秘密組織『BLUE』の影
昨日は投稿できず、すみませんでした……。本日もう1話投稿します!
日曜日、星降たちとの約束の日である。
緊急連絡を出した同胞との接触を控え、私はカナコに先んじて潜伏先のアパートメントを出ることになった。
「レオルさま、くれぐれもお気をつけて。後程合流します」
カナコとは、星降たちとの待ち合わせ場所である駅前で落ち合うことにした。潜伏早々に購入していた私服に身を包み、私は玄関に立った。玄関脇に設置されている姿見に映る私は、その辺を歩く同世代の少年と殆ど変りの無い出で立ちであった。
「同胞との接触の際は、尾行や盗聴に警戒して下さい」
「承知しています」
「それと」
カナコは不意に、私の両頬に触れた。
「レオルさまの容姿は私の個人的、そして地球人的価値観から言っても充分に魅力的です。必ず任務の助けとなりましょう。行ってらっしゃいませ」
妙な見送りをされて、私は部屋を出た。
目的の場所は、一駅隣にある喫茶店だった。一番奥のカウンター席が待ち合わせの場所で、既に同胞が席に座っていた。カナコと揃いの銀髪に紫の瞳の男性である。私は彼の座る席の隣に腰を下ろした。
「尾行は?」
「無いよ。久しぶりだな、レオル」
親しげに私を呼ぶ声。店内の喧騒の中でやっと聞こえるくらいのボリュームだった。
私は彼の顔を見ずに、メニューを開きながら軽く頷いた。
彼の名はグラハム=メルシエ。カナコと10歳違いの兄であり、私とは『地球侵略省』での同僚でもある。カナコと共に私の侵略計画を最初から支えてくれた、最も信頼の置ける人物の一人である。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
注文していたブレンドコーヒーが運ばれてくる。喉を潤す必要は無いが、ここは喫茶店だから仕方ない。
「カナコは元気か?」
「変わりありません」
「羨ましいなぁ。俺も一緒に住みたかった」
そんなに妹想いの男だっただろうか……と考えているうちに、グラハムは地球の食事についての私の感想を聞きいてくる。
「他の同胞とも共有すべき、興味深い経験ですね」
「そうだよな。食事ってのは最高だよ。俺は特に珈琲が好きだねぇ」
彼は珈琲を一口舐め「雑談はこれぐらいにして」と言った。
「お前が自ら探ってるんだってな?星降舞依ちゃん」
「ええ。他でもないあなたが得た情報ですから、事実と信じて動いています」
星降舞依と宇宙人――その繋がりを最初に掴んだのが、グラハムであった。彼は現在、身分を偽って日本警察庁公安部に潜入している。この国の権力者を手中に収めるためには、そこから得られる情報が最も信用に値する。
だからこそ、彼が得た情報というだけで、星降の一件には現実味があるのだ。
「古風な方法で済まないが、テーブルの裏に紙を貼り付けている。そいつを見てくれ」
言われた通り手を伸ばすと、天板の裏に封筒が固定されている。私は自分の持って来た鞄から取り出すように誤魔化しながら、それを剥がして中身を取り出した。中には数枚の文書が入っている。ある事件について所轄の警察官が作成した捜査書類の一部だった。
標題は『宙海市一家失踪事件』。
10年前、とある家族――星降家の夫婦、長女の舞依、その弟の4人が失踪した。父親の同僚の通報で事件が明らかとなり、捜索が始まった。しかし1か月も経たぬうちに、星降舞依ただ一人だけが自宅とは全く関係の無い福島県で保護されている。家族は現在も行方不明のまま、捜査本部は突然解散し現在に至る。その他星降舞依の証言内容、発見された当時の様子など、雑多な情報がまとめられている。
「星降舞依は全裸の状態で保護されたが、暴行の痕跡も外傷も無し。失踪期間の記憶は皆無。まるで安いミステリーだ」
捜査資料を読み終えた私には、ある違和感が残った。
この資料には一切「UFOにさらわれた」という星降の言葉が記録されていない。一般人ですら幼少期の彼女の発言を知っていたのに、警察がそれを把握してないなどとはあり得ない。だが他の細かい情報は洩れなく記してあるにも関わらず、それだけが抜けている。
そこには、宇宙人の存在を隠したい――そんな隠蔽の臭いが漂っている。
「次の文書は、星降の事件捜査に関わった人物のプロファイル資料だ」
1人目は40代男性の警察官で、先ほどの資料を作成した捜査責任者である。2人目は50代男性で、やはり警察官。両者とも現在の所属は日本警察庁公安部であり、後者は参事官という役職者だった。
「両方とも死体になって見つかった」
「……殺人ですか」
「そうだ。釘を使った酷い拷問の上、殺されている」
グラハムがコーヒーカップを、静かにテーブルに置いた。
「若い方は10年前、公安から県警に派遣されて現場指揮を執っていた。参事官の方が捜査本部の解散を命じている。捜査資料の隠蔽工作も、参事官の指示かもしれない」
私は死亡した2人の写真を並べた。星降家の事件に関わっていた者が、拷問されて死んだ――それはつまり、10年の空白を経て、星降家の事件を再び調べ始めた何者かがいるということだ。
そして奴は、手段を選ばない過激な人物だ。
「公安が絡んでいる時点で、星降のUFO発言は真実味が増してきたな」
「捜査官を殺した人物に、心当たりは?」
「最も自然なのは、同じ地球人の仕業だろう」
グラハムの推論に、私は無言で聞き入った。
「高度なテクノロジーを持つ宇宙人の情報は、地球人にとってはお宝同然だろう?何をしてでも手に入れたい奴がいるんだよ。個人にしろ、それに、国家にしろ」
私たちゲルマにといって、国家という概念自体が200年以上前のものだ。だが、惑星単位で統一を果たした我々と違って、地球人は未だ国家単位に分かれて争っている。覇権を争う諸国家が、是が非でも宇宙人関連情報を欲しがるのは頷ける。
「地球人同士の単なる取り合いなら、良いのですが」
「そうじゃなかったら?」
グラハムは私の反応を待たず、続けた。
「『BLUE』という秘密組織について聞いたことは?」
「初めて聞きました」
「今回の捜査官殺しの実行犯と目されてる組織だ。連中はCIAやMI6、公安といった情報機関、それに軍部まで使って世界規模で宇宙人を調査しているらしい」
「かなり大きな組織と見えますが」
「ああ。国際的な秘密組織って認識は大げさでもない。BLUEの主目的は、宇宙人の侵略に対する防衛だ。地球の最新鋭技術を投じた防衛軍まで持っているとか」
「それが事実ならば……BLUEこそ我々にとっての最大の敵と言えますね」
宇宙人に対抗するため、地球人同士が国境を越えて協力体制にある――それは大いに警戒の必要がある。ゲルマ星人の存在を知れば、彼らは全力で我々を殺しにかかってくるだろう。
「レオル。BLUEとやらが本当存在するなら、地球はお前の想定以上に守りが堅いぞ?」
「その通りですね」
「それでも計画に変更は無いのか?」
「……まずは、相手の出方を待ちましょう。私はクラスメートとして、星降舞依に近づきます。その過程で捜査官殺しの犯人が接触してくれば話が早い」
「わざわざこっちから首を突っ込むのか?」
「宇宙人が学生に扮しているとは考えづらいでしょう。それに――」
普通の客を装うため、私は自然な動作でカップに口を付けた。初めて飲む珈琲とやらはとっくに冷めてしまっていたが、苦みの中に芳醇な旨味を感じる。悪くない味だ。
「――ここで諦められるほどの時間的余裕は、我々にはありません。障害があれば先んじて潰す必要があります」
グラハムは少しだけ間を置いて珈琲を飲み切り、ため息をついた。ウェイターがお代わりを勧めてきたが、彼はそれを笑顔で断る。実に地球人らしい振舞いだった。
「ところでレオル。カナコとはうまくやってるか?」
「同居に関しては不可解なところもありますが、問題はありません」
「そうか……」
「何か気がかりでも?」
「お前らが問題無く一緒に住めるのか、俺は不安に思ってたんだよ」
「それは、私があなたがたの父親を殺したからですか?」
「ふっ」
彼はわずかに口の端を上げた。
「俺たちゲルマは、そんなこと気にしない。そういう生き物なんだ」
事も無げにそう言った彼に、わざわざ私も言い返さなかった。
「武力に頼ろうとした親父が間違ってた。お前の計画の邪魔だったんだから仕方な――って、そんなことより」
グラハムが帰り支度を始めながら、独り言のように呟く。
「潜伏状況は退屈じゃないか?10年も地球人と一緒にいると、時々思うのよ。少しは生活に娯楽を取り入れた方が、仕事に集中できるのかもしれないってな」
「私が退屈を感じることなど、ありません」
「……そうかい」
グラハムは一度深呼吸をし、椅子を引いて立ち上がった。
「カナコに『愛してる』って伝えておいてくれ」
「アイシテル?」
グラハムは喫茶店を出て行った。彼は屋外の喫煙スペースで一度立ち止まり、ポケットから取り出した煙草の一本に火をつけた。
煙をくゆらせるその表情は物憂げだった。10年前の彼の姿はどこかに消え、私の知らないどこかの地球人のように見えた。
私も席を立ち、男子トイレに入る。そしてグラハムが渡してくれた資料を細かく破り、そのまま個室の便器に流してしまった。
席に戻り、私は珈琲を飲みながら思案した。我々が星降舞依に接触し始めた途端、いずれかの組織が動き始めた――この奇妙なタイミングの一致には、何か意味があるのだろうか?
まさか私やカナコが宇宙人だと勘繰られたか?いや、まずありえない。そもそも、とある男子学生が実は宇宙人のスパイであるなどとは、並みの思考では予想しえない。
これは単なる偶然だと結論を出してから腕時計を見ると、時刻は11時15分。待ち合わせに遅れないように帰り支度を始め、喫茶店を出る。
道中ふと、窓の空いた車から流れるラジオニュースが耳に入った。クリーンエネルギーを推進していた政治家が不倫問題で国民の反感を買い、辞職に追い込まれた。彼の推進していた法案は我々から見ても有意義なものだったが、結局白紙に戻ったという。感情に流された地球人が、また一歩、地球環境の破壊を進めたのだ。
『俺たちゲルマは、そんなこと気にしない。そういう生き物なんだ』
先ほどのグラハムの言葉こそ、我々を象徴している。恋愛、家族愛、友情、ひいては私欲――ゲルマ星人の生存には、いずれも必要ない。合理性だけが我々の行動原理だ。そこが我々と地球人の決定的な違い――もっと言えば我々の“優位点”なのだ。
愚かな種族に支配者を気取らせるのは、もうこれ以上、地球のためにはならない。




