宇宙人のデート
「……あれは」
駅前広場に到着すると、目印にしていた店の近くに立つ星降舞依を見つけた。
しかし彼女の挙動がどこかおかしい。さっきからショーウィンドウに映る自分に向かって何か話しかけている。
「こんにちは」
星降の唇の動きを見るに、そう何度も呟いているらしい。顔の筋肉が引きつりそうな笑顔で呟きながら、首を傾げたり、深呼吸したりしている。
「星降さん?」
「うわぁっ!!!」
声をかけられた彼女は、悲鳴と共に額をガラスにぶつけていた。
「……大丈夫ですか?」
「こ、こんにちは!」
涙目の挨拶に、私は反射的に頷いた。しかしどこか気まずい空気が、私たちの間に流れた。
「あ、あの!鏡に映った自分に話しかけてたわけじゃないんです!ちょっと挨拶の練習を……」
「ふっ」
「わ、笑わないでください!」
星降の姿と、カナコに向かって笑顔の練習をしていた自分とが重なった。そしてさんざん練習していた笑顔とは、こうも簡単になせるとは意外であった。
「美浦さんはまだ?」
「あ、はい。愛子ちゃん、よく寝坊するから、もしかすると遅れるかも……」
星降は何やらぼやきながら携帯電話をチェックしていたが、まだ待ち合わせの時刻の10分前である。恐らく美浦はぎりぎりに来ることだろう。
それにしても、カナコがまだ来ていないとは予想外であった。私以上に時間に細かいから、とうに着いていると考えていたが。
「ところで星降さん、そのお荷物は?」
彼女は大きめのトートバッグに、おそらく箱型の何かを入れていた。重たいのか、しきりに肩紐を直している。
「こ、これは……後で、お見せします」
恥ずかしがるように、彼女は頬を赤らめていた。
「重そうですし、持ちましょうか?」
「いえいえいえ!だ、大丈夫です」
それきり、私たちは互いに無言になった。
何度か話題を振ろうと彼女を見るが、その度に星降は携帯を気にしてそわそわしている。無理をして話させることは無い、か。
「……しかし、遅いですね」
時計を見た瞬間に、私はそう口に出した。もう10分が過ぎているにもかかわらず、美浦もカナコも現れない。美浦はともかく、カナコの遅刻など聞いたことがない。
「星降さん。私はカナコに電話してみます。美浦さんは任せます」
手早く電話をかけると、1コールと待たずにカナコの声が返ってきた。
『レオルさま。都合により私は行けなくなりました』
私は星降から少し離れ、小さな声で「緊急事態か」と尋ねる。
『そうではありません。作戦遂行上、私がそこに居るのは得策ではないと判断しました』
「えぇっ!?」
カナコの言葉と同時に、星降の素っ頓狂な声が響いた。
「何事です?」
「愛子ちゃん、熱が出たみたいで……」
大慌てで電話に向かう星降は置いておくとして、私はカナコの判断について問い詰めねば。
などと考えたが無駄だった。既にツーツーとしか言わない電話をポケットにしまい、私は星降のもとに戻る。
「星降さん、どうやら私たち2人きりになってしまいました」
「え、カナコさんは……」
「昨晩から少し体調が悪いようでして、やはり行けないとのことです」
「そ、そそそそっか」
二人きりなら容易にリ=メモリアを使えるが……星降が私に付いて来ないのでは、そもそも話にならない。
「仕方ありませんね。また日程調整しますか?」
「でも、せっかく……」
星降は突然、黙り込んだ。
「そう、ですよね。私と2人じゃ退屈で――」
その時、彼女の方からトートバッグがずり落ちる。星降はかろうじて腕に引っ掛けたが、なかなかの重量感がありそうな荷物であった。
私は咄嗟に、バッグを星降の肩に戻してやる。一瞬見えたその中には、手拭いで包まれた大きめの箱が入っていた。そして芳しい香りが、私の鼻腔を軽く刺激してきた。
「じ、実はそれ……お弁当だったんです。愛子ちゃんと相談して、私が作ってこようかなって」
「皆さんの分を?」
「なんか、ごめんなさい。私、ちょっと空回りでしたよね。ごめん、なさい」
それきり黙って俯く彼女に特に何を言うわけではなく、私はバッグを拾い上げて自分の肩にかけた。
「マクニールさん?」
「映画まであと1時間以上あります。私は空腹を覚えました」
「じゃあ、どこかに入って――」
「ここに食料があるのに、どうして外食の必要が?」
「そう、ですけど……」
「たしかこの辺りに、ベンチが設置されているはずです。天候にも大変恵まれていますし、外で食べましょう」
星降が付いて来るのを察知しながら、私はベンチ目指して歩き出した。その周辺は適度な人通りの多さのため、同胞との面会場所の候補に挙げていた場所だ。背を向け合ったベンチが2つ繋がっており、両側とも空いていた。
「どうしました、星降さん。座ったらどうです?」
「あ、うん」
「もしかして、屋外の物体には座れませんか?確かに清潔ではないですが」
「ふふっ。違うの、大丈夫だよ」
彼女はどこか安心したように笑みを浮かべて、私の隣に座った。人一人分ほどの空いたスペースに包みを広げ、私たちは弁当箱を囲んだ。
色とりどりの具材が、箱の中にぎっしりと、しかし綺麗に詰め込まれていた。開けた瞬間、身体の内側から何かが溢れるような感覚を得た。
まさかこれが……食欲というものか?
最初の牛丼、カナコの手料理、先ほどの珈琲――どれも良い味ではあったが、ここまでの欲求はそそられなかったはずだ。
星降の料理には、一体どんな秘密があるというのだ?
「これは見事です。目で料理を楽しむという言葉がありますが、まさにそれを体現しています」
「そんな、大げさだよ」
「本当に頂いてよろしいですか?」
「もちろん。美味しいか、分からないけれど……」
緊張の面持ちの彼女をしり目に、私は早速卵焼きをつまんだ。
「っ!!」
ふんわりとした食感。丁寧に巻かれた薄い卵の重なりが、重層的な食感を与えてくれる。優しく広がる甘さ、時に顔を出す和風だしの味――それらは最初から卵に同居していたのではないかと錯覚させるほど、見事な一体感をもっていた。
咀嚼し、飲み込んだ後に残るのは、えもいわれぬ満足感だ。焼きたてではないのに、身体が芯から温かくなるようだ。
「……美味しい、ですか?」
私は答える間も惜しんで、箱の中に詰められた具材をひたすら食した。卵焼きに続いて唐揚げを口に放り込む。
噛みしめる度に、油の旨味が染み渡る。含まれる栄養素は別の方法で摂取可能であるはずなのに、身体が油を欲するのだ。地球人が油まみれのスナック菓子を無心で頬張る理由も頷ける。
続いてポテトサラダ、しその肉巻き、野菜の煮物と、次々に口に入れる度、先ほどと勝るとも劣らない感覚が私を襲った。そして最後に、海苔に巻かれた白米。地球に降り立って初めて食べたのも白米だったな。
気付いた時には、私の取り分をすっかり平らげてしまった。大変に美味な食事であったものの、もっとゆっくりと堪能すべきだったという念も残ってしまった。
「えっと……マクニールさん?」
「すみません。呆けていたようです。とても美味しかったです」
「……よかったぁ」
星降は脱力したように背もたれに身体を預け、深呼吸を何度か繰り返した。
「私の料理、愛子ちゃんしか食べたことなかったんです」
「それはもったいない。こっちに来て色々試しましたが、あなたのお弁当が一番美味でした」
「そ、それは言い過ぎ、ですよ」
「何か料理のコツがあるのですか?」
「えっと……食べた人が、喜んでくれるようにって想って、料理してるだけです」
「お店を出しても良いと思います。これはプロフェッショナルの味です」
「そんなに褒めてくれるなんて、すごく嬉しいです。でも――」
彼女は空を見上げた。
「私には夢があるんです」
「夢?」
「将来、なりたいものがあるんです」
星降はそれ以上何も言わず、自分の弁当に手を付けた。
「マクニールさん、それじゃ足りないですよね?良ければ、もっと食べて下さい!」
「しかし私の分は食べ切ってしまいましたが」
「でも、今日は二人きりだし……」
「そうですね。では遠慮無くいただきます」
私はすぐに目線を弁当に戻し、食事を再開した。
食事が終わると、学園生活のことや普段の過ごし方など、当たり障りのない会話が続いた。彼女の過去について突っ込んだ話をしたいものだが、我々の関係性はそこまで進展していないと判断した。
「そろそろ、時間ですね」
広げた弁当箱を片づけながら、星降がそう言った。
「そうですね。では映画館に向かって――」
……何だ、これは。
上着のポケットから映画のチケットを取り出したと思ったら、何故か手元にあるのは別の封筒だった。うっかり別の物を持って来るなんて迂闊な真似を、この私がするはずはない。
「どうしたの?」
私の動揺を察したように、星降が心配げな様子を見せる。
私は映画のチケットを取り違えたと白状し、頭を下げながら謎の封筒を差し出した。
「そんな謝らないで!私は全然気にしてないです!」
「迅速に当日券を確保します」
「ちょっと、待って」
星降が封筒を受け取り、中身を確認する。
「そのチケットって、市内に新しくできた植物園の……」
こんな物、私は見た覚えも買った覚えもない。まさか、私と星降の接触を良しとしない何者かの陰謀か?だとすれば何らかの組織が既に介入を?
「……これ、行ってみたいです」
そんな彼女の意外な言葉に、私は顔を上げた。
「映画よりそっちの方が、私は好き、かもです」
「星降さん、私の過ちに気遣いなど必要ありません。こんな失敗は糾弾されて当然です」
「ううん!本当に、私はそっちの方が興味あります。一緒に行きま――」
彼女は急に口をつぐみ、視線を落とした。
「ご、ごめんなさい……急に、気持ち悪いですよね」
「いえ。あなたのご希望とあらば、何でも応えます。ここに行きましょう」
「は、はい!」
窮地に立ったと思いきや、事態は良い方向に向かったようだ。とすれば、このチケットはもしかして――と、その先を想像しようとしている間に星降が立ち上がった。
しかし、私はすぐには続かなかった。
「……」
安穏と流れていく雑踏の中に、一つだけ、違和感を覚える。
「どうかしました?」
動かない私に気づいて小首を傾げる星降。私は靴紐を結ぶと言って、彼女に先に行くよう促す。
そして周囲の気配に注意しながら、綺麗に結んである靴紐を一度解き、結び直す。
「……星降さん!」
10メートルほど歩いていた星降が立ち止まる。風になびいた髪を押さえながら、彼女は振り返った。
そしてもう一人、歩みを止めた“何者か”の存在を、私は確信した。
また明日、投稿します。




