第八十八話「魔導士のレポート・乙」
「遊園地行きたい」
朝食を食べ終え、隼による午前の『授業』も終わりを迎えたばかりのこと。ルカはノートと筆記用具を片づけながら唐突にそう漏らした。
「遊園地?」
「うん」
横で同じく片づけを行なっていた大悟が、突然の事に驚きながらルカに聞き返す。それに対して首を縦に振ってからルカが顔を動かし、台所で昼食の準備をしていた隼の方を向いて同じ事を言った。
「隼さん、遊園地行きたいです」
「……どう言う風の吹き回しだ?」
唐突な物言いに隼も驚きを隠せずにいた。不審そうに眉をひそめて見つめ返してくる隼を真っ直ぐ見据えながら、ルカがパソコンを指さして言った。
「いえ、この前ネット使ってたら、遊園地とか博物館とか、そう言った感じの……ラ、ラジャー?」
「レジャーか」
「ああはい、それです。そのレジャーって言うのが目に入って、それで見てる内に、ああ面白そうだなって思いまして」
「そういう事か」
納得したように隼が頷き、同時に胸の内の困惑を表すかのように表情を曇らせる。その変化をルカが不思議に思っていると、横から大悟がその隼の気持ちを代弁した。
「ルカさ」
「うん?」
「パソコンの使い方、随分上手くなったよね」
「え、ああ、それの事? まあ操作自体はシンプルだったから、慣れればそれほど難しい物でも無かったからね」
「……私はヘボン式の文字入力は教えていないんだが」
「文字入力は適当にやってる内に自然と覚えていきましたけど?」
「……」
ケロリと言ってのけるルカを見て、隼が顔を大悟に向けて言った。
「……子供って怖いな」
「俺に言わないで下さい」
「あれくらい、触ってればどうとでもなる代物ですよ。それより――」
驚愕半分、恐怖半分の気持ちでそう言い合う二人に、ルカが希望に満ちた眼差しを向けながら言った。
「ねえ、いいですよね? 私、こっちのラジャーとか言う奴に興味あるんですよ。ね、遊園地に行ってみても良いですよね?」
「レジャーね。それでどうします、隼さん?」
「……」
大悟に話を振られた隼が、そこで腕組みをして押し黙る。
ルカが目に力を込めて隼をじっと見つめる。大悟が苦笑交じりにその様子を見守る。
「……まあ、いいんじゃないか」
「――!」
隼がその言葉を言い終えない内にルカが飛び跳ね、声にならない狂喜の声を上げて嬉しさを爆発させる。
そしてその数秒後、ルカは「うるさい!」と言いながら飛び出してきた隼の拳骨を食らう羽目になるのだった。
「えへへー。遊園地、ゆうえんちー」
それからと言うもの、ルカは頭頂部に大きなタンコブを作りながらも時々思い出したように顔をニヤけさせ、自身の嬉しさを余すこと無く周囲に発散させていた。そんなルイに、その様子を不思議そうに眺めながら隼が言った。
「遊園地に行くのがそんなに嬉しいのか?」
「はい! 向こうには遊園地みたいなラジャーはありませんでしたから、一体どういうものなのか楽しみで楽しみで仕方ないんです!」
「レジャーな。 ……しかし、そうか。レビーノには遊園地は無いのか」
「はい。それと動物園とか、博物館とかも無かったです。ついでに水族館も」
「……なんだか聞く限り殺風景と言うか、遊ぶのに寂しい場所だな、レビーノと言うのは」
「まあ、ラジャー不足の分は魔法の模擬戦とかで補っているんですけどね。そう言った施設がなくても、とりあえず暇潰しには困らないんですよ」
「ラジャーな」
「レジャーです」
大悟が呆れ気味に突っ込む。それを聞いてバツの悪そうに顔をしかめていた隼が突如閃いたように顔を輝かせ、そしてすぐに悪人の浮かべるような薄ら怖い笑みを顔に貼り付けた。
「ルカ。遊園地の件なんだがな」
その顔のまま、隼がルカの方を見て言った。身の危険――というか、過去の経験からロクでも無い事に付き合わされるのではないかと感じ、反射的にルカが身を強張らせる。
そんなルカに優しい声で――だが表情は変えないままに隼が続けた。
「そんなに警戒するな。何も行くなとか、諸々の条件を課すとかそう言う事じゃない」
「……じゃ、じゃあ何なんですか?」
顔を引き攣らせながらルカが聞き返す。
めちゃくちゃ警戒してる。そう大悟が思う傍らで、口調も表情も変えずに隼が言った。
「なに、簡単な事だ。遊園地に行く当日なんだが、私は書類仕事やら何やらで、お前とは一緒に行けないんだ。その代わり――」
「その代わり?」
「大悟と一緒に、二人で遊園地に行ってこい」
ルカと大悟の頭に雷が落ちる。
「え、でもそれって、その、デ」
「当然だが、ルカ一人では行かせられんからな。付き添いを付けるのは当然の事だろう。納得してくれよ……ククッ」
石のようになった二人に隼がそう告げる。
隼の言う事も最もだったが、その顔は今にも噴き出すのを我慢しているようにしか見えなかった。
「プ、プク……じゃあ、私は夕飯の準備をしてくるからな。細かい段取りは二人で考えておいてくれ……じっくりと、な」
ああ、隼はああいう人間だった。
この時になって二人はその事に気づいたが、既に手遅れだった。
「ねえ、ダイゴ」
『ん?』
深夜。ルイの姿になって襲い来る魔族と戦っている間、ルカと大悟はそれに意識を集中させる事は全くなかった。二人はこの時、数時間前に隼の持ちだした提案についてそれを聞かされた時から今まで悶々と考え続けていたのだ。
ちなみに、この件について二人が言葉を交わすのはこれが初めてだった。二人して気恥ずかしさでまともに顔も合わせることが出来ずにいたからだ。
「やっぱりさ、隼さんって……」
『うん。たぶん、ルカの考えてる通りだと思う』
袖口を蠢動させて作ったスライムからショットガン『レミントンM870』を形成し、正面から飛びかかってきた魔族の鼻っ柱に銃口を押し当てて引き金を引く。その直後に脚を伸ばしたまま股を開き、右手を地面に押し付けるほどに姿勢を低め、背後からの魔族の横薙ぎの一撃を紙一重でかわす。
魔族の振るった剣が、虚しく宙を横一文字に切り裂く。標的を見失い狼狽している魔族の下顎の先端にショットガンの銃口を突きつけ、引き金を引く。
何が起きたかも判らないままにその魔族が後ろ向きのまま吹き飛ばされていく。すぐさまショットガンをスライムに戻し、両手の中で弄びながらルカが言った。
「デート、ってやつだよね、これ」
『それ以外にないよ』
「他に無いよねえ」
『隼さん、絶対楽しんでるよ』
ルイの足元に鋼鉄製の矢が突き刺さる。すぐにルイが顔を上げ、気を引き締め目を光らせて周囲を見渡す。
矢の主はすぐに見つかった。ルイがいるビルから離れた別のビルの屋上から、一体の魔族がボウガンで狙撃して来ていたのだ。
「考えるようになってきたね」
『詰めは甘いけどね』
物陰に隠れることもなく、全身を晒しながら次の矢を装填する魔族に同情の笑みを向けながら、手元のスライムを変じさせていく。主の命を受けたスライムは不気味に伸縮を繰り返しながら一気にその形を確固たるものへと変化させていき、やがてルイの身長のほぼ半分ほどある長大な銃の形を取っていた。
レミントンM700。アメリカ合衆国のスナイパーライフル。
その場で片膝立ちになってそれを両手で構え、上部に付けられたスコープを片目で覗きこむ。
スコープの中、装填を終え、こちらに向けてボウガンを構え直す魔族の姿が映る。
遅い。
「バイバイ」
スコープ内に刻まれた十字の中央に魔族の脳天を合わせながら引き金を引く。
その数秒後、スコープの中にいた魔族が後方に吹き飛ばされていくようにして地面に倒れ込む。
「でもどうせならさ、私達も楽しまない?」
スコープから目を離し、構えを解きつつ立ち上がりながらルカが言った。大悟がそれに対して言葉を返す。
『楽しむ?』
「うん。まあ騙されたのは不本意だけどさ、せっかく遊びに行くんだから楽しもうよ。デートとかそう言う事考えるの止めて」
『……それもそうだな』
「そうだよ」
開き直ったようにそう言った大悟に、狙撃銃をスライム状に戻して両手の中でこねくり回しながら朗らかにルカが答える。
『ははっ、そう考えると、なんか待ち遠しくなってきたな』
「ええ、そうね。だからとりあえず、今はこの状況を何とか」
「見つけたぞッ!」
ルイの言葉を何者かの叫びが掻き消す。
「――誰!?」
ルイがその声のした方へ視線を向ける。
前方、スーツ姿の赤毛の青年が、ルイの頭上を陣取るようにして宙に浮いていた。
宙に浮いたまま、見下ろすようにして青年がルイに言った。
「お前がルイだな?」
「だったらなんなの?」
「知れた事。お前を倒すまでよ!」
言い切らない内に青年が右掌から炎の渦を噴き出させる。そして渦が消え、その中心にあった燃え盛る炎の剣を片手でひったくるように掴み、その切っ先をルイに突きつける。
「……へえ、あなたも炎使いなの」
「そうとも。俺は炎の魔導士、ジョシュア・スタンリー。どうだ、いい名前だろう?」
「ええ。いい名前ね。あなたのご両親は立派な名前をつけたと思うわ」
「だろ? そうだろ? いやあ、我ながら立派な名前だとは思ってるんだが、他人からそう言われるとやっぱり嬉しいモンがあるよなあ~」
スライムを持った両手を相手から隠れるように背中側に回しながらルイが返す。その一方で、名前を褒められたからか親を褒められたからかは知らないが、ジョシュアは端から見ても判るほどにすっかり上機嫌になっていた。
好都合だ。ルイが言葉を続ける。
「ええ。まったく素晴しいと思うわ。それに名前だけじゃなくて、その武器も」
「これ? この剣がどうかしたのか?」
「凄いって言いたいのよ。だってそれ、自ら生み出した炎で創りだしたんでしょう? そんな芸当が出来る相手に会うのは初めてだから、とても驚いてるのよ――いえ、それどころか感動すらしたんだから」
「感動!? 俺のこいつを見て感動してくれたのか! そうかそうか! いやあ、面と向かってそう言うこと言われるとやっぱり照れるなあ! はっはっはっはっ!」
「は、はははは……」
うぜえ。
自分から焚き付けておいてアレなのだが、ルイはだらしなく頬を緩めて嬉しそうにまくしたてる目の前の男を凄まじくうざいと感じていた。
――うざいからさっさと消えてもらおう。
止めを刺す前の最後の仕上げ。注意を引かせるためにルイがジョシュアに言った。
「ジョシュア――だっけ?」
「ん? おう! 俺はジョシュア・スタンリー。泣く子も黙るジョシュア・スタンリーだ! 覚えておけ!」
「ええ、覚えておくわ」
未だ上機嫌の極みにいたジョシュアにそう返しながら、ルイが背後に回していた両手を露わにさせる。
その右手には、先端に流線型の瘤がくっついた細長い棒のような物が握られていた。
「ねえ、ジョシュア」
腰だめに持ちながらその瘤をジョシュアに向ける。
パンツァーファウスト。ドイツの創りだした対戦車擲弾発射器。
「……ん? なんだそれは?」
ジョシュアがそれに気づく。
だから一々反応が遅い。
「バイバイ」
疲れたようにそう呟きながらレバー状の発射スイッチを棒ごと握るようにして押し込む。
炭酸ジュースの缶の蓋を開けたような軽い音を立てながら瘤が真っ直ぐにジョシュアの元へと飛んでいく。
「な――くそッ!」
真っ直ぐ突っ込んでくるその瘤を見て、ジョシュアが咄嗟に剣を斜めに構える。その刀身に瘤を当て防御するつもりなのだろう。
ルイが呆れたように呟く。
「火気厳禁だって」
が、遅すぎた。
「は」
瘤と剣が接触する。
爆散。重々しい炎の咆哮を立てながら赤と黒を交じり合わせ、粘り気のあるグロテスクな煙の球体を形成する。
「――なんじゃそりゃあああああ!」
ジョシュアの断末魔は、その空中に生まれた爆煙とそこから木霊する爆発音の中に消えていった。
「ダイゴ」
『なに?』
全てが終わり、パンツァーファウストをスライムにして袖口に戻しながら――ジョシュアの存在を忘れ去ろうとしているかのように明るい口調でルカが言った。
「明日の遊園地、目一杯遊ぼうね」
『ああ』
翌日。二人は五駅先にある遊園地でヘトヘトになるまで遊び尽くした。
遊園地で遊ぶ話は、番外としてその気になったら書きます
次回「挙兵」
撃ちます撃ちます




