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第八十九話「急襲」


 終わりとは、存外唐突に訪れるものである。





 日本時間午前六時四十五分


「……以上で、今回の作戦の概要説明を終了します――ユーリ?」

「は、はいっ」

「初手はあなたに任せます。手加減は無し、思い切りやってきなさい」

「はい、頑張りますっ」

「それとそこの魔族たち。ユーリのフォロー、しっかり頼みましたよ。くれぐれも足手まといにならないように」

「……承知しております」

「わかればよろしい。では、解散」

「キリカさん、僕頑張りますから! 見ててくださいね!」

「ええ。期待して待ってるわ」


 複数の足音が遠ざかっていく。

 一つの足音が近づいてくる。


「ミス・キリカ。一つ質問が」

「なんですか、ゲイン。私の作戦に不満でも?」

「今回の作戦、レビーノでの例の件と連動して行われるそうではありませんか」

「それが何か?」

「……上手くやれるとお思いで?」

「『魔女』の位置は全て把握しています。狩りの勝算は十分にあります」

「あの情報を信用すると?」

「ええ。あれは全て本物であると確信しています」

「なぜそう言い切れる?」

「彼に私を裏切る度胸などある筈ありませんから」

「……」

「それと、あなたの出番はもう少し先です。それまではゆっくりくつろいで、力を蓄えておいた方が良いでしょう」

「……わかりました」





 午前九時五十二分


「クルマって作れるのかなあ?」


 全ては、ルカのその一言から始まった。


「……車?」


 ルカと隼の寝室となっている部屋に置かれたパソコンのディスプレイを眺めながらそう呟いたルカに、リビングでカフカの『変身』を読んでいた大悟がそう返す。そして大悟の方を見て「うん、クルマ」と答えたルカが、再びディスプレイに目をやって言った。


「ほら、『私達』ってさ、前にバイク出したじゃない? だから頑張ればクルマとかも出せるんじゃないかなって思ったんだけど」

「車か……」

「それがダメなら、他には『ヒコーキ』とか、『ヘリコプター』とか」

「そっちの方がもっと難しいんじゃないか?」


 大悟の横で新聞を読んでいた隼が口を挟む。ルカが困ったように笑いながら返す。


「やっぱり難しいですかね?」

「実際にやってみないとわからんだろうが、バイクに比べてそいつらはかなり巨大な上に複雑だから、そう簡単にはいかんだろうな。それにそれ以前に――」

「それ以前に?」

「例え一瞬の事だとしても、生み出したやつをどこに置いておくつもりなんだ? 特に飛行機」

「あ」


 ぐうの音も出なかった。





 午前十時二十分


 ルカ達は橘真弓の店にいた。

 実験として生み出した車や飛行機をほんの少しでも配置しておくためのスペースが無いか尋ねるためだ。ガット本部と言う線も考えられたのだが、「こちらにそんなスペースの余裕はありませんねえ」と、蝶々から電話越しに一蹴されたのだった。


「で、私の所に来たと」


 カウンター越しにそう返してくる真弓にルカが言った。


「ええ。あの倉庫の中とかその地下とか、それっぽい場所ってありませんかね?」

「ううん……あるかねえ……」


 そう言って真弓が椅子に腰を深く下ろし、顎に手を当てて顔を渋らせる。その様子を見ながら隼が言った。


「お前の城だろう。全体図を把握していないのか?」

「正確には『あいつら』の城だ。私は土地を貸しているだけにすぎないよ」

「そうなんですか?」

「ああ。増築や改装は全部連中が勝手にやってる事だ。私は時々顔を出しては『こっちの世界』の常識とかマナーとかを教えてそれに則って作業しろって言ってるだけで、基本的にはそれに干渉しないようにしてるから――まあ、冷凍室につけるような業務用の大型冷凍装置をくれなんて言ってきた時は、流石に張っ倒したけどね」

「……そういえば、魔族は揃って極寒の地に住んでるって話聞いたことある」

「そうなの?」

「うん」


 ルカと大悟がそう話している間、真弓はカウンター下の引き出しから葉巻を取り出し、それに懐から取り出したライターで火をつけながら隼の方を見て言った。


「とりあえず、あそこ行ってみる? 何事も実物を見てみないと始まらないと思うんだけど」

「そうだな。その方が手っ取り早くていい」

「じゃ、決まりだ」

「――え? 今から行って大丈夫なんですか?」


 二つ返事で決まったその事にルカが疑問を呈す。真弓が葉巻を咥えながら苦笑交じりに返した。


「まあ、いきなり襲ってくる事も無いだろうし。多分大丈夫だろうさ」

「本当に大丈夫なのかな……?」


 敵ではないとはいえ、これから魔族の巣の中に自ら飛び込んで行く事になる。その事実に対して不安げに声を漏らすルカの肩を、横にいた大悟が軽く叩く。

 驚いて大吾の方を向くルカに、大悟が気楽そうに言った。


「大丈夫だよ」

「え?」

「俺と隼さんがついてるからさ」

「ダイゴ……」


 一瞬呆気に取られるが、すぐに笑顔を浮かべてルカが返す。


「うん、そうだよね」

「ああ。それにいざとなったら変身すればいいんだし」

「私もついているし、な?」


 大悟の言葉に合わせるようにして、嬉しそうに隼が言葉を続ける。


「腐ってもガットの隊員だ。少しくらいは役にたってみせるさ」

「ええ。もちろん隼さんにも期待してます」

「ああ。任せておけ」

「おいおい。最初から戦う気で行くつもりなのかい?」


 そんな和気藹々ながら物騒な三人の会話を聞いて、真弓が困ったように頭をかく。それを聞いた大悟が慌てたように言葉を返す。


「い、いや、別にそう言うつもりで言ったんじゃなくてですね……」

「わかってるよ。別にそこまで必死になって否定しなくてもいいのに」


 そう大悟に言ってカラカラ笑った後、真弓が立ち上がりながら言った。


「さて、行こうか」





 午前十時四十四分


 倉庫地下にある『城』の中、ルカ達は真弓から事情を聞いた魔族の一体による――渋々ながらの――案内の下、大広間からトンネルを通じて繋がった広大なドーム状の空間の中にいた。


「これは……!」

「何これ、東京ドーム?」


 それは中に入った大悟がそう漏らすほどに広大な――広大すぎる空間だった。


「ここは模擬戦を行う事を目的として建設されている。団体戦や空中戦も考慮して、このようなサイズになったのだ」


 そう得意気に話す魔族に、恐る恐る大悟が尋ねた。


「これ、耐久性とか大丈夫なの?」

「無論だ。鉄骨やセメント、その他諸々の素材や技術で最高峰の補強を済ませてある。そして外壁のみならず、照明の設置も完了している」

「じゃあもう完成してるの?」

「いや、まだだ」


 地下にある巨大な空間を前に興奮気味なルカの言葉を魔族がバッサリ切り捨てる。腑に落ちないような顔でルカが尋ねる。


「まだ?」

「ああ」

「どこがまだなの?」

「まだ観客席が敷設し終わっていない」

「ああ……」


 ルカが気の抜けた返事を返す。魔族が腕を組み、さも当然の事の様に言った。


「戦いを見ると言うのはそれだけで訓練になるし、何より楽しいからな」

「……そうだった。魔族は基本バトルマニアだったよな」

「まあそんな事はどうでもいい。それよりお前達、ここで何かする事があるんだろう?」


 その魔族の言葉で、メインの三人が同時に表情をはっとさせる。その後を継ぐように真弓が言葉を放つ。


「ほらほら、せっかくここまで来たんだ。さっさとやってみたらどうだい?」

「それもそうだな……二人とも」


 隼が大悟とルカに声をかける。


「始めるぞ。準備は?」

「いつでも」

「よし。まずは変身だ。やってくれ」

「ダイゴ、行くよ?」

「ああ」


 二人が向かい合い、目を閉じて両手をそれぞれ握り合う。

やがて二人の間に、目を焼かんばかりの輝きを放つ白い球体が現出する。

初めて見る変身シーン。真弓と魔族が息を呑み、隼が腕を組んで興味深げにそれを見つめる。

 そんな三者三様の視線を浴びる中、ルカがゆっくりと言葉を紡ぐ。


「――変身」


 球が弾けて光が噴き出し、周囲を真っ白に染め上げた。





 午前十一時四十二分


「……時間かな」


 歩行者信号が青に変わり、スクランブル交差点の上を人間の群れが闊歩する。だがラッシュアワーは過ぎていたために、その密度は高いとはいえ、圧迫感で窒息するほど酷いものでもなかった。

 その人だかりの中で、ユーリは誰に言うでもなくそう呟いた。そして怪しまれないように周囲と歩調を合わせ、気付かれないようにだらりと下げた両手の五指を小さく開く。

 何度か握ったり開いたりを繰り返し、呼吸を整える。自身の魔力を手に集中させ、誰にも聞こえないように小声で呪文を紡いでいく。


「雷よ。雷よ。我が求めを伝え聴かせる糸となれ」


 手に集まった魔力が呪文に反応し、やがて青白い電流が開かれた手の周りを蛇のようにのた打ち回り始める。


「我と彼とを繋ぐ糸となれ。我が世と彼の世を繋ぐ橋となれ」


 蛇口の壊れた水道のように、両手を青白く染めるほどに電流がその密度を高めていく。そしてそれらは生み出され、暫し手を這い回った後、それが己の使命であるかのように、我先に地面へと流れ落ちていった。

 最初のそれは中指の先から落ちていくだけの、紐の細さ程のモノでしかなかった。だがそれは人差し指と薬指から、そしてそれら三指の間に膜を張るように流れ始め、それらが重なり合わさって束となっていく。

 親指。小指。流れ落ちる範囲をどんどん広げていく。

 やがてそれら全てが一つとなり、手そのものを白く塗り潰す。そして青く縁取りされた白い柱となったそれは、激しく明滅を繰り返しながら、まるで手首から直接噴き出しているかのような形を取って地面へ流れ落ちていった。

 この時ユーリはもはや人目を気にすることは止めていた。交差点の真ん中で足を止め、流れに身を任せるままに電流を両手から地面へと垂れ流していく。

 落ちた電流はそのまま地面と激突し、青白いスパークを放ちながら火花を上げていく。その電流の直撃を受けた箇所の周囲のコンクリートは、既に真っ黒に焦げていた。


「雷よ。雷よ。我はここぞ。君を呼ぶ我はここぞ」


 周囲がユーリの姿を見て一様にざわめき始める。中には携帯電話やカメラでその姿を収めようとする者もいた。

 フラッシュの光が全身を白くしていく。だがユーリは止まらない。


「我が力を門となせ。彼を呼び出す門となせ」


 不意に交差点一帯の地面が激しく振動した。大地が低く重い唸り声を上げ、四隅に立っていた信号機がへし折られん程に大きく揺れる。

 身の危険を察した人間たちが、蟻の子を散らすように逃げていく。だが地面の揺れも、ユーリの呪文も終わる気配は見せなかった。それどころか、ユーリが両手から垂れ流されるままだった電流の地面に激突していた部位が突如蛇のように鎌首をもたげてそのまま蛇のように地面を這いずり回り、自らの身体でもってユーリを中心にした大小異なる複数の円が絡み合う複雑な文様を描いていった。

 魔方陣。世界と世界を繋ぐ門。


「我は求む。我は求む。君を。君の力を。君を――」


 手から流れる電流が打ち止めになる。地面の揺れが止む。

 ユーリが空に叫ぶ。


「君がほしい」


 町を支える大地が縦に裂けた。





 午前十一時五十一分


「……なんだと?」


 一連の実験を終え、ルカと大悟に戻った二人の目の前で、携帯電話を握りしめたまま隼が硬直していた。


「え、ちょ、隼さん?」

「どうしたんですか?」


 心配そうに尋ねてくる二人に対し、携帯の通話を切った隼が硬い表情で言った。


「地上に戻るぞ。大至急だ」

「え」

「何か起きたんですか?」

「かなりマズイことになった」


 苦虫を噛み潰したような表情で隼が告げる。


「偵察部隊から報告が入った」

「それがどうかしたのかい?」


 そう言った真弓の方を睨みつけながら隼が返す。


「――巨人だ」

「は?」


「巨大な岩の人型生物が町のド真ん中に出現した!」


ユーリ君活躍の巻。

色々と始まります。


次回「サマナー」


撃ちます撃ちます

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