舞依の告白
その植物園は、2駅電車を乗った場所にあった。元々は普通の公園だったようだが、敷地内にガラス張りの温室を建て、周囲の園路沿いに様々な植物を植えてリニューアルしたらしい。
ゲートを入ってすぐに広場があり、その周りは桜の木が植えてある。そこを抜けると大きな花壇に挟まれた小道になっており、チューリップやクレマチス、キンセンカという名前の花々が咲き誇っていた。
「綺麗だね……」
星降の視線は流れるように、花壇の花に次々と向けられている。それを追う様に、私も周囲の花々を眺めて回った。
「この花は……たしか星降さんが管理している花壇にありましたね」
「マーガレットだね。他に学校の花壇に咲いてるのは……」
「あの花では?」
「そう!シャクナゲ!」
彼女はその花のスペースまで小走りで駆けていった。学校では重たそうに動かしていた足は、随分と軽やかだった。硬かった敬語遣いも、いつの間にか自然な口調になっている。
「マクニールさん、よく分かったね!」
離れているからか、彼女は大きな声でそう言った。私が近づくと、彼女は濃いピンク色の花を指さした。
「うちの花壇は白い花だから、パッと見は分からないよね。お花詳しいの?」
「いえ。形状が似ていたので、もしかしてと思っただけです」
「そっかぁ」
少しばかり残念そうに、星降が応じた。
「私は品種など殆ど分かりませんが、興味はあります。もう少し、この辺りを眺めていても良いですか?」
星降が快諾してくれて、私たちは近くのベンチに座った。彼女は、自分を囲む花々を何度も何度も見回しては、幸せそうに微笑んでいる。
「ところで、私の呼び方ですが」
「ご、ごめん……何か気に障った?」
「違います。もっとくだけた――」
このような時、何というべきなのか。カナコがやったように、自分の呼び方をもっと親しげにさせることで関係性を強める必要がありそうなものだが。
「……マクニール、くん?」
「良いですね。その方が対等に聞こえます」
「じゃ、じゃあ私のことも――」
「いえ。私は引き続き『星降さん』とお呼びします」
「そっか……」
「いきなり“ちゃん”付けで呼ぼうものなら……どこか軽薄で私の人格に反します」
「ポリシー、みたいなこと?」
「そういうことです。星降さんを他人扱いしているわけではありませんので、悪しからず」
「そっかぁ。良かった……」
何故か彼女は安堵しているようだった。
「……食事後の話に戻りますが、花屋、ではありませんか?」
「ん?なに?」
「星降さんの夢です」
「そういえば……小っちゃい時は、そうだったと思う。でも今は――」
彼女は降り注ぐ日光が眩しそうに目を細めていた。
その視線をゆっくりと私に戻し、彼女は口を開く。
「私ね、宇宙飛行士になりたいの」
その発言の真意を読み取ろうと、私は何も答えずに星降を見返すばかりだった。やがて彼女の表情が何故か痛々しい苦笑いに変わっていく。
「そう、だよね。はは。自分でも絶対無理だって――」
「無理などとは思いません」
きょとんとして、星降がまばたきする。
「あなたのような努力家ならば、何を達成しても不自然ではないでしょう」
「……笑わないの?」
「笑える要素がありませんから」
「……愛子ちゃんと、同じこと言ってくれるんだね」
膝の上で固く組まれていた彼女の両手が離れて、左右に下される。
「今からする話、どうでもいいとか、信じられないとか思ったら言ってね」
そんな前置きをして、彼女は息を吸った。
「私は、いつか宇宙に行きたい」
私たちは同時に、雲一つない青空を見上げた。
「私の家族に、本当は何があったか知りたいの」
そしてあまりにも自然に、あまりにも現実味の無い話が彼女の口から語られた。
「家族で山梨にキャンプに行った時だった。真夜中に突然テントの外がぱっと明るくなって、家族4人みんなが目を覚ました。それからテントが飛ぶんじゃないかってぐらいの風が吹いた。お父さんがテントの外に出て『うわっ』って大きな声を上げたの。すぐにただ事じゃないって分かって、お母さんが私と弟を力いっぱい抱きしめた。その時、入って来たの……宇宙人が」
一息にそこまで言い終えてからも、彼女の話は続いた。
「人じゃないってことは、すぐに分かった。その宇宙人には2本の角があって、髪の毛が長くて……紅い目をしてた。私たちは無理やり外に連れ出された。外にはお父さんが倒れてて、空には……円盤が浮いてた」
異形の宇宙人、そして円盤型の宇宙船――まるで地球人の安っぽい空想だ。
だがそれを語る星降の表情は、真に迫っていた。私は地球の情報機関が用いている尋問プログラムを学んでいたが、彼女が嘘を言っているようには考えられなかった。
「青白い光で私たちを照らしてて、それがとても眩しかった。眩しくて目を閉じてからは……もう覚えてない」
彼女の言葉には淀みが無かった。途中でつかえることも無かった。まるで何度も何度も、その説明をしたことがあるかのように。
「次に覚えてるのは……知らない土地で、1人で目覚めたこと……」
福島県で保護された時には10日が経過していた。運悪く星降の祖父も祖母も他界しており、その後の彼女は高校入学時まで親戚中をたらい回しにされたようだ。
彼女の話は、グラハムが手に入れた捜査資料の内容と一致している。
しかし、誰も彼女の話を信じることはなかった。
「それからずっと、みんなに呼ばれてる。UFO女って――」
彼女は突然黙り込んで走り出した。その意図を解しかねるが、私は追うことにした。
「……ごめんなさい」
急に立ち止まった彼女は、背を向けたまま言った。
「気持ち悪いね、私って」
「いいえ。大変魅力的な容姿だと思いますが」
振り返った彼女は、何故かひどく赤面して「からかわないで」とぼそりとこぼした。
「嘘つきだって、ずっと言われてきたんです。でも嘘じゃないって答えると、今度は頭がおかしい、気持ち悪いって……」
「私は、嘘だとも、頭がおかしいとも思いません」
「……信じて、くれるの?」
「嘘だと仮定しても、あなたの得られるメリットが見当たりませんから」
そもそも、星降の主張を論理的に反証できていない時点で、彼女を嘘つき扱いする権利は誰にもない。周囲の星降への侮蔑は、感情的な地球人らしい、非合理的な悪癖と言えよう。
「それに、あなたは自分の主張を認めさせるため、宇宙へ行こうと大変な努力している。自分が正しいと真に思っていなければ、出来ないことです」
多数派に対し反論を述べることの難しさには、実感がある。私の地球侵略計画も、その成功を疑われて多くの同胞から批判を浴び、数々の妨害を受けたのだ。
「しかし、UFOも宇宙人も全て冗談、小さい頃の戯れだったと言ってしまえば、その方が楽では――」
「それじゃまるで……逃げたみたいで、嫌だよ」
案外負けず嫌いなのだろうか。プロファイル資料からは読み取れない、星降の新たな一面だ。
「それに……信じてくれた人に、失礼だもの」
「美浦さんですか?」
「うん。それに――」
彼女が真っすぐに、私を見つめた。
「マクニールくんも、だよ」
何故か一瞬、グラハムとカナコの顔が私の頭をよぎった。
「……すみません、ちょっとお手洗いに」
私は、彼女を残してその場を去った。
星降の話については帰宅後も検討可能だ。
だが目下、片付けるべき問題があった。




