やるべきこと
「んむっ!」
私は、星降の口に当てた手に力を入れる。今声を出されたら大いにまずい。
「フォックス1から“Z”。今から校舎に入る。フォックス2を侵入口Bに待機させる」
格子戸の前に1人が残り、3人が侵入を試みる。素早くガラスにテーピングを施し、最小限の音だけ立てて割る手さばきは、プロのそれであった。
「……星降さん、頷くだけで結構です。あちらまで、這って行きますよ」
星降の耳元でささやく。彼女は数度頷いた。
幸い――いや意図的にこの場所に導いたのだが――私たちは格子戸からは見えない場所に座っていた。頭を上げず静かに移動すれば、この屋外では簡単に察知されないはずだ。
私たちは四つん這いで、近くの植木の陰までたどり着いた。
「あ、あの人たちは……」
「分かりません。ですが、まともな連中ではないでしょう」
今朝学校に来てから、私はわずかな違和感を覚えていた。学校に籍の無いはずの外国人が突然現れ、駐車場で普段見ることのないトラックが乗り入れている――警戒する材料としては十分だった。
そして何より、昨夜の事件。Zなる者が密偵を殺されたことで、単なる監視から星降確保に移ることは充分考えられたが……予想範囲内とはいえ、昨日の今日とは仕事が早い。
唯一不可解だったのは、何故こんなにも目立つ方を取ったのか、であった。
「学校を出ます。逃げるしかありません」
星降は校舎の方に視線を留めたまま、何も返事をしなかった。
「銃を持った人間が学校に立て籠もれば危険です。すぐにここを出ましょう」
敷地を出た後、グラハムとカナコに救援を要請、そのまま雲隠れする。星降の拉致と私の身の安全確保の両立が出来る。
「マクニールくん。私――」
私たちの後ろから、足音が聞こえた。
「こちらフォックス2。B地点近くで人の気配。確認する」
襲撃者の一人が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
自分の肩を抱いて震えだす星降。自分の声で気づかれたのだと察したのだろう。
……荒事は避けるべきだが、やむをえまい。
「何があっても、立ち上がらないで下さい」
私はブレザーのポケットの中をまさぐる。そこから、三角定規を取り出した。
「誰か居るのか?」
ヘルメットのバイザーを上げた男の声が呼んでいる。
私は物陰から飛び出した。
「ちっ!学生か!」
男の銃口が、こちらに向けられる。
私は、三角定規を、彼に向かって投げつけた。
かつてこの国にあったという武器――手裏剣のように回転する三角定規。それは一直線に男めがけて飛んでいき、鋭角の部分が戦闘服を貫いて男の肩に刺さった。
「ぐっ!!」
男は一瞬よろめきながらも銃を構えようとする。しかしトリガーが引かれる前に、私は一気に距離を詰め、男の右手を蹴り上げる。
男は咄嗟に左手でナイフを握っていたが、それが活躍する前に彼の意識は奪われていた。
倒れた男を前にため息が漏れる。母星での格闘訓練がこんなにも早く役立ってしまうとは。
『フォックス2、応答せよ。発見した学生はどうした』
倒れた男のヘルメットの内側から、音声が聞こえてきた。男からヘルメットを剥ぎ取り、代わりに被る。
「こちらフォックス2。隠れていた学生にバットで襲われた。頭をやられたが、無力化した」
声を誤魔化すため吐息を荒くしていると、相手は素っ気なく返事をして通信を切った。この学園内で兵士を無力化できる者が居るとは、露も思っていないのだろう。警戒心が甘すぎる。
「マクニールくん!」
星降が勝手に出てくる。指示は守って欲しいものだ。
「大丈夫です。男は気絶しています」
私は『三角定規ブーメラン』を男の肩から引き抜く。刺さると強力な麻酔を流し込む武器である。
「今のうちです。あそこの門から出ますよ」
同意も取らずに私が足を踏み出すも、星降はその場を動こうとしなかった。彼女は何も応えず、校舎の壁を見上げていた。
彼女をよそに、私は外部に連絡しようとスマートフォンを懐から取り出す。だが電波圏外のマークが示されている。この都市部ではあり得ない。間違いなく電波妨害……駐車場に止まっていたトラックが元凶だろうか。
「急がなければなりません。奴らの仲間に見つか――」
『宙海学園の関係者諸君。ご機嫌いかがだろうか』
突如、学園内各所に設置されたスピーカーから、校内放送が流れ始めた。
『無用な死人を出す気はない。ただ、皆教室に集まって静かに待機してほしい。用があるのは、たった一人の生徒だ』
成人男性と思われる声だが、教職員の中には聞き覚えがない。今朝現れた外国人だろうか。
『星降舞依。2年1組の教室に来なさい。さもなければ……大事な友人が血を見るだろうねェ』
隣に立つ星降が何かを言いかける。だが突如スピーカーから飛び出した音に、彼女は息を呑み、顔面が蒼白になる。
銃声だった。
『まずは一人。あと5分後にはもう一人死んでもらうおうねェ』
1組の生徒たちの悲鳴が、どっと上がる。その瞬間に放送は切れてしまった。
「い、行かないと……!」
震える膝を叩きながら、星降はよろよろと歩き出す。
「こんな状況で、あなたに何が出来ますか」
「こんな時だから!こんな時に……愛子ちゃんを置いて逃げるなんて、出来ない!」
2年1組教室には、星降の友人である美浦愛子が居る。つまり敵は、星降のことを事前に調べ上げている。美浦が人質になり得ると知っているのだ。
だが友人一人のために命を危険に晒すなど、あまりに愚かしい。現に星降の足取りはあまりに覚束ないし、それどころか、敵はただの少女が身体一つで立ち向かえる相手ではない。
それにもかかわらず、星降の言葉は真っすぐだった。
「星降さん。あなたはいつか宇宙に関わる仕事をして、連れ去られた家族を探したいのでしょう?一時の感情に流されて目的を見失うなど、合理性に欠けています」
是が非でも達成しなければならない目的。そのために冷徹さをもって、合理的にあらゆる手段を講じて目的を達する。それこそ、知性ある生き物のあるべき姿だ。
「……それは違うよ、マクニールくん」
窓ガラスに映った星降の目。
「大切な誰かを失ってまでやるべきことなんて、私の世界には、無い」
揺るがぬ覚悟が、そこにはあった。




