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セ・ラヴィ ~C'est la vie~  作者: 可名希
第4話「決断」
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4話 - Ⅳ

 ――翌日午前。謁見の間。


「勇者様。念のため伺いますが……本当に、よろしいのですね」


 高座に端然と座す王女の問いに、石杖黒斗は一拍の迷いもなく頷いた。

 左右には星に選ばれた魔導士たち、そして王宮騎士らが列を成し、王女の傍らには数名の従者が静かに控えていた。


「承知いたしました。我々としても、勇者様が『組織』に加わることを拒む理由はございません」


 高い天井に声が反響した。そのわずかな残響が、黒斗の記憶を撫でる。

 昨日のあの声も、こんなふうに響いていた。

 あの時、会議が終わる直前、エルゲドは確かにこう言ったのだ――



     ◇



『ユフィアンヌ様。恐れながら、一つワシより提案がございます。彼を、専属魔操者として組織へ迎え入れては如何かと。と申しますのも、彼が勇者であるという事実を知り得るのは、星と接触できる者に限られます。されど、彼をラウフ・アークトの一員として登録してしまえば、そうした懸念はひとまず解消されましょう――』


 つまり、黒斗が勇者だと名乗ったところで、その裏付けがなければ、ただの虚言妄言の類にしか、第三者の眼には写らない。仮に【勇者の証】なるものを新たに作ったとしても、それが本物かどうかを検証するたびに、現場に無駄な労力が生じるのは必至。


 しかし、黒斗を組織の人間として在籍さえしてしまえば、彼の身分情報は即座に共有され、確実な信頼を得られる。エルゲドはその利点を指摘したのである。


 ――しかし、そもそも黒斗に選択肢などあったのだろうか。


 彼はこの世界とは本来無関係の存在であり、魔操者たちは半ば強制的に彼の協力を得ているにすぎない。今後、自らの意思に関係なく、彼が『星の意志』の導きによってどこかに連れていかれることは明白である。

 元の世界に帰る術もなければ、食っていくだけの保証も身分もない。存在していながら、その存在を証明できない。この世界に召喚された時からすでに、彼の自由は奪われていたに等しい。


 だが、それら全てを承知の上で、黒斗は組織に加わることを選んだ。

 瞼を閉じれば、浮かび上がる獄炎。謎の男。横たわる二人の親友。

 この胸の奥に生じた違和感。それを払拭するための最善策は一つしかない。


 魔操者側が魔王討伐のために黒斗を利用するなら、黒斗もまた、己の目的のために彼らを利用するだけのこと。


 ――そのために、彼は組織員として生きる道を選んだのだ。


 ふと、あの黄昏時の情景が脳裏に蘇った。

 宵闇に沈む街並みを背に、自室を訪れた老師とのやり取り。自身の魔力を流し込んだ紙を突き出しながら、黒斗ははっきりとした口調で、エルゲドに告げた。


『……組織には入る。でも、この世界を救いたいからじゃない』


 エルゲドは面白そうに片眉を吊り上げて、若人を見た。


『ほう。では何故?』


 それに対し、彼は不敵な笑みを浮かべ、嘲笑うかのように鼻で笑った。


『オレはそこまで俗物に優しくできない。それだけだ――』



     ◇



 ――そして現在。ラウフ・アークト本部から派遣された使者が、黒斗の正式登録のため城へと姿を見せていた。


 王女の脇に佇むメガネをかけたインテリ風の女性が、中世の歴史書を思わせる重厚な装丁の本を両腕で抱えながら、黒斗の前へそっと歩み出た。よほど大切な物なのか、動きがやけに慎重で、足取りも妙に重たそうである。


「二等級魔術士・イシヅエ・クロト。今一度、あなたの魔力を、この『記憶石』の表紙へ流し込んでください」


「……石なんですか、それ」

「ええ。加工しておりますので」


 当然のように返され、黒斗は思わず口をつぐんだ。

 女性は表情を崩さぬまま、ほんのわずか本を持ち直し――その一瞬だけ、本の重量を誤魔化すように口元を引き締めた。


「その……重たいので、早くしてください」

「あ、すみません」


 ややジト目で見上げられ、黒斗は慌てて魔力を右手へ収束させた。 黒く染まった手のひらを表紙へ押し当て、一息に魔力を流し込んだ。


 現在行っているのは先日黒斗が提出した書類の魔力と、記憶石に保存された魔力の照合作業だ。DNAや指紋、血液と同じように、魔力にも個々人による違いがあるのだが、この世界では魔操者を特定する最も確実な手段として、【固有魔力測定】――通称【魔測】という手法を取るのが一般的だった。


 手に纏わせた魔力が吸い込まれたのを確認し、黒斗は静かに手を離した。すると、魔力が膜となって本の表面を覆い、表紙の紋様がエメラルドグリーンに輝き始めた。次の瞬間、それまでしっかり抱え込まれていた本が、まるで重さという概念を忘れたかのように、ふわりと宙へ浮かび上がった。


 ――バサバサバサッ。


 無人のまま暴れるようにページがめくれていく。やがて一箇所でぴたりと止まり、石造りの本はゆっくりと使者の腕へ戻った。メガネの位置を直し、仕事人らしい真剣な眼差しで、彼女は白紙に浮かび上がった文字を読み取った。


「本人確認が取れました。問題ありません。正式登録は完了です。所属は秘密情報部特殊作戦群になります。以降は組織員としての自覚を持って行動してください。以上です」


 必要な報告だけを述べ、使者は淡々した足取りで元の位置に戻った。

 勇者として過剰な扱いを受けるよりも、ああいった尊敬も忖度もない応対の方が、黒斗にはかえって心地よく思えた。


「それでは、私からも一つ、よろしいでしょうか?」


 ユフィアンヌがメイドへ視線を送ると、丁寧に折り畳まれた黒い布地が恭しく手渡された。彼女は高座から立ち上がり、階段をゆるやかに降りながら、黒斗のそばまで歩み寄った。


「配属祝い……といったところでしょうか。こちらを、あなたに」


 差し出された布が広げられた瞬間、黒斗は思わず息を呑んだ。

 漆黒のローブ。毛羽立ちのない素材で織られ、光の角度により鈍く光沢が走る。装飾に頼らず、ただ【黒】だけで品位を成立させるような一着だった。


 黒斗は、本来こういった洒落た物に興味を抱く性質ではない。それなのに、このローブだけは、理屈抜きで目が引きつけられる。何とも形容しがたい魅力は、王家が纏う気品とでも言ったところか。そんな仰々しいものが、深々とした黒い布地の向こうから、そっと滲み出ている気がした。


 冷静に考えてみれば、王族から何かを下賜されるなど、普通の人生ではまず起こりえない出来事だ。ようやく現実味が追いつき、黒斗の全身に緊張が走った。それでも彼は、一拍の間に呼吸を整え、王女殿下へ静かに一礼を返した。


「ありがとうございます」


 それ以上の飾った言葉は、むしろ嘘くさくなる。そう直感したが故の短い礼節だった。


 そして黒斗は、深い闇をそのまま織り込んだような漆黒のローブを、両手で慎重に受け取った。


「ぜひ、今ここで着ていただけませんか?」


 王女の期待に満ちた眼差しが、黒斗の視線と交差する。その懇願するような熱意に押された黒斗は、観念したように苦笑いを浮かべて、その場でローブを羽織った。


 黒いパンツとブイネックの白シャツの上に、膝下丈の漆黒の布が滑るように落ちていく。


「やはり……とても、お似合いですわ!」


 ――シンプルでありながら、やけにしっくりくる装い。

 周囲からも小さなどよめきが上がり、黒斗は軽く目を伏せた。

 似合ってしまう、という事実が、ひどく厄介だった。彼にしてみれば、これは祝福などではなく、立場を示すために着せられた、ある種の拘束具と言ってよかった。

「そのローブは、魔力を通しやすい特殊繊維で織られております。余計な機能を排したぶん、使い手の腕に素直に応えてくれる品です。勇者様にお使いいただければと思い、王宮の職人に誂えさせました」


「あの……できれば、『勇者様』じゃなくて、普通に呼んでいただけた方が……」


 彼が殊更に〝勇者様〟という敬称を遠慮したくなるのは、勇者という肩書きに対する距離感か、あるいは現実世界で背負ってきた罪の影か。


 その胸の重さを知ってか知らずか、王女は何度か目を瞬いただけで、次の瞬間には、柔らかな微笑を浮かべていた。


「……あら、そういうことでしたら」


 扇子を開き、先ほどまでの王族の仮面をふっと脱ぎ捨てた。

 そこにあったのは――ラウフ・アークトを束ねる『組織の長』の顔。


「では、ラウフ・アークト秘密情報部・特殊作戦群所属、二等級魔術士イシヅエ・クロト。あなたに最初の任務を下します。星の意志が示した地――【ルーゲン】を調査し、魔王打倒の手掛かりを必ず見つけてくるのです」



     ◇



 翌朝。太陽は厚い雲に隠れ、城の周りは淡い朝霧に包まれていた。


 ユスティティア城に隣接する、グリフォンの飼育と飛行訓練のために整備された森の一角に、石杖黒斗の姿があった。馬小屋にも似た飼育小屋の中、彼は出発の準備として、相棒となる一体の背に荷物を括り付けていた。


「クロトさん、準備は整いましたか?」

「はい。ちょうど、今終わったところです」


 リーリン・ストレイ・エンドニア。今回の遠征で彼の護衛役に抜擢された星魔導士である。とても戦士のものとは思えない、女性らしい艶やかな赤髪がなびいて、その凛とした瞳が彼のそれと重なった。


「今回の任務はそれほど危険ではないと思いますが、念のため、私がクロトさんの護衛役として同行させていただきます。勇者とはいえ、まだ『二等級魔術士』ですからね」


 要するに、黒斗は最低ランクの魔術士ということだ。

 ラウフ・アークトは個々の魔力量と、習得魔技の種類や質に応じて、階級制度を設けているのだが、二等級魔術士より下の階級は今のところ存在しなかった。


「それと、頼まれていた武器ですが」


 言って彼女は、懐から鞘付きのナイフを出した。それを受け取ると、彼は一度刀身を引き抜き、武器の状態を確認した。片刃の剣が鈍い光沢を放ち、持ち主の表情をぼんやりと反射させた。

 切るための道具を持つのは、久しぶりだ――そう思った瞬間、胸の奥に小さな棘が刺さった。


「ご要望通り、刃先に魔力を集中させることで、切れ味が増すよう調整してあります。ただし、使いすぎると刀身が耐えきれなくなるとのことです。扱う際には、くれぐれもご注意を」


「なるほど。諸刃の剣、ってやつか」


「……モロ葉? なにかの植物名でしょうか?」


 黒斗、思わず天を仰ぐ。

 この世界で、いったいあと何回こんなやり取りをする羽目になるのか。


「……えっと、何でもないです。気にしないでください」

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