は声一つ上げず、彼女は目を剥いたまま胸から血を流し続けた。
地球潜入において、知人が死ぬ――そんな可能性がゼロではないことなど、充分理解していた。カナコやグラハム、同胞たちが命を落とすことがあってもおかしくないのだ。
だが、突如現れた“死”という現象を前に、私の身体は自由を奪われた。
とめどなく溢れる血液が教室の床を濡らしていく。
跳ねるように痙攣する彼女の手が、少しずつ動きを失っていく。
そんな一つ一つの光景から目を背けられないまま、私は指先一つ動かすことが出来なかった。




