第九十話「体と脳の大きさは比例しない」
「え……?」
「何これ、ゴジラ?」
逃げ惑う住民とそれの避難誘導に忙殺されている警察官、その網を掻い潜って必死にスクープを撮ろうとしている報道陣でごった返す大通りの中、その人間の波に逆らうようにして立っていたルカと大悟は目の前の光景を見てそう呆然と言葉を漏らした。
二人の前方、大通りに繋がっているスクランブル交差点の上で、ゴツゴツとした表皮を持つ岩の巨人が我が物顔で屹立していたのだ。
全体の色は白味を帯びており、顔と思しき部位には鼻と目が具わり、口の部分にはなめらかな光沢を放つ黒いマスクがつけられてあった。そしてその巨人は何かを探すかのようにしきりに首を動かし、豆粒ほどの小さな二つの目をギョロギョロ動かしていた。
「全長約八十メートル。表面の材質は花崗岩に近い。あの黒い部分は黒曜石だな」
ルカと大悟の横に立っていた隼が、携帯電話から送られてくる分析結果を口に出して二人に伝える。表面上は平静を保ってはいたが、目の前の一際非常識な光景に対して、隼もまた内心焦りを感じずにはいられなかった。
「しかし、あんな物が一瞬で町中に出現するとは……普通では考えられんな」
「……多分あれ、魔法だと思います」
「……やはりか?」
隼の問いに、話を切り出したルイが小さく頷く。
「召喚術」
「召喚?」
「はい。レビーノの中でもかなりレアな魔法の体系です。扱えるのは世界でも百人いるかいないかの、特殊な魔法」
「やっぱりそう言う魔法もあるんだ」
「……まあ、そうでもないとこの現象は説明がつかんか……」
うんざりした顔で大悟が呟き、その横でため息を吐きながら隼が言った。ある意味予想通りの結果ではあったので、レビーノ出身でない二人にしてもこれ以上無駄に驚く事も無かった。
「でも、それならさ」
そこで大悟がルカの方を向いて言った。
「あれ、何のために召喚されたのかな?」
「え? ……ああ、なんでだろう」
「破壊活動が目的か、あるいは何かを探しているか……」
そこまで言って、隼が二人の方を向く。
「お前たちを潰すつもりかもしれんな」
「うええ……?」
ルカが露骨に顔を歪める。
「私達を倒すためだけに、あんな大きな物を呼んだっていうんですか?」
「それだけの事をしてきたんだろう、ルイは。もしくは人間のサイズでは倒せないと悟ったか」
「……ちょっとやりすぎちゃったのかな」
「で、でも、まだ私達が標的って決まった訳じゃないし、今からそんなに気にする事でも」
「ルイはあ! どこにいるう!」
巨人から発せられた間延びした声が、ルカの一縷の望みを粉々に打ち砕いた。
「ルイい! 出てこいい! 俺が倒してやるう!」
のっそりとした口調で喚き散らしながら高層ビルの側面に裏拳がぶつかり、大量のコンクリートとガラス片を地上に撒き散らす。足首ほどの高さを持った建物が真上から踏み潰され、屋根だけを蹴っ飛ばされた家屋の上半分が引きちぎられるように粉砕される。
「……また面倒なものを」
「そんなに嫌われてたんだ、私達」
既に周囲に人影は無かった。その三人だけが、ただ忘れ去られたかのように大通りに立ち尽くしていた。
「白昼堂々、よくもまあ暴れ回ってくれるものだな」
「これ、放っといたらヤバイですよね?」
「……行く気か?」
大悟の言葉に隼が尋ねる。頷きながら大悟が返す。
「て言うか、行くしか無いでしょう。あれだけ名指しされたら」
「私達がでないと、あのまま壊し続けると思うんです。下手したら町が消えるかもしれない」
「お願いします。行かせて下さい」
「それは――」
既にガットからはエージェント達が現場に向かっていた。いずれ劣らぬ精鋭たちだ。しかしそれだけでは戦力的に不安がある事もまた事実だった。
正直に言えば、猫の手も借りたい気分だったのだ。少しでも戦力が欲しかった。だがその一方で、ルカと大悟――自分の息子と娘のような存在をあんな目に見えて巨大な物にぶつける事には、さすがに抵抗を感じてもいた。それまでの魔族や魔導士とは、外見からくる恐怖感や威圧感が段違いだったのだ。
顔に出さないまま激しく懊悩した。だが隼はプロだった。私情よりも任務を優先した。
「……わかった」
捻り出すように呟き、互いの視線が水平に交わるように姿勢を落として隼が二人に言った。
「既に本部の方からエージェントが向かっている。今回は彼らと協力して事に当たれ」
「はい」
「いいな。くれぐれも無茶はするなよ?」
「ええ」
「わかってます」
「……絶対に帰ってこいよ?」
「当然ですよ」
笑うこともなく、真面目な顔で大悟が返す。それを見て安堵したように隼が小さく笑みを浮かべ、二人の肩を叩く。
「行って来い!」
二人が大きく頷く。そして体を巨人の方に向け、一息に駈け出していった。
巨人から遠く離れた位置にある、巨人の頭ほどの高さを持った高層ビルの屋上。そこに一人立っていた鷹丸は、目の前に立ち尽くしていた相手を見てため息を吐いた。
「……そこをどいてくれないか?」
「悪いが、出来ない相談だ。こちらにも事情というものがある」
「足止めか」
「そういう事だ」
自分の周囲に散乱していた、今は倒れ気絶した自分と同じ装束に身を包んだエージェント達を見やりながら、再び鷹丸が溜め息を吐く。
「不意打ちとはいえ、ここまで呆気無くやられるとは……」
「勘違いしてもらっては困る。決して彼らが弱いのではなく、私が強かっただけなのだ」
「自分で言う事か」
自信満々に胸を張りながら言ってのける『切り札』を見て、鷹丸が呆れたように返す。だが実際、巨人の元へ向かっていた自分達を襲った『切り札』の手際は、まさに神速の業とも言える物だった。
「中隊のド真ん中に真上から襲いかかり、そのまま姿勢を低めて翼を広げて尻尾と手に持った剣を伸ばし、独楽のように回転して一網打尽……」
「全員の足の筋を叩きのめしたと思ったのだが……まさかすんでの所で上空に飛んでそれをいなす者がいるとはな。これだから、人間は油断ならん」
「俺には、お前がその事を楽しんでいるようにも見えるが?」
「魔族にとっては、戦う事が生き甲斐なのだ。これ程までに強い者と戦える事に、私は今、強い喜びを感じている」
「面倒な奴だ……!」
鷹丸が毒づくその眼の前で、『切り札』が腰を下ろして翼を広げ、剣を抜いて双眸を狂喜に赤く輝かせる。
「さあ人間。存分に戦ってもらうぞ!」
「くそ――ッ」
『切り札』が翼をはためかせ、低空に浮かび上がる。瞳を細めてその様子を見ながら、脳裏に一人の黒ずくめの少女の姿を浮かべながら鷹丸が呟いた。
「ルイ、悪いが援護には向かえそうにない……!」
「ひ、ひいいいい!」
同時刻。変身を済ませ意気揚々と巨人の前に飛び出していったルイは、何時まで経っても来ない援軍を待ちながら必死で巨人の攻撃を凌いでいた。凌ぐと言っても、自分を踏みつけようとしてくる巨人の足から死に物狂いで逃げ回っているだけだったが。
「ふはははは! どうしたどうした、早く逃げないとペチャンコになるぞう!」
「ちょっ、これっ、きつい! きつ――」
自分のすぐ背後で、大型トレーラー程の大きさを持った足が垂直に落下する。
「うひいい!」
爆弾が爆発したかのような大音声と地震かと疑ってしまう程の地面の振動がルイを襲う。あられもない悲鳴を上げながら、ルイが漫画のように駆け足の姿勢のままで飛び跳ねる。
「そうれえ! そうれえ!」
「クソッタレ、見るからに頭悪そうな声あげてさあ!」
『ルカ、女の子が使っていい口調じゃないよ』
「Shit! Shit! Shit!」
『わざとやってるでしょ?』
「このやろう、馬鹿にしやがってえ!」
「――ウソ、聞こえてた!?」
巨人は地獄耳だった。同時に単純だった。
悪態を挑発と勘違いし怒りに燃える巨人が、まともに狙いも付けずに駄々っ子の様に両足をジタバタ交互に踏みつける。
巨人が足を踏み鳴らす度に文字通り地面が波打ち、体が一瞬だけ宙に浮き上がる。
「わっ! わっ! わっ!」
浮く度に短い悲鳴を漏らし、足が地面に接地する度に勢い余って前のめりによろめいてしまう。その後何とか態勢を立て直そうとするが、それを終えて走り始めた直後に再び体が宙に浮く。退避行動を阻害されて鬱陶しい事この上なかった。
「ああもう、体が自由に動かせない!」
『厄介な……これもあいつの策なのか!?』
「ふはははは! 潰れろ潰れろ、潰れろおおお!」
「……違うみたいだね」
『さっきから一歩も動いてないじゃん』
最初に自分が踏みつけた所と全く同じ場所を何度も踏み続けていた巨人の姿を後ろ目に見て、二人が同時にそう結論づける。巨人がそれに気づくことはなかった。
「うん? おかしいなあ。どうして踏めないんだあ?」
巨人は馬鹿だった。
巨人の攻撃は本人が馬鹿な事もあってそれまで直撃はおろかかすりもしていなかったが、その音と振動だけでもルイを顔面蒼白にさせるには十分だった。そして逃げ回る中でルカと大悟は、人間に追い立てられる蟻の気持ちを嫌になるほど痛感していた。
そしてその逃避行の中で、恐怖のあまりに肩で息をしながら蟻と化したルカが叫んだ。
「ちょっと、援軍来るんじゃなかったの!? どうなってんの!?」
『トラブルでも起きたとか!? どこかで足止めを食らってるとか!』
「なにそれ、タイミング悪すぎ!」
『寧ろ別のチームを向かわせて、合流を防いだとかそう言う感じじゃ――』
「うん!? そこにいたのか、見つけたぞ!」
巨人は地獄耳だった。
「わはは! これでも食らええ!」
二人の会話を中断させるように巨人が叫び、ルイの頭上にあったビルの壁面に片手を突っ込む。
頭上からガラスの割れる音。瓦礫の崩れる乾いた音。
「え!?」
音に気付いたルイが真上を見る。
大量の大小様々なガラス片とコンクリートの塊が雨あられと降り注ぐ様が視界に映る。
「――えええッ!?」
本気で怯えた表情を浮かべ、そのまますぐに前を向いて助走をつけて一息に前方へダイブする。
満足に受け身も取れずに腹と顎をアスファルトにぶつける。それと同時に、ルイのすぐ後ろで降ってきた残骸が地面にぶつかり激しく音をたてる。
残骸の激突と共に、重たい土埃の混じった煙が周囲にぶち撒けられる。ルイの脚や背中にガラスやコンクリートの破片が容赦なくぶつかり、それから一拍遅れて煙がルイを包み込んでいく。
俯せになったままルイは微動だにしない。
「なんだあ? 死んだのかあ?」
ビルから手を引き抜き、その場から動くこと無く巨人が間抜けな声を上げる。煙に遮られ、巨人の視界にルイは映っていなかった。
「声がしない……と言うことは、つまりだ……あいつは死んだって事か!」
この巨人は馬鹿だった。
死体の確認もせずに一人でそう思い込み、目標を討ち倒したと勘違いして実に嬉しそうに笑い声を上げ始めた。
「わはは! わはは! わははのは!」
挙句の果てにそう笑い声を上げたまま、両手を上下に振り回しながらその場で踊り始める始末。この浮かれきった阿呆な巨人の頭の中に、もはや『警戒』と言う言葉は存在しなかった。
巨人は馬鹿だった。
「わはは! わはは! はっはっは――」
「バイバイ!」
それ故に、立ち込める煙を引き裂きながら現れたミサイルがその顔面に突き刺さるのは、至極当然な事だった。
その巨人はどうやら見た目通り岩で出来ていたらしい。ミサイルが一発ぶち当たっただけで、その直撃を貰った顔面が音を立てて崩壊していく。そしてなけなしの頭脳を失い、ただの巨大な岩のオブジェと化した『それ』が、やがて自重に耐え切れなくなり下部からその体を崩壊させていく。
「馬鹿で助かった」
『ほんとにね』
雪崩のように落ちてくる岩石の群れを見やりながら、ルカと大悟が疲れたように言い合った。目立った外傷は無かったが、とにかく精神的に疲れていた。
「……蟻を追いかけるの、もうやめようかな」
『それがいいよ。こんなに怖い事だとは思わなかったから』
肩にスティンガーを担いだまま、ドサリとその場に腰を下ろしながら言葉を吐き出したルカに大悟が答える。巨人は既に岩石の山へとその姿を変えていた。
「でもさあ、何か終わってみたら呆気なかったね」
その山を見つめながらルカが言った。大悟も頷いてそれに答える。
『やっぱり、材質が岩だったから?』
「多分そうかも。て言うか、召喚魔法を使ってくる人は今まで見た事ないから、答えようが無いよ」
『そうなの?』
「そう。前に言ったでしょ、激レアだって」
そう言いながらルイが顔を上げる。地上の喧騒などお構いなしに、その空は雲ひとつ無い穏やかな青色をしていた。
『そんなにレアだったんだ……使い手の顔とか見てみたかったかも』
「その気持ちもわかるかな……まあ終わったんだし、別に細かい事は知らなくても――」
そこまで言いかけてルイの表情が固まる。口を開けたまま、食い入るように眼前の空を見つめる。
『ルカ、どうかしたの?』
「……」
大悟の言葉にも何の反応も示さない。ただゆっくりと、震える手を上げて空の一点を指差す。
「あれ……」
『あれ?』
空の彼方。大小の円が絡み合う異界と現実世界を繋げる門。
魔法陣。
「魔法陣」
『え?』
ルイの視線の先。その視界に映る空いっぱいに。
「魔法陣が……」
何十個もの魔法陣が重なり合うようにして、突如としてルイの頭上に展開されていたのだ。
『……な……!』
大悟もまたその気配を感じ取り、戦慄の声を上げる。しかも今この瞬間にも、同じ文様をした新たな魔法陣が、内から外へ放射状に広がるようにして次々と発生していた。
「なにこれ、どこまで増えるの……!?」
『召喚魔法って、こんなに大量に呼べるの!?』
「だから、知らないんだって!」
予想外の状況に、ルカと大悟が震える声で互いに言い合う。その時だった。
その魔法陣の一つから、先ほど潰したのと同じ岩石状の腕が、魔法陣を波立たせながらその中心部分から真下に向けて姿を現したのは。
「……!」
そしてそれを引き金として、堰を切るかのように何百という魔法陣から何百という同じ腕が、一斉に地面にその掌を向けて姿を現したのだった。
そして逆さまに現出したその腕の群れが、全く同じタイミングで何かを掴むかのように手を開閉しながら、自身を前後左右にがむしゃらに振り回し始める。
指をクネクネと折り曲げ、手首を回転させ、肘から先を振り回し、束縛から逃れようとするかのように生々しくのたうち回る。
「ひいっ」
『うっ……』
ルイが口を抑える。すげえ気持ち悪い。
「うおおおお!」
「ここが今日の戦場かあああ!」
「ルイ! ルイ! ルイはどこだああああ!」
「ふっとばーす! ふっとばーす!」
更に追い打ちをかけるかのように、その何百もある魔法陣の奥から、おおよそ理性的でない重厚な声が、頭上からマシンガンのように次々と響き渡ってくる。
ホラーだけではない。聞くだけでそいつらは馬鹿だと言う事が理解できた。余計疲れる。
「……」
その気色悪い腕の巣と鳴り止まない咆哮の嵐を視覚と聴覚で感じ取りながら、ルイは心底うんざりした顔を浮かべていた。
「ダイゴ……」
スティンガーを取り落としそうになるほど持ち手の力を緩めながら、ルカが疲れきった口調で言った。
「帰っていい?」
『……』
――俺だあ! 俺が先に戦うんだあ!
――何言ってる! 俺が先だあ!
――わはははは! わはははは」
「……帰っていい?」
大悟も逃げ出したい気分だった。
ここに出てくる巨人は攻撃は強いが単純で防御もからっきしと言う極端なキャラになっております。
無双させようと思ったのですが、岩で出来ていると言う設定にしていたので止めました。
この作品はできる限りリアリティを追求して作られております(キリッ
次回「赤と黒のマーチ」
撃ちます撃ちます




