ゼニス
2年1組の教室前。そこにあるのは異様な静けさだった。複数の生徒の気配はするものの、彼らは音一つ立てていなかった。
『こちらフォックス2。星降舞依と名乗る女子生徒を確保した』
『こちらZ。すぐに1組教室に来い』
ここに来る前に、無線で交わした内容だった。私はフォックス2から頂戴したヘルメットと戦闘服で変装し、星降を連行する体を取る。
ここに来る途中に消しゴムドローンを敷地外に放ち、同胞への緊急出動要請を発信させてあった。1時間もかからず救援が来るだろう。
「ねぇ、やっぱり私一人で……」
星降が、か細い声で呟く。だが私は無視したまま、彼女の背中にサブマシンガンの銃口を突き付ける。
私の安全を第一に考えれば、星降を一人で行かせた方が賢明だったろう。だが今回の一件は、Zの正体を見極める数少ないチャンスでもある。彼が宇宙人を追う組織の所属ならば、奴を起点に組織ごと無力化できるかもしれないのだ。
戦いは、いつか攻めなければ、勝てない――私はスライドドアを一気に開いた。
「ご苦労。逃げていなかったようで良かったよ」
校内放送で流れた声、そして無線で応答した声だった。
彼こそ、Z本人だ。彼は1組の生徒たちを各々の席に座らせたまま、教壇に立っていた。濃紺のスーツに身を包む欧米人で、その手には何の武器も無い。一見すると教師のようないで立ちだ。
だが、奴は普通の地球人とは到底言えない雰囲気を纏っている。その眼と口元は嗜虐的な歪んだ笑みをたたえ、まるで獲物を前にした野獣ように、彼は舌なめずりをした。
「入りたまえ」
ひとまず変装には気づかれていないと判断し、私は一歩踏み出した。人質に取られていた生徒たちが、安堵と怒りの混じった表情で私と星降に注目している。
それに反して、教室の後方に座る美浦愛子だけが、椅子を引いて立ち上がった。
「舞依……何で来たのよ!」
「静かにしてくれないかね?」
Zが穏やかな口調でそう言った。
「星降舞依。君の席は……そこだ」
中央の列最前席――その本来の主が頭から血を流して床に倒れている席を、彼は指さした。
「取りあえず座ってくれるかい?フォックス2、君はそこに残れ」
白に近い金髪は、彼の片目を覆い隠している。だがもう一方の血走った眼は、星降の一挙手一投足を刺すように捉えている。
「私の名前はゼニス。BLUEという組織に属しているんだ」
「どうしてこんなことを……!」
星降が、自分の足元に転がる死体を一瞥する。ただこのクラスに居たというだけで、その男子生徒は命を絶たれたのだ。
「ずっと君に逢いたかったんだよ。それなのに、この国の政治家と警察はおのれ可愛さに君の存在を隠してしまった。それに対する報復と言ったところかな」
「そんなことで――」
「そんなこと!?」
ゼニスは黒板を叩いた。
「君は何も分かっていない。君の存在に、どれだけの意味があるかをちっとも理解していない!」
自らを落ち着かせるように、ゼニスは深呼吸を置いてから切り出した。
「君は宇宙人に接触した。そうだね?」
「そ、それは……」
「誰も信じてはくれなかったろう?可哀想に……」
恐怖に怯える生徒たちは、ゼニスの視線から逃げるように目を背けていた。
「私はね、地球を狙う悪辣な宇宙人を駆除する仕事をしているんだ。だから君のような存在を見逃すわけにはいかないんだよ。地球に住まう人々のために、ね」
星降はゆっくりと周囲を見渡す。誰も彼女と目を合わせようとしない。
ただ一人、美浦だけが星降を食い入るように凝視しているが、星降は決して目を合わせようとしなかった。
「……一緒に行けば、もう誰も、殺しませんか?」
「もちろん。約束しよう。君以外の人間には興味が無いのだから」
星降は迷う素振りすら見せず、腰を上げた。
「ちょっと、待ってよ!!」
美浦が突然動きだし、立ちかけた星降の腕を掴んだ。
「舞依、本気で言ってんの!?」
「愛子ちゃん!私は大丈夫だから」
「大丈夫なわけあるか!あんな奴の言う通りにしなくたって――」
「止めろよ美浦!」
美浦の言動を最初に咎めたのは、ゼニスではなかった。
「そ、そうだよ!早く出て行ってよ!UFO女!」
名も知らぬ生徒たちが、一致団結したように叫びだす。星降とゼニスがこの場を去ることを、全員が切に求めているのだ。
「あんたたち……!」
「愛子ちゃん、もういいよ」
取り繕ったような笑みを浮かべて、美浦の手を離した。
そしてゼニスが黙ったまま、手を差し伸べる。
しかし次の瞬間にゼニスは、星降に伸ばしていた右手を内ポケットに差し込む。
「どういうつもりだね……フォックス2?」
ゼニスは、私が構えた銃にすぐさま対応していた。彼も拳銃を引き抜き、私に銃口を向けた。
「一瞬出遅れていたら、私は撃たれていたようだねェ」
私の銃、ゼニスの銃。互いの武器が、絶対に外さない距離で互いに狙いを定めている。
「今だっ!!」
突如席を立つ生徒たち。
「押すなよ!」
「早く出してぇっ!!」
彼らは狭い出入り口に殺到し、互いに何か罵り合いながら、逃げ出そうとしている。
そんな動きに対し、ゼニスは一切興味が無いようだった。彼は舐めるような視線で、私を凝視している。
「君は誰だね?本物のフォックス2はどこだ?」
私が何も答えない間に、やがて教室内は静かになった。
銃を構える私とゼニス、そして残った星降と美浦は、無言のまま微動だにしない。
その沈黙を破ったのは、私だった。
「既に警察への通報は完了しています。このまま長引けば不利なのは……ゼニス、あなただ」
「それはどうかな?」
今この場では、私とゼニスの立場は対等のはずだ。しかし彼は余裕たっぷりでにやけるばかりである。
「問答の時間にでもするかい?」
「お付き合い頂けるなら」
「君が聞きたいのは、私が彼女を狙う理由。そんなところだろう?」
「彼女自身が目的では……無いですね?」
「その通りだ。彼女はねェ……とても魅力的で美味しい餌なのだよ」
「餌?」
「そうさ。彼女を求めて、必ず“彼ら”は現れる」
ガチャリ、と、近くで何かが動く音がする。
「そして、釣れた魚は……皆殺しにする他ない――」
奴の足元に空いてあった、アタッシュケースの口が開いたのだ。
私は咄嗟に、地面を蹴った。
「キミという釣果もねェ!」
ケースから飛び出す、三角形の物体。それらが凄まじい速さで私を捉え、先端の小さなバレルが私に向けられた。




