脅威が、迫る
翌朝、私はコーヒーカップを傾けながら思案した。
私たち。
“Z”と呼ばれる何者か。
そして、第三勢力と思しき存在。
3つの陣営が、星降舞依という少女を共通目標として競合している。
消しゴムドローンによって星降周囲の監視は既に始めている。私のコンタクト端末が映す星降宅の周囲には、怪しい人物は確認できなかった。
その間ダイニングテーブルの向かいに立ったカナコは、朝食を並べていた。焼き魚と白米、味噌汁が順番に私の前に現れる。私は監視映像を切った。
それと同時に、カナコが茶碗を置こうとして、危なくそれを落しかけていた。
「失礼しました」
彼女の左手の親指から手の甲にかけて、大きな絆創膏が張られていた。
「怪我ですか?」
「はい。フライパンで火傷をしまして」
「痛みますか?」
「ご心配には及びません」
「そういえば、カナコはいつも手作りの食事を用意してくれますね」
「……美味しい、ですか?」
「ええ、とても」
「……ありがとう、ございます」
カナコは手の絆創膏をさすりながら、席についた。
食事中私たちは、Zと第三勢力の正体について意見を交わした。カナコは両者とも地球のいずれかの個人、ないしは組織だと考えているようだ。そこにBLUEという秘密組織が含まれるかは別として、だが。
厄介なのは、その勢力の正体が別の宇宙人だった場合だ。地球勢力と異なり、彼らの技術力や戦力は予想が難しい。例えば、かつて星降をさらった宇宙人。円盤型の宇宙船を操るというのが真実なら、彼らの技術は我々に匹敵しうる。地球に害を及ぼす意思がある可能性も否定できない。
「仮にそうだとすれば、彼らが星降をすぐに確保しないのは不自然ではありませんか?」
カナコの意見はもっともである。あえて星降を泳がせる理由が分からない。
「相手の目的が分からない以上、静観するしかありません」
それからは互いに無言で、程よい塩気の焼鮭と、香り高い味噌汁に舌鼓を打つ。私はご飯茶碗を綺麗に空にしてから、両手を合わせた。
「ごちそうさま――」
その時、私のスマートフォンが鳴った。公衆電話からの着信だった。
『すまん、レオル。緊急だ』
グラハムの低い声が、わずかな焦りを帯びていた。私は、食器を片づけようとしていたカナコを制止した。
『昨日お前らが接触した男が、殺されたぞ』
私のコンタクト端末に、グラハムから画像データが送信されてくる。新宿歌舞伎町の雑居ビルが、炎と黒煙に包まれていた。そのビルの一室こそ、昨夜私とカナコで捕縛した尾行者の事務所だった。
『映像は昨日20時ごろのものだが、情報のキャッチが遅れた。済まない』
つまり私とカナコが接触して1時間も経たずに、あの尾行者は何者かに襲撃されたのだ。
『まだ断言はできないが、昨日お前が寄こしたデータに適合しそうな死体が発見された。DNA鑑定次第だが……例の尾行者本人に間違いないだろう』
「……グラハム。昨日指示した尾行者の調査は一旦中止します。しばらく私との接触も控え、公安での潜伏に専念して下さい」
『分かった。続報は、速度より安全性優先のルートで伝達する』
通話を切ると、カナコが私の珈琲のお代わりをポットから注いでいた。
「星降は当たりです」
珈琲の柔らかな香りには似つかわしくない、カナコの鋭い眼光が私を捉えていた。
星降一家失踪事件を調べていた公安捜査官、Zの指示で星降を尾行していた者……彼女を取り巻いてこれだけの死人が出ている。カナコの言う通りだろう。
「……カナコ。星降の確保準備を始めておいて下さい。実行部隊の編成をお願いします」
「分かりました。ならば私は学園を休みます。本日放課後以降、いつでも部隊を動かせるように手配します」
星降の強制確保は、非常にリスキーである。戦闘になる可能性もある。しかし彼女が先に取られれば、私たちは大きな手掛かりを失う羽目になる――計画の障害となる宇宙人の存在は、星降舞依を起点に明らかに出来るかもしれないのだから。
「しかし、まずは私がリ=メモリアで星降の記憶を探ります。その結果次第で指示します」
もはや手段を選べる段階は過ぎ去った。私は身支度を整え、アパートメントを出た。
途中、コンタクト端末で星降宅の監視映像を見る。彼女も丁度、自宅を出たところだった。
――私はいつか、宇宙に行きたい。
夢を語った彼女の表情が、脳裏をかすめていった。
そして想像する。リ=メモリアを使った記憶の書き換え次第では、星降は私の意のままに操れる。彼女を囮に、Zや謎の勢力を誘き出すことも可能だろう。
だが同時に、本来の星降舞依の記憶は歪められる。その時は、あの素晴らしい手料理の作り方も、夢も願いも、彼女の中から失われるかもしれない。
私の横を走り抜けていく黒いSUV、トラック、銀色のバンの列。
タイヤが地面を擦る音と共に、頭に浮かんだ星降の笑顔は、消えて無くなった。
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「ミスター・ルイ=ショーメ先生ですね?私が学園長の鈴木です」
宙海学園1階、来賓用入口を入ってすぐの応接間。恰幅の良い学園長が、大きな声で来客を出迎えていた。
名刺を受け取り、ルイは若々しい爽やかな笑みを目元に浮かべた。彼は細身の濃紺のスーツを着こなし、ブロンドの髪はオールバックに整えられている。
「急な連絡で申し訳ありません。学園長にお手間をかけてしまったかと」
「いえいえ。教育委員会からもメールが来ていましたよ。予定よりだいぶ早く到着されたんですね。ご出身は……」
「フランスです。ですが英語に問題はありませんから、ご安心を」
「加えて日本語もお上手ですな!さすが、委員会に推薦されたお方だ」
「ありがとうございます」
愛想笑いで応じながら、ルイは「ところで」と切り出した。
「明日からの授業の前に、校内を見学したいのですが……よろしいでしょうか?」
「大いに結構です。今空いているのは……英語の山田先生だ。彼に付いてもらいましょう」
校長が携帯電話で山田教諭を呼び出し、本人が5分もしないうちに現れた。小太りで人の良さそうな青年であった。
「山田先生、例の臨時教諭のショーメ先生だ」
「よろしくお願いします」
無害そうな山田の肉厚な手を、ルイが握る。
「温かくお出迎え頂き、光栄です」
「同じ英語担当として、私も大変助かりますよ」
山田の案内で、ルイは銀色のアタッシュケースを携えて応接間を出た。丁度廊下には、登校してきた生徒たちが溢れかえっている。
「日本の生徒さんは本当に元気ですね。授業が楽しみです」
「ショーメ先生は、教壇に立たれたご経験は?」
「いえ、前職はまったく分野違いでして」
ルイの目に移る、宙海学園の生徒たち。平和を謳歌し、学生らしい話題に花を咲かせている。
――なんとまぁ、呑気で微笑ましいことだろう。
――彼らには、穏やかで平和な人生を謳歌してほしいものだ。
「ショーメ先生?」
ルイの視線が、周囲を彷徨った。
「……いえ、面白い生徒が紛れていると思いまして」
――たまに居るのだ。頭を空にして平穏を楽しめば良いものを、他の同世代の人間よりも大人びてしまい、やたらに考えを巡らせてしまう青少年が。彼らはどこかで理解している――この平和も、決して永遠ではない。そして、その平和を脅かすものが、心底恐ろしいのだ。
「で、早速ですが、ショーメ先生。まずは2階から――」
チャイムが鳴り響く。
ルイが素早く、山田の背後に回る。薬品を染み込ませた布で彼の口と鼻を覆い、数秒の後に山田の意識は失われていった。
「山田センセイ。お勤め、ご苦労」
階段下の廊下に、山田の身体は捨て置かれた。
ルイは、鬱陶しそうに目元の化粧を手で拭い去る。取れかけのファンデーションの奥から青黒い隈が現れ、垂れた前髪が顔の半分を覆った。
そして口元を歪ませながら、彼は内ポケットからイヤホンマイクを取り出す。
「Zだ。作戦を開始してくれ」
Z――ゼニスは、不気味な笑い声を小さく上げながら、悠々と校内を闊歩した。
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15話目でした。ここまでお読み下さった皆様、本当にありがとうございます。
『高校生からはじめる地球侵略』シリーズ第一部は、次回から後半戦です。レオルの地球侵略の行方、舞依に隠された秘密、舞依に迫る敵の正体ーー物語はここから一気に加速していきます!
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